映画「コーダ あいのうた」の人気が、じわりと広がっている。女優の上白石萌音さんも、号泣をこらえながら見たという。聞こえない家族3人と暮らす、聞こえる少女・ルビーが主人公。障害ある人たちの仕事や生活がリアルに描かれ、下ネタもけんかも生き生きと表現する手話にひきつけられる。そしてヤングケアラーの進学や恋、後押ししてくれる先生との出会い等、ルビーの経験を通して社会課題を提示する。家族の愛は時にややこしいけれど、自立することで互いが幸せになるというメッセージは、障害があるかどうかに関わらず、心に刺さる。第94回アカデミー賞で三冠を達成した(助演男優賞トロイ・コッツァー、作品賞、脚本賞)。

●ヤングケアラー、日本でも問題に

 耳の聞こえない家族3人と暮らすルビーは、朝早くに、家族と漁に出てから学校へ行く。疲れて、授業中に寝てしまうシーンもある。ルビーが美しく、明るい少女なので一見わかりにくいが、これは「ヤングケアラー」の物語だと受け止めた。筆者は現在、日本の各地で困窮家庭の支援をする方たちに、取材している。家業を手伝ったり、多子世帯で下の子の面倒を見たり、祖父母の介護をしたりする小学生のヤングケアラーが、実際にいると知った。

 ヤングケアラー本人は、状況がおかしいとなかなか気づかない。学校に行かなくても、違和感を感じない子もいる。家族も働かず、登校せず、みんな家にいるから。しかし、もやもやはストレスとなり、落ち着かない行動となって現れたり、勉強の機会がなく仕事につけなくて、貧困の連鎖が生まれたりすると報告されている。だから、外部の目や支援が必要なのだ。

 ルビーの場合は、物心ついた時から家族の手話通訳をしてきた。そういう家庭に生まれたら、自然な流れで、家族はルビーを頼り、ルビーも優しい心で引き受けると想像できる。家族はルビーが誇らしく、感謝して愛している。ルビーもまた、愛する家族のために頑張ってしまう。

 家族の愛って、そもそも難しいものだけれど、この家族を視聴者として外から見ていると、何か違うと気づく。その違和感は、ルビーが成長して世界が広がり、やりたいことが出てきて、本人が自覚していく。

気になる男子と、大好きな歌を歌うことになり…(c)2020VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
気になる男子と、大好きな歌を歌うことになり…(c)2020VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

●理解ある先生と仲間に導かれて

 ルビーは高校で、気になる男子がいる合唱クラブに入る。本当は歌うのが好きだけれど、聞こえない家族とは共有できない。家族を優先して生きてきたルビーは、自己肯定感が育っていないのか、歌いたいのに心を開けない。合唱クラブの先生との出会いで、思い切り声を出し、怒りも喜びも表現するよう導かれる。

 この先生は、家庭の事情を知っていたわけではない。家族の漁業のために、ルビーが何度かレッスンに遅刻したら、先生は本気で怒っていた。それでも才能を認めて音大進学を勧め、大事な場面で力になってくれるのに、なかなか、ルビーは自信を持てない。どうせ、好きなことがやれるわけない。進学しないで、家業を手伝わなければ。だって、大事な家族は、自分がいないと困る。そう思っているようだ。

 自分自身の人生をあきらめて「どうせ」と思っているヤングケアラーが、この先生のような大人や仲間に出会えたら、どんなにいいだろう。ヤングケアラーでなくても、対等にリスペクトを持って、導いてくれる先生がいれば、自己肯定感がはぐくまれ、可能性を伸ばせる子は増えるだろう。本来の「生徒と先生」の関係が見えた。

●歌うことは心身を解放すること

 歌うことは、心身の解放にもつながる。筆者は、大学時代に合唱団で歌っていた。自分の体が楽器となって声を出すこと、仲間と息を合わせて表現することの楽しさを知っている。歌うことを通して、ルビーはエンパワメントされ、ますます歌が好きになったのではないかと思う。

 物語には波乱があって、ルビーは一度、進学をあきらめる。聞こえない両親は、悪気なく、ルビーの歌のすばらしさがわからない。家業も新しい局面を迎え、通訳してくれるかわいい娘にそばにいてほしい。ルビーも本音は抑えたままで、先生が評価してくれた言葉を、家族に通訳して伝えることができない。

 だが、ルビーの兄は「家族の犠牲になるな」と手話で伝える。きょうだい間の関係というのも、簡単ではない。兄は、歌を聞くことはできなくても、ルビーの才能が学校で認められていること、歌が大好きなことを知っている。両親と生きていく覚悟を持ちながら、妹が自立するよう背中を押す、兄の愛情に涙があふれる。

仲間とコーラスすると、自然に笑顔になる (c)2020VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
仲間とコーラスすると、自然に笑顔になる (c)2020VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

●下ネタもけんかも手話で表現

 この映画は、障害ある家族と、社会との関係を絶秒なバランスで描いていて、物語の世界に入りこめる。下ネタもスラングも、利己的な考えも、手話で飛び交う。聞こえない両親と兄は、ろうの俳優が演じている。ヘダー監督は、アメリカ式手話の授業を受講し、CODA(コーダ)と呼ばれる、聴覚に障がいのある親を持つ子供たちにインタビューした。アメリカ手話マスターの監修も入っているそうだ。

 手話はとてもアクティブな表現だから、豊かな表情と合わさって、ルビーと家族それぞれの印象が、見た後も鮮やかに目に焼き付いている。一方、彼らが生きている「静」の世界も表現される。仲間と飲みに行ったり、仕事上の主張をしたり、コンサートに行ったり…そんな場面にあっても、聞こえない人には静寂の世界だ。けれど、スマホに文字を打ち込んで見せ合う、チャットする、という現代ならではの会話を若い人が取り入れていて興味深い。

伝えたいという思いは、人の心を打つ (c)2020VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
伝えたいという思いは、人の心を打つ (c)2020VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

●響きを感じて…伝え合う方法

 作品を通して驚くのは、ルビー役のエミリア・ジョーンズの多才さだ。アメリカ手話を猛特訓し、ろうの俳優とぶつかり合う。さらに数々の名曲も歌っている。

 音大のオーディションでジョニ・ミッチェルの「青春の光と影」を、聞こえない家族に届くように、ルビーならではの表現で歌い上げる場面も、号泣ポイントだ。手話と歌を組み合わせた表現は、アイドルの振付でも見るし、フラという歌詞を手話で表現する踊りもある。音大の先生たちは、「お涙ちょうだい」ではなく、ルビーの「観客の心に届けようとする姿勢」「表現力」を評価したのではないかと思った。

 筆者は、聞こえないダンサーのグループに取材したことがある。どうやって音楽に合わせるかというと、聞こえるメンバーが音楽に合わせて指を折り、カウントを見せるという。後は「音楽をかけた時のズンズンという響きを、体で感じる」と教えてくれた。同様の方法で、ルビーの歌を父が感じようとする場面も、涙を抑えられなかった。

愛があるからこそ難しい家族も、自立することでいい関係になれる (c)2020VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
愛があるからこそ難しい家族も、自立することでいい関係になれる (c)2020VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

●ヤングケアラー支援の必要性

 両親は少しずつ、娘の自立を受け入れようとする。頼りにしてきたルビーは、いつまでもかわいいベイビーではなく、進学して自分を試したい。それを応援することが、互いの幸せにつながるということを、否定したり受け入れたりしつつ、家族の形が変化していく。

 自分の気持ちを抑え、家族に気を使い、誰にも本当の思いを言えないー。この作品は、貧困や家族の病気・障害によって、そうしたヤングケアラーがいる現実を投げかける。手話通訳・仕事のサポート、学校や地域の理解が大事なことも。そして、障害ある人も、働いて、けんかして、男女関係を楽しみ、人間として同じなんだということを、改めて気づかせてくれる。

【あらすじ】(公式サイトより)

豊かな自然に恵まれた海の町で暮らす高校生のルビーは、両親と兄の4人家族の中で一人だけ耳が聞こえる。陽気で優しい家族のために、ルビーは幼い頃から「通訳」となり、家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。新学期、秘かに憧れるクラスメイトのマイルズと同じ合唱クラブを選択するルビー。すると、顧問の先生がルビーの歌の才能に気づき、都会の名門音楽大学の受験を強く勧める。だが、ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられず、家業の方が大事だと大反対。悩んだルビーは夢よりも家族の助けを続けることを選ぶが、娘の才能に気づいた父は、意外な決意をし…。

フランス映画『エール!』のリメイク。TOHOシネマズ 日比谷ほか全国で公開中。バリアフリー字幕上映もある。