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障害者が造るワイナリー・収穫祭に参加した

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
ワインボトルさんは会場の人気者。後ろに見えるのがブドウ畑 なかのかおり撮影

栃木県足利市にある「ココ・ファーム・ワイナリー」。知的障害のある人たちがブドウを栽培し、ワインを造っている。ブドウ畑で新酒を楽しむ「収穫祭」が11月に開かれた。5歳の娘と参加した収穫祭の様子をレポートする。

電車とバスを乗り継いで

私は20年ほど前、仕事のため栃木に住んでいた。地元の友人に贈られてココのワインを知っていたが、訪ねるチャンスがなかった。昨年、初めて収穫祭に参加して以来、足を運んで取材し、働く人たちを紹介している。

毎年、11月の土日に収穫祭が開かれる。今年は34回目。収穫後のブドウ畑が会場なので、予報を聞いて雨具を持ち、重ね着して出かけた。

ワイナリー最寄りの足利市駅までは、東京・北千住駅から特急で約1時間。最初は遠く感じたが、何度も通っているので子連れでも緊張しなかった。おやつを用意して乗り込み、足利市駅からは臨時バス。昼頃についた。

バスを降りると、斜面を切り開いたブドウ畑が見える。坂道を登って受付。参加費は3千円で、ワイングラスやフォークが入ったミニバッグと、ワインがついている。ブドウジュースも選べる。

中でも「できたてワイン」のカラフェが人気だ。酵母が生きていて味が変わっていくため、収穫祭でしか飲めない。大人1人でカラフェ1本は多いかな。帰りに、ボトルのワインを受けとることに。

会場はブドウ畑。シートをひいてワインを楽しむ。テラスではバンド演奏が なかのかおり撮影
会場はブドウ畑。シートをひいてワインを楽しむ。テラスではバンド演奏が なかのかおり撮影

「障害者に期待することが大事」

会場では、ワイナリーに隣接する知的障害者の施設「こころみ学園」の園生に会える。園生はふだん、ブドウを栽培し、ワイン造りに取り組んでいる。この日は仮装してお客さんを迎え、誇らしげだ。

アメリカから足利に飛び込み、園生やスタッフとのワイン造りを長年にわたって支えたブルース・ガットラブさんも笑顔でお客さんを迎えた。

ブルースさんは「障害者に期待することが大事」と力づけて、役割を見出した。現在は北海道にワイナリーを持ち、ココをバックアップしている。

ハフポスト連載はこちら→1「障害者とワインを造り続けたアメリカ人」

「収穫祭で、ふだん会えない人に会えるのが嬉しい。リピーターのお客さんも多いですし。園生たちも、ワインを飲んで笑顔になっているお客さんを見て、喜んでいます」

足利に飛び込んで技術を伝えたブルースさん なかのかおり撮影 
足利に飛び込んで技術を伝えたブルースさん なかのかおり撮影 

ブドウ畑の斜面は、シートを敷いてワインを楽しむ人たちでいっぱい。昨年は雨の後だったが、今年は降りそうで降らずに済んだ。私たちはブドウ畑の端っこに持参のシートを敷いて座り、出店から娘が食べられるソーセージやジャーマンポテトを買ってきた。私は会場だけの、できたてワインをグラスでお味見。

ワイナリー取締役はバイオリニスト

収穫祭の目玉の一つに、バンドの生演奏がある。ブドウ畑の向かいにあるカフェのテラスから、お客さんに向かって演奏する。昨年、国内外で活躍するバイオリニストの古澤巌さんが登場して驚いた。縁があって、古澤さんはワイナリーの取締役を引き受けているという。

「初めてワイナリーに行ったのが、文化庁の給費留学から帰国した85年。日本にもこんな場所があるんだと思いました。ワイナリーにちなみ、葉加瀬太郎とバンド『ヴィンヤード・シアター』を立ち上げ。私がワイナリーのテラスにバイオリンを弾きに行くと、(ブドウと共に栽培している)シイタケの原木を担ぎながら、園生たちが踊る。今も、あの頃も、ワイナリーは天国です」

その後、古澤さんに東京で取材したときは、被災地への思いやプロ意識について伺った。

連載6「ワイナリー取締役はバイオリニスト」

古澤さんの演奏が始まり、撮影のためカフェのテラスに入ると、娘は演奏に釘付け。ちょうど目の前にバンドのピアノがあり、お客さんと一緒に聞き入った。

「野外で弾くのは難しいけれど、陽気なお客さんを見ながら演奏するのが楽しい」と話していた古澤さん。演奏に飛び回る毎日で、この日も遠方から足利に駆けつけた。しっとりした曲、テンポのいい曲…途切れなく1時間ほど演奏して、会場を盛り上げた。

園生たちも音楽が大好き。本格的な演奏会やホールに入れない子どもも含め、一流の音楽に触れられるのがいい。

ワイナリー取締役のバイオリニスト・古澤巌さん。体を鍛え、技術を追求する なかのかおり撮影
ワイナリー取締役のバイオリニスト・古澤巌さん。体を鍛え、技術を追求する なかのかおり撮影

「障害者だからでなく味がいい」

バンド紹介など、マイクを握っていたのはこころみ学園の施設長・越知真智子さん。5月に保護者のお招きでおじゃました園生のカラオケ大会でも、名司会を披露していた。会場で飲みすぎやアクシデントを防ぐため、注意を呼びかけた。

救護室やベビ―ケアのコーナーもあった。家族連れも多く、子ども向けに綿あめや風船が売られている。娘は、今年も綿あめを作ってもらって満足。

数時間いて、子どもには寒くなってきたので引き上げることに。帰りがけ、シートを広げていたグループに声をかけた。栃木・群馬エリアの20~30代という。初めて参加した会社員の女性(24)は、「ふだんはあまり飲めませんが、雰囲気が楽しくてワインがおいしいです」。

作業療法士の男性(38)は、ワイン好きという。「ふだん医療の仕事をしていますが、障害者だから、という考えは好きではありません。誰が造っていても、おいしいから飲むんです」

子どもに優しい障害者

そこに、昨年もモデルをお願いした園生のワインボトルさんがやってきた(トップの写真)。タレントの勝俣州和さんも、交代でこの着ぐるみに入ったという。勝俣さんはワイナリーの常連で、この日も乾杯を呼びかけ、お客さんと交流していた。

出口で、お揃いのドレスを着た園生とスタッフに見送られた。園生はとりわけ子どもが好きで、娘に優しい笑顔を向け手を振ってくれる。

勝俣さんもよく訪れるという なかのかおり撮影
勝俣さんもよく訪れるという なかのかおり撮影

体動かす作業で心身が元気に

ワイナリー専務取締役の池上知恵子さんに聞いた成り立ちを紹介する。

1950年代、地元の公立中で障害のある生徒を受け持っていた教師・川田昇さんが、教え子たちと山の斜面を開墾してブドウ栽培を始めた。川田さんは、池上さんの父だ。それから、知的障害者の施設「こころみ学園」ができた。保護者の出資でワイナリーを作り、許可を得て醸造を始めたのが84年。現在、18歳から94歳まで150人ほどの園生がいる。多くが施設で生活し、亡くなった園生が眠るお墓もある。

ハフポスト連載はこちら→2「単純な作業をこつこつ続けるブドウ畑の仲間」

3「採算や効率より、働く人の人生が大事」

4「知的障害のスペシャリストが支えるワイン造り」

5「長時間労働から転身、自然と人に励まされるソムリエ」

おいしさの一つの理由が、除草剤を使わず、障害者が手作業で育てる「健康な」ブドウ。ブドウを狙う鳥をよけるため、缶を鳴らす。草刈りや、かさかけ。単純な作業に、喜びを持って取り組んでいる。池上さんは、「こころみ学園の園生がどうやって楽しく過ごせるか考えて始めたこと。障害があるからとあてにされなかったら、何もできなくなってしまう。ココには、やってもやってもやりきれない仕事があります」と話す。

会場だけの「できたてワイン」 なかのかおり撮影
会場だけの「できたてワイン」 なかのかおり撮影

体を動かして作業すれば、おなかがすいて食事がおいしく、よく眠れる。働く喜びがあり、心身にいい生活だ。ワイナリーは、こころみ学園からブドウを購入し、醸造場での作業を学園に業務委託する形という。園生の生活を支える職員、ワイナリーやカフェのスタッフなど、いろいろな人が一緒に働いている。

デザートワインの「マタヤローネ」という名前は、びん詰め作業が終わった夕方、「またやろうね」という園生の一言から生まれたそうだ。

自家畑のブドウだけでなく、県内外の栽培農家と契約し、その土地に適した種類のブドウが集まる。海外からはワインの専門家を招き、味を磨いてきた。航空会社の機内サービス(国際線)、沖縄や洞爺湖サミットでもココのワインが採用されている。

「海外の伝統ある産地のワイナリーは、数百年の歴史がある。私たちはまだ首が座った程度。ワインは自然が作るものだから、人はお手伝いするだけ。目の前のことにおろおろしながら、続けてきました」と池上さん。

本当のバリアフリーって?

娘は帰りのバスでうとうとしたが、電車を乗り継いで無事に帰り着いた。「付き合わせてしまったな」と考えていたら、娘が「34」と書いてある収穫祭のバッジを見て、「次は35回なの?また行きたい」と言う。障害ある造り手がリスペクトされる収穫祭は、子どもにもまなざしが優しかった。

本当のバリアフリーは、子連れとか障害者とか区切るものではないと実感した。どんな人でも、自然とそこにいられる。ワインと音楽でご機嫌になれる収穫祭では、知らない人とも笑顔をかわす。ふだんの社会もこれぐらいの雰囲気なら、とげとげしなくて済むのだろうか。

地元への経済効果も大きい収穫祭。明るいスタッフが支えた なかのかおり撮影
地元への経済効果も大きい収穫祭。明るいスタッフが支えた なかのかおり撮影

障害者の就労、取り組み広がる

ココの取材を通して、「障害の有無にかかわらず、喜びを持って働くことは大事」と知った。障害者が造ったから買ってほしいのではなく、商品そのもののクオリティを高める努力をしていることも。

ワインやブドウを担当しなくても、洗濯や料理など裏方を支える障害者がいる。「風に吹かれて座っているだけ」に見えて、害鳥を追い払っている人がいる。働けなくても「愛される」という役割がある。できる仕事を探し、できない場合も尊重され、安心していられる場所だ。

各地で、障害者の就労に取り組む場が増えた。私も、国内外の現場を訪ねている。12月9〜10日には東京都内で「就労支援フォーラムNIPPON」(日本財団主催)が開かれ、取材した。1500人が集まり、熱く学び合った。

これからも様々な現場と出会い、当事者の声やサポートスタッフの工夫、継続できて十分な賃金が支払われる体制づくりについて伝えていきたい。

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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