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40歳を過ぎて役者になり50代で映画賞を次々に獲得。遅咲きのニュースター・上西雄大が心を揺さぶる理由

中西正男芸能記者
立て続けに多くの映画賞を受賞している上西雄大さん

 主演、監督、脚本、プロデュースを務めた映画「ひとくず」(2020年公開)がミラノ国際映画祭で最優秀作品賞に選ばれるなど海外の映画賞を多数受賞している上西雄大さん(57)。「おおさかシネマフェスティバル2022」でも新人監督賞を受賞し、さらに注目が集まっていますが、俳優になったのは40歳を過ぎてからでした。遅咲きのニュースターが人の心を揺さぶる理由とは。

40歳を過ぎての転身

 役者になる人って、自分のことが好きな人がものすごく多いんです(笑)。僕の周りは役者ばっかりですけど、この仕事をやればやるほど感じます。

 逆に、僕は昔からコンプレックスしかなかったので、役者になろうなんて気は全くありませんでした。男前でもないし、今でこそトレーニングで声も出るようになりましたけど、最初はボソボソと何を言ってるか分からん状態でしたしね。

 役者の道に入ったのも本当に偶然というか、成り行きというか。それも、40歳を過ぎてからのことでした。

 高校を出て最初はブティックの店員として働きました。そこで店長になって、部長になって、そこから自分で婦人服メーカーを興したんです。韓国でも商売をやったりしていたんですけど、結局、その会社がダメになってしまった。

 そこから兵庫の明石市で焼鳥屋を始めたんです。そこそこお客さんにも来てもらっていたんですけど、ウチの実家である大阪・十三の焼肉屋をやることになり、焼鳥屋を辞めて焼肉屋をすることになったんです。さらに、そこから自分自身の焼肉屋を持つようになって…、そんなこんなで40歳過ぎになっていました。

 そんな中、知り合いの関係で芸能事務所を任されるという流れになりまして。それまで芸能分野の経験なんて何もなかったんですけど、任された以上はきちんとしないといけない。事務所に所属する役者が出演する舞台を企画して、全くの未経験ながら脚本も自分で書いてその場を作ったんです。

 ただ、実際にやるとなると役者の人数が足りない。そこで、僕自身も出演することになったんです。あくまでも、数合わせとして。

 当然ですけど、何の素養もない人間がいきなり舞台に出てるので、うまいこといかないわけです。でも、それが悔しくて、悔しくて。これはちゃんと役者としての技術も学ぼう。そう思って、劇団芝居小舎の芝本正先生に師事し、そこから本格的に役者としてスタートしたという流れだったんです。

 劇団も立ち上げ、劇団メンバーに経験を積ませるために映像作品を作ろうと考え、映画も作るようになった。これまたそんなこんなで、芝居の世界に足を踏み入れてから十数年が経ち、今に至るという道のりです。

脚本が書けた理由

 何の経験もない者がいきなり芸能の世界に入って、脚本を書く。ムチャクチャな流れです(笑)。ただ、役者としての芝居は全然ダメでしたけど、脚本は最初から誉めていただくことが多かったんです。

 自分でも「オレ、こんな才能があったんか…」とびっくりしたんですけど、よく考えたら、そのタネみたいなものは子どもの頃にあったのかなと…。

 ウチはね、ホンマに家がムチャクチャやったんです。父親と母親がもめていて、僕は3歳まで戸籍がない状態で暮らしてました。ただ、母方のおばあちゃんがものすごく僕を可愛がってくれたんです。

 激しく父と母がもめたりすると、子どもの僕は公衆電話からおばあちゃんに電話をかけるんです。すると、おばあちゃんが大阪の藤井寺のあたりから十三までお弁当を抱えてきてくれるんです。食べきれないくらいの量を持って。

 そのお弁当を持って二人で映画館に行くんです。どんなことがあっても、映画を見ている時はスクリーンに集中できる。そして、横には自分のことを愛してくれているおばあちゃんがいる。

 小さい頃の僕にとって、映画館は特別な空間だったんです。そして、現実から離れるためにも食い入るように映画を見ていた。その結果、子どもながらに映画からあらゆる学びを得ることになったんです。

 そして、ブルース・リーや松田優作さんのような映画の中にいる人のように生きたい。そうも思いました。そんな特殊な“刷り込み”があったからですかね。ウソみたいに脚本はスッと書けたんですよ。

 さらに、芝居をやっているうちに見てくださっている方から力をもらう感覚を強く感じるようになりました。自分がやったことで何かを感じて、それを人生の一部としてくださっている。こんなにうれしいことはありません。

 そこにズドンとはまって「この先の人生、この道で生きたい」と思うようになりましたし、その思いが間違いなく僕を支えてくれています。

「ひとくず」からの広がり

 去年から今年にかけて赤井英和さんとのW主演で「ねばぎば 新世界」、そして「西成ゴローの四億円」「西成ゴローの四億円 死闘篇」と立て続けに映画を撮らせてもらいましたし、舞台もさせてもらっています。

 本当にありがたいばかりなんですけど、それもこれも、20年に公開した映画「ひとくず」があったからだと思っています。

 この作品は本当に特殊な流れで生まれたんです。児童相談所で嘱託医をされている楠部知子先生から児童虐待のお話を聞いた時に、その話があまりにもつらくて、自分の心のどこに置いたらいいのか分からなくなったんです。

 そして、先生がおっしゃっていたのが「虐待に対する最大の抑止は、世間が関心を持つことです」ということだった。

 役者なんて、世のため人のために動くなんてことはなかなかできない。でも、その現状を作品にして世に出せば、何かの救いにつながるんじゃないか。今この瞬間も虐待を受けている子どもたちを助けることになるんじゃないか。

 その思いが湧き上がってきて、夜中2時から翌日の昼前まで一晩で脚本を書き上げました。あれだけの尺のものを一気に書き上げたことはなかったですし、今でもあの衝動には自分でも驚くくらいです。

 その「ひとくず」が僕の世界を一気に広げてくれました。自分の幼少期の体験があったから先生の話が一気に染み込んだのか。何がどう作用したのか分かりませんが「ひとくず」によってあらゆるものが変わりました。

 まさか自分が役者をやるとは一切思ってなかったですし、さらに映画を撮るなんて思ってもなかったですけど、役者という世界とは無縁のところで40年以上暮らして、あらゆる思いをしてきました。

 それによって、もし、見てくださった方が少しでも何かを感じてくださるものが作れているのであれば、本当に何よりうれしいことだと思います。

 こんな作品を撮りたいとか、今後こうなっていきたい。そういう思いもないではないです。ただ、そのためにできることはとにかく今一生懸命やること。それしかないと思っています。

 ありがたいことに賞もいただいて、最近は監督としてのイメージが強いのかもしれませんけど、一人の俳優として出演オファーをいただけたら、それはそれでというか、むしろ自分は役者なのでそれこそがうれしいんですけどね。

 大河ドラマとか朝ドラとか、そういうメジャーのところにはあえて行かないこだわりが…みたいに思ってらっしゃる方もいるのかもしれませんが、全然そんなことないんですよ(笑)。

 なんなら、そんなオファー来て!と思ってるんですけど、監督のイメージが強いからややこしくて使いにくいヤツと思われてるのか、純粋に役者としての魅力の問題なのか…。なんにしても、僕自身は決してそんなことはないので、もしお話をいただけるならきちんとさせてもらいますので、よろしくお願いします(笑)。

(撮影・中西正男)

■上西雄大(うえにし・ゆうだい)

1964年生まれ。大阪府出身。俳優、映画監督、脚本家、映画監督、劇団「10ANTS(テンアンツ)」代表。アパレル店や飲食店の経営などを経験し、40歳を過ぎてから芸能事務所を任されたことを機に俳優の道へ。2012年に劇団「10ANTS(テンアンツ)」を立ち上げる。俳優業の傍ら、Vシネマ「コンフリクト」「日本極道戦争」などにも脚本を提供。12年から映画製作にも乗り出し「姉妹」がミラノ国際フィルムメイカー映画祭で外国語短編部門グランプリ、「ひとくず」がミラノ国際映画祭で最優秀作品賞に選ばれるなど受賞多数。今年に入っても主演、監督を務めた「西成ゴローの四億円死闘編」がロンドンフィルムメイカー国際映画祭で最優秀作品賞と最優秀主演男優賞を受賞した。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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