「М-1」優勝からの道。「銀シャリ」が示す“その後”の作り方
「М-1グランプリ2016」で優勝し、漫才道をひた走る「銀シャリ」。全国11都市13会場で1万人動員予定のライブツアー「シャリとキリギンス」も来月から開催します。「М-1」優勝という一つのゴールを果たしたコンビが次に何を目指すのか。鰻和弘さん(40)、橋本直さん(43)がそろって口にした矜持とは。
去年より面白い
橋本:「М-1」で優勝して7年半ほど経ちました。いろいろなことをやってきましたけど、確実に言えるのは、優勝した時よりも今のほうが面白い。これは間違いないです。
鰻:ここは絶対ですね。今のほうが面白いです。
橋本:優勝してから心掛けてきたのが「去年の自分たちより面白い」ということでした。なぜ、その思いに至ったのか。その根っこにあるのは“優勝の仕方”だったと思っています。
2016年の「М-1」、最終決戦に残ったのが「スーパーマラドーナ」さん、「和牛」、そして僕たちでした。結果的に僕たちが優勝したんですけど、審査員の方々が満場一致という形ではなく、僅差での優勝だった。正直、優勝の後に微妙な空気も出ていたと思います。
全ての審査員の方が「銀シャリ」と出していただいての完全優勝なら、やり切ったというか、完結する感じにもなったのかもしれませんけど、そうではなかった。だからこそ、その時の自分たちよりももっと面白くなる。その気持ちが湧き上がってきたんだと思います。
歴代の「М-1」王者でどのコンビが一番面白かったか。よくそんなランキングもありますけど、それはあくまでも過去のこと。それより、今現在、誰が一番面白いのか。劇場に来てくださったお客さんに尋ねた時に「銀シャリ」と答えてくださるようにしておかないといけない。ずっとその気持ちがありました。
鰻:そらね、本当は全部「銀シャリ」が良かったんですけど(笑)、そうじゃなかったから良かった。今となってはそう思います。
橋本:今回の1万人動員全国ツアーも自分たちの器をもう一つ大きくする挑戦ですし、これとは別に47都道府県をまわる漫才ライブも並行して取り組んでいます。
全国ツアーはオール新ネタで最新の僕らを大きな会場で見てもらう場。一方、漫才ライブはこれまでの自分たちの代表的なネタを軸にして、生の漫才を見る機会があまりないエリアを中心に行かせてもらっています。
すそ野を広げて、漫才を、「銀シャリ」を、好きになってもらう。そして、大きな会場のツアーにも来ていただければ。そんな思いで二つの試みをしているんですけど、それが自分たちを太くしてくれているのかなと思っています。
鰻:今年2月、3月と大阪と東京でディナーショーもやらせてもらいました(笑)。漫才コンビでディナーショーというのは、ほぼ聞いたことがない話ですけど、あらゆる形のことで楽しんでもらえたらなと。
橋本:「М-1」というのは高校野球の甲子園じゃないですけど、あらかじめ用意されたレースで結果を残すための戦いです。そこに向けて頑張っていた時期はまさに青春だったと思います。
そこを終えると、自分でレースなり、ハードルなり、チャレンジを作っていかないといけない。
何をするもしないも、自分たち次第なので、本当に自由です。ただ、決められたことはないので、どうするのが正解なのかも見えにくい。難しいからやりがいもあるんですけど、僕たちの中では「去年の自分たちより面白い」ということを絶対にクリアし続けることを決めたんです。
鰻:優勝してからの人生ほうが長いですからね。優勝はもちろんありがたいことですけど、そこからどうやって楽しむのか。楽しむために、何が必要なのか。それはずっと考えています。
自分たちだけの商品
橋本:あと、よく「目標とする人は?」とか「影響を受けた先輩は?」と聞かれたりするんですけど、これがね、本当にないんです。新たな指針を取り入れるとかそういうことがなくても、目指すところがブレないというか。
変に突っ張っているということでもなく(笑)、一人のお笑いファンとして僕は純粋に「銀シャリ」のネタが好きなんです。「次、どんなネタをするんだろう」と思って、一番新ネタを期待できる漫才コンビが「銀シャリ」なんです。もちろん、自分自身が「銀シャリ」なんですけど、自分が満足するネタを作り続ける。それが指針なので、ブレようがないというか。それはあると思います。
鰻:何かに引っ張られてズレていくのはものすごく怖いですし、同じ漫才師とはいえ、他の人たちは別の商品を売っている。そうなると、完全に別物ですしね。自分たちがやる以上、自分たちの商品にしかなりませんしね。
橋本:そういうところを追求しているのか、相方は毎年一人で海外にも行ってますからね。南アフリカとかエジプトに一人旅をする。世界に行ったら自分の存在がちっぽけにも思えるし、概念をぶっ壊しに行くそうです。
鰻:世界のいろいろな感覚や仕草を吸収したいんです。地球の感覚を丸ごと身につけるというか。人間として「地球人です」という自己紹介ができればなと。
橋本:僕は臆病なので、この大胆さはうらやましいですけどね。
鰻:あとね、先日セスナの免許を取る申し込みをしたんです。セスナに乗って橋本を乗せて漫才ツアーに行く。それができたら面白いやろうなと。
便がほとんどないエリアにも自由に行ける実質的な便利さもありますし、自分に違うパーツがついたら、またいろいろと感覚も変わるかもしれませんしね。
…ただね、教習所に通うだけで、850万円するみたいで。ま、それだけ頑張って免許を取ったら、余計に新たな景色が見えるかもしれない。本当にそう思いますけど、それでも850万円は高いですけどね(笑)。なんとか、一つ一つ積み上げて、前に進んでいければと思っています。
(撮影・中西正男)
■銀シャリ
1983年8月31日生まれで大阪府八尾市出身の鰻和弘(うなぎ・かずひろ)と、80年9月27日生まれで兵庫県伊丹市出身の橋本直(はしもと・なお)が2005年にコンビ結成。ともに大阪NSC25期生。ボケの鰻、ツッコミの橋本というコントラストがはっきりとしたしゃべくり漫才で注目を集め、上方漫才大賞新人賞など受賞多数。「M-1グランプリ2016」優勝。初の1万人動員規模の全国ツアー「シャリとキリギンス」を行う。静岡公演(5月4日、しずぎんホールユーフォニア)からスタートし、全国11都市13会場をツアーする。