芸人・高山トモヒロが“笑いを封印した一冊“を書いた理由

3冊目の著書を出した「ケツカッチン」の高山トモヒロ

 漫才コンビ「ケツカッチン」の高山トモヒロさん(51)が3冊目の著書「手のひらの赤ちゃん 超低出生体重児・奈乃羽ちゃんのNICU成長記録」を先月27日に上梓しました。知人夫婦の間に生まれた小さな命の輝きを克明に描いた作品で、芸人さんの中でも「涙が止まらない」と話題となっています。なぜ芸人を生業とする高山さんが感涙必至の一冊を手掛けたのか。そこには大いなる決意がありました。

想定外の打診

 長年お世話になっていると言いますか、昔からよく知っている業界関係者の人がいまして。その方が結婚して、奥様が妊娠されたという話は聞いていたんです。

 ただ、そこからしばらく連絡がなかったので、何となく、心の中で「ま、元気にしてらっしゃるのかな…」と思っていたら、ある日、連絡がありまして。「会って話したいことがあるんです」と。

 普段はひたすらゲラゲラ笑うような楽しい飲み会、食事会ばかりなので、おかしな流れだなとも思ったんですけど、ウチの近所のカフェで会うことになりました。

 そこに夫婦そろってお見えになりまして、お子さんのことを告げられたんです。

 子どもは生まれた。ただ、早産だった。22週と4日目で生まれて、体重が325グラム。それを聞いて、僕は「おめでとうございます」も言えず、ただただ衝撃を受けました。

 こんな仕事をしているのに、なかなか言葉が出てこない。何を言ったらいいのか分からない。そこから奥さんがここまでの経緯を説明されたんですけど、もうそこからは、相槌すら打てない状況になっていきました。

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 そんな中、意を決したように旦那さんがおっしゃったんです。「これを書いてもらえませんか」と。

 赤ちゃんの成長記録を書いてほしい。その依頼でした。その瞬間、僕の頭には「なんで、僕なの?」という思いがよぎりました。ただ、将来、赤ちゃんが大きくなって、その時に「実は、こんな話がキミの小さい頃にはあったんやで」というくらいのものやと思って、せっかくならばやらせてもらおうと頭を整理しかかったところで、次の言葉が出てきました。

 「それを、一冊の本にしたいんです」

 それまでに本は2冊書いてたし、そのことはその旦那さんもよーくご存知です。だからこそ、文章を書く経験があって、自分たちのことをよく知ってくれている僕に頼みたいと。そういうお話でした。

大きな決意

 昔から本当にお世話になっている人なので、何とか、要望には応えたい。でも、出版するとなると、もちろんハードルは高くなるし、これまでの2冊は僕の相方と母親のことを描いた内容だったので、こちらは当事者でもあり、自分に起こったことを書いていけばいいという一つの正解がある。

 でも、ずっとお世話になっている人とはいえ、自分の娘でもないし、僕には娘は3人いるけど、本当にありがたいことに、みんなスクスクと育ってくれた。

 簡単なものではないことは僕にも瞬間的に分かりましたし、内容もずっしりくるような話にはなる。迷いました。

 ただ、そこで心を決めたのは、大泣きしている奥さんを見たからです。涙を流しながら懇願されている。その姿が目に入ったら、もう僕には断ることはできませんでした。人として、親として。

 そこから、実際に日々病院に取材に行き、旦那さん、奥さんに話を伺い、そして、僕なりに医療的なことも調べ、文章を紡いでいきました。

 奥さんは毎日日記というかメモを残してらっしゃったんですけど、すごく克明に描いてあるんです。ただ、そこには娘・奈乃羽ちゃんの病状が中心に書かれているので、それをもとに綴っていくと、すごく医学的な中身が連なることになる。

 そのご夫婦や、いろいろ調べながら書いている僕、もしくは同じように早く生まれた赤ちゃんがいらっしゃる親御さんはその内容が分かったとしても、一般的に広く読んでもらうには難しいというか、少し入り組んだ話になってしまう。

 なので、本当にいろいろ考えました。実際にあったこと、その時のご両親の思いをもちろんベースにしながら、どこか芸人である僕が書いている“色”も出した方がいいのか。出すにしても、全体の流れを見て、そんなところが目立ちすぎては絶対にダメだし。

 プッと笑えるようなくだりを書いては前後を読み、時にはそれを段落ごと消したりして、試行錯誤の中、文章を作っていきました。

芸人との狭間で

 内容が非常に胸にくるものだけに、普段の仕事にも、少なからず影響もありまして。大阪・なんばグランド花月の出番がある時は、当たり前ですけど、お客さんの前でアホみたいなことをして、笑っていただく。

 もちろん、それは全うするんですけど、合間の休憩に原稿のことを考えたり、ましてや、実際に原稿を書こうとすると、どうしても、楽屋での表情もかたくなるし、空気も暗くなってしまう。

 だから、劇場出番の時はあえて原稿のことを忘れて、いつも以上に後輩とアホなことを言い合い、にぎやかに昼飯に行ったりもしてました。

 執筆期間は約1年半。その間、何回も「書くのをやめよう」とも思ったんですけど、これは僕一人のことではないし、ご夫婦、奈乃羽ちゃん、みんなの思いが乗っかった話になっている。

 さらに、奥さんがおっしゃったことが胸に突き刺さりました。

 「周りから見たら、すごく不幸な親子に見えるかもしれませんけど、私たち、すごく幸せなんです」

 理屈じゃないというか、なんとしても、この本を完成させる。それが自分が絶対にやらないといけないこと。そんな思いに衝き動かされて、1年半が経ちました。

 人を笑わせるのが芸人の仕事。今回の本は、目に見える方向としては、真逆のことだったのかもしれません。ただ、笑いにしても、結局は人の心と寄り添うということ。それでいうと、この本を書くという経験は、僕にとって、また違うアプローチでお笑いを見つめなおすことになったのかなとも思っています。

 ま、僕のことは、そない大事なことではないんですけど(笑)、本ができあがって、たくさんの人が「泣きました」と言ってくださる。そして、その向こうに「親を大切にしようと思いました」とか「久々に、子どもを抱きしめました」とか、そういう声をいただけるのがホンマに値打ちのあることをさせてもらったなと。

 芸人の僕が書いた本やから、良い意味で、気楽に読んでもらえたら嬉しいですし、その結果、何かしら思うことが少しでも心に残れば、こんなにありがたいことはありません。

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 実際、僕も本を書いてから、少し変化もありまして…。劇場の合間にランチに行ったりする時も、僕がやっているコーナーの若手を連れて4人くらいでいつもは行ってたんですけど、その若手の同期とかがたまたま近くにいたりしたら「これも縁やしな」「この繋がりは大切やもんな」と思って、その子らも誘ってランチに行くという。

 そうやって8人くらいでランチに行くことが増えたんですけど、そうなったら、もちろん払うのは僕なので出費はかさむ(笑)。ま、強がりやないですよ!それはエエんです!

 ただ、せっかく一緒に行ってるのに、昼時に8人も一緒に座れるお店はないので、せっかく一緒に行っても、結局、席がバラバラになって「いただきます」と「ごちそうさまでした」の声しか言葉を交わさないという…。そら、漫才でもツッコミですから、そんな時は自分につっこみますよ。「何のために行っとんねん!」と(笑)。

(撮影・中西正男)

■高山トモヒロ(たかやま・ともひろ)

1968年7月10日生まれ。大阪府出身。NSC大阪校7期生。同期は「雨上がり決死隊」、なるみら。同期で高校時代からの友人・河本栄得さんと漫才コンビ「ベイブルース」を結成する。上方漫才大賞、上方お笑い大賞、ABCお笑い新人グランプリなど関西の若手賞レースを総なめにし次代のエースとして注目されるが、94年に河本さんが劇症肝炎で急逝。ピン芸人を経て、2001年に和泉修と新コンビ「ケツカッチン」を結成。これまで、河本さんと出会いと別れを描いた「ベイブルース~25歳と364日~」、突然家を出た母への思いを描いた「通天閣さん 僕とママの、47年」、そして、小さな命の輝きを描いた「手のひらの赤ちゃん 超低出生体重児・奈乃羽ちゃんのNICU成長記録」の3冊を上梓。「ベイブルース―」は14年に映画化もされ、高山自身が監督も務めた。ABCラジオ「高山トモヒロのオトナの部室」、ラジオ大阪「OBCグッドアフタヌーン!ラジぐぅ」などにレギュラー出演中。次女・光永(ひなた)は東京を拠点に芸人として活動しており、吉本興業のアイドルユニット「吉本坂46」のメンバーにも選ばれている。