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「百貨店ゼロ県」を嘆くよりも、跡地利用を前向きに~島根・一畑百貨店松江店の閉店

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
JR松江駅前の一畑百貨店は2024年1月14日に閉店する。(画像・筆者撮影)

・一畑百貨店松江店が、明日(2024年1月14日)に閉店

 松江駅前にある一畑百貨店松江店が、明日(2024年1月14日)に閉店する。これで、百貨店が存在しない都道府県は山形県、徳島県に次いで三番目となる。岐阜市の岐阜高島屋も、2024年7月31日での閉店を発表しており、地方の百貨店の衰退が明らかになっている。

 あと二日で閉店となる12日、一畑百貨店には多くの買い物客が訪れていた。全館挙げてのセールが行われ、すでに多くの棚やショーケースは空になっていた。

 顧客が一畑百貨店への感謝の気持ちなどを書き込んでいるボードも設けられ、書き込む人や立ち止まって見入る人の姿も目立っていた。

 インバウンド需要の順調な復活によって、業績が改善している東京や大阪などの大手百貨店に対して、地方の地場百貨店ではコロナ禍以前から厳しい経営状態が続いているところもあり、今後さらなる閉店や経営破たんが懸念されている。

顧客がそれぞれに思いを書き込んでいるボード。(撮影・筆者)
顧客がそれぞれに思いを書き込んでいるボード。(撮影・筆者)

・グループ本体も5期連続赤字

 一畑百貨店の今回の閉店は、2023年6月13日に発表された。大型ショッピングセンターとの競合や、コロナ禍の影響などから業績悪化に歯止めがかからないことが理由とされた。

 島根県の人口は、2023年12月1日で648,249人と、1955年の約93万人から3分の2まで減少している。購買意欲が旺盛である生産年齢人口(15歳以上65歳未満)も、54万人から34万人と大幅に減少し、結果として商業の市場も縮小している。

 一畑百貨店の株主である一畑電気鉄道も、グループ15社の2023年3月期も赤字決算となり、5期連続赤字となった。鉄道やバスなど運輸部門は、鉄道利用客がコロナ禍前の9割程度まで復活するなど好調だった。しかし、一畑百貨店の売上げは約1割減となり、百貨店の収支悪化がグループ全体の重荷になっていることが明確になっていた。

・人口減少に加えて、商業環境の変化

 一畑百貨店は、JR松江駅北側に位置する。一方、南側の徒歩圏内には、イオン松江ショッピングセンターがある。商業施設面積約3万平方メートル、イオンスタイルをキーテナントに約100の店舗を擁するショッピングモールだ。

 松江市在住の50歳代の女性は、「車社会ですから、イオンと国道沿いの店舗で普段の買い物は間に合いますから」と話す。さらに、「一畑さんは、高齢者層にターゲットを絞り過ぎたのかなあと思います」とも言います。

 一方、40歳代の女性は「ブランド店が揃っていたので、残念です。ただ、米子まで車で30分ほど。米子には百貨店が二つありますし、私とか、知り合いとかは年に何度か大阪に出かけて買い物します。高速バスだと安くて行けるんです」と話す。

 地方経済の衰退は、地方の富裕層の減少に繋がっている。結果として、地方百貨店の経営を支えてきた外商部門の売上げの低下を招いてきた。さらに、大型ショッピングモールや郊外店の進出が進み、そこに高速道路の整備や鉄道の高速化によって、買い物客の大都市への流出を招いてきた。

一畑百貨店別館跡地は、マンションの建設が進む。後方は、イオン松江ショッピングセンター。JR松江駅から徒歩で数分の位置だ。(画像・筆者撮影)
一畑百貨店別館跡地は、マンションの建設が進む。後方は、イオン松江ショッピングセンター。JR松江駅から徒歩で数分の位置だ。(画像・筆者撮影)

・関心は跡地利用に

 百貨店の経営が困難になっており、廃業や閉店は致し方ないという考えが拡がっている。

 閉店前には多くの人たちが訪れ、売り上げも上がり、「なんとか残せないのか」という意見が新聞の投書欄やSNSに数多く見られるようになる。

 しかし、これまでの事例でも、地元企業などが出資して経営を継続させても、数年で行き詰まっている。また、経営コンサルタント企業が再建を提案し、地元財界などに出資を募っても、充分な資本が集まらない事例も出ている。こうしたこともあり、百貨店の経営継続を志向するよりも、跡地利用を進める方向に変化しつつある。

 駅からイオン松江ショッピングセンターに向かうところにあった倉庫や事務所として利用されていた一畑百貨店別館の跡地は、現在、マンションの建設が進んでいる。

 他地域の事例を見ても、高層マンションにし、低層階を商業施設にするのが一般的だ。郊外から都市中心部に居住を希望する人は増えており、利便性の高い駅周辺のマンション需要は高い。居住人口が増加すれば、商業への需要も高まるため、地元中小商業にとっても大きなチャンスとなるとも考えられる。一畑百貨店の場合は、JR松江駅に隣接しており、マンション用地としては一等地といえる。

国宝松江城から、宍道湖を望む。外国人観光客も増加している。(画像・筆者撮影)
国宝松江城から、宍道湖を望む。外国人観光客も増加している。(画像・筆者撮影)

・総合的な再開発に向けて

 今回の一畑百貨店の立地は、JR松江駅に直結しており、鉄道や高速バス、路線バスなどのターミナルとしての機能に加え、観光や住民サービスなどの拠点としても重要な位置にある。

 一畑百貨店の建物は老朽化しており、解体し、再開発するのが順当であろう。しかし、巨額に及ぶであろう解体費用や再開発費用の負担や、総合的な再開発における行政の関与に関して、様々な問題が発生する。

 松江市は、一畑百貨店の閉店を踏まえ、2023年12月末に官民による検討組織「松江駅前デザイン会議」を立ち上げている。しかし、当事者である一畑電鉄からは参加しておらず、その実効性を懸念する声もあるように、課題も山積している。

JR松江駅は、鉄道だけでなく各地に向かう高速バスのターミナルにもなっている。(画像・筆者撮影)
JR松江駅は、鉄道だけでなく各地に向かう高速バスのターミナルにもなっている。(画像・筆者撮影)

・活発な議論と、迅速な対応

 松江市は、国宝松江城や宍道湖、玉造温泉などのある国際的な観光都市であり、JR松江駅は出雲大社などの県内の観光名所への玄関口となっている。しかし、残念ながらJR松江駅周辺は、これだけの観光地の玄関口としては、特色が欠けていると言わざるを得ない。

 松江市内の飲食店経営者は、「飲食店が多く集まる茶町商店街周辺でも、最近、古い建物が取り壊され、風情が失われつつある。観光振興のためには、駅前だけではなく、全体を俯瞰して考えて欲しい」と言う。

 他都市の事例で見ると、廃業した百貨店や大型商業施設の建物が放置されたり、全面改築などを行わず低層階だけの暫定利用であった場合、街全体の雰囲気を低下させ、観光振興に支障をきたす。

 一畑百貨店の立地は、一等地なだけに公共性も高い。単に分譲マンションの建設というだけではなく、国際的な観光都市の玄関口として、さらに市民の集う場所として、どういった再開発が望ましいのか活発な議論と、迅速な対応を行政が主体的に行うべきだろう。

 「百貨店ゼロ県」を嘆くよりも、跡地利用を前向きに取り組んでいくことが重要だ。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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