Yahoo!ニュース

せんべい屋が始めた小商いインキュベーション長屋~京都・古門前通り・三善路地

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
どこか懐かしい雰囲気のある三善路地(画像・筆者撮影)

・京都の街の小さなせんべい屋

 京都の祇園を北に少し上がると、骨とう品店が並ぶ静かな街並みがある。さらに、北に上がり、白川の流れを渡ると、知恩院に向かう古門前通りに出る。

 観光客もまばらで、古くからの住宅と商店が並ぶ辺りに、小さなせんべい店がある。家族経営で、一枚一枚手作りをしたせんべいを販売しているのは、三善(みつよし)製菓所だ。先代が、北陸で菓子作りを学び、第二次世界大戦後に京都で創業した。

 先代が型を作るのに苦労したという舟形の生姜せんべいは、京都土産として周辺の旅館で取り扱われてきた。京都の野菜などを取り入れたせんべいも人気だ。

・転機は突然、訪れた

 そんな家族経営の小さなせんべい屋に大きな転機が訪れたのは、コロナ禍が起こる直前だった。京都の街にインバウンドの外国人観光客が急増してきた2016年。古くからの地主から、土地の購入を求められたことが大きな転機となった。

 店舗兼住宅は、京都の典型的な町家。店主の辻本政信さんは、「詳しい人に見てもらったら、江戸末期から明治初期の建物だそうです」と言う。地主からの要望で、隣接している長屋も購入することになった。「細々と家族経営をしていた私たちにとっては、大事件でした」と店主夫妻は笑う。「今は、笑ってますけど、ほんまにえらいことでした。」

「一時は廃業も考えました」という店主夫妻と若主人(画像提供:辻本揚氏)
「一時は廃業も考えました」という店主夫妻と若主人(画像提供:辻本揚氏)

・ホステルを計画

 この長屋を購入するということになった途端、様々な人から企画やアイデアが寄せられた。その中で、やってみようと決めたのが、外国人向けのホステルの経営だった。

 「専門の方にも相談して、かなり苦労して、いざ開業となったのですが、いろいろとトラブルが起こり、親たちと相談して、これ以上、共に長年住んできた地域の方たちに迷惑をかけるわけにはいかないと、断念したのです」と、若主人の辻本揚さんが話す。

・ホステル断念して、さてどうするか?

 ホステル開業を断念したが、すでに改装も済み、そのまま放置しておくわけにはいかないと、客室になるはずだった部屋を借りてくれる人を探すことにした。長屋を、共同のバストイレの客室として改装していたので、住宅用ではなく、小売業の開業を希望する人に貸すことにした。

 「こういう物件なんで、誰にでも貸すという訳にいきませんので、私たちの知り合いの紹介などで、ここで一緒に何かしようと思ってくれる人に貸すようにしていきました。」店主夫婦は、微笑みながら話すが、資金の調達などで相当苦労したとも話す。

・京都が『京都である』ことへの願い

 かくして、小さなせんべい屋と昔ながらの銭湯の間の人ひとり通れるような路地を入る長屋は、「三善(みつよし)路地」と名付けられ、雑貨店、ギャラリーなど9店舗が入っている。

 元の長屋の風情をうまく生かして、改装されているので、懐かしい雰囲気があふれている。店主の辻本政信さんの「できれば木造建築を残したい。京都が『京都である』ことへの願い」が現れている。

・売れないなら、売りに行こう

 ところが、コロナ禍は長引き、深刻化した。借りたもののなかなか商売に結び付かず店子たちも苦労をした。京都への観光客も激減。家主の方も、本業のせんべいの販売が、大幅に減少した。

 しかし、そこで落ち込まないのが、せんべい屋のお父さんとお母さんである。「これまでは、旅館などに卸すのが中心だったのですが、こうなっては自分たちで売りに行かねばと思いました」と店主夫妻。同じような悩みを持つ、店子たちを誘い、京都市内の岡崎公園などで開催されるイベントに共同で出店するなど、新たな取り組みをしてきた。そこで知り合った新たな客が、路地を訪れることも多い。

昨年11月に大家と店子で岡崎公園のイベントに出店したとき。(画像・筆者)
昨年11月に大家と店子で岡崎公園のイベントに出店したとき。(画像・筆者)

・小商いインキュベーション長屋

 9店舗の店主は、販売するものや提供するサービスも様々だ。開業に至った経緯も、また様々だ。

 家主である三善製菓所の夫婦は、「京都で商売やってみよと思っても、なかなか費用やなんかで難しいでしょ。うちのような小さなスペースで、こうやって支えあいながら開業してみて、成功したら、町中に大きな店借りたら、ええと思ってます」と話す。

 筆者が、「小商いのインキュベーションですね」というと、店主は「なんやそれ。インキュ、なんやって?」と笑って、メモを取った。

 昨今、兼業、副業、創業だと政府もいろいろ政策を打ち出しているが、なかなか難しいのが実情だ。スタートアップだ、ベンチャーだとなると、取り組める人はそう多くはないだろう。しかし、まずは小商いから取り組んでみようという人は少なくないはずだ。

 京都の街中で、小さなせんべい屋さんが、ひょんなことから、小商いインキュベーション長屋の大家さんになり、店子と一緒に楽しみながら、商売をしている。地域を活性化するには、小さくても、こうした動きが実は重要だ。

せんべいは家族総出で、昔ながらの手法で作られる。(画像提供・:辻本揚氏)
せんべいは家族総出で、昔ながらの手法で作られる。(画像提供・:辻本揚氏)

・路地フェスタ開催

 今年(2022年)春には、初めて路地フェスタと銘打って、イベントを開催した。家主も店子たちも、手ごたえを感じて、今回は、「路地フェスタ ひぐらし編」と題して二度目の開催となる。

 せんべい店と銭湯の間をすり抜けるようにして入らねばならないので、まずはおもしろい店があることを知ってもらうことが重要だ。 

 「この長屋もそうなんですが、かつては、物を作る職人さんたちが、住んでいたところです。そんなところで、自分でなにか作ったり、こだわったものを仕入れて売ってみようという人たちが集まるのは、この町に刻まれた歴史のようなものかもしれませんね」と店主の辻本政信さんは微笑んだ。

 今日、開催される路地フェスタでは、金箔細工のワークショップや、それぞれの店主が仕入れた個性的な商品や、特製のいなりずしや京都のおばんさい、パンなどの販売などに加えて、手相占いやネイルサロンなどもある。店子たちの新たな取り組みが、古くからの路地を明るくする。

 大手が作り出した「町家」商業施設ではない、ちょっと変わった、京都が『京都である』場所を、この夏、訪ねてみてはどうだろう。

路地フェスタ ひぐらし編 inみつよし路地

  2022年7月30日(土)午前10時~午後5時

  〒605-0065 京都市東山区古門前通東大路西入古西町318

 (みつよし路地は、路地フェスタ開催時以外にも来訪可能。)

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

中村智彦の最近の記事