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JR各社実質値上げが突きつける問題~公共交通機関をどう維持するか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
まん延防止等重点措置は3月21日で終了。旅行客も駅に戻ってきている。(著者撮影)

・自由席廃止、回数券廃止などで実質値上げに

 JR西日本は、2022年3月12日のダイヤ改正から、近畿地域の在来線特急の「こうのとり」、「くろしお」、「きのさき」「はしだて」、「まいづる」の自由席を廃止し、全車指定席に変更した。「サンダーバード」、「しらさぎ」でも指定席車両が増え、自由席車両が減少される。

 JR西日本では、それに先駆けて2021年9月30日で在来線の普通回数券の販売を終了、10月31日で山陽新幹線の自由席回数特急券の販売を終了した。

 さらに2022年4月1日から「EX予約サービス」や「EX早特」などEXサービスで取扱う商品の見直しと値上げを行う。これらのよって、山陽新幹線ではほぼ全ての路線での値上げとなる。

 JR西日本だけではなく、JR各社で同様の動きは、コロナ禍前から進んでいた。しかし、コロナ禍によるインバウンド観光客の消失、さらに在宅勤務の増加による通勤客や出張客の減少が、鉄道各社の収益を急減させ、経営危機が一気に表面化したことから、2022年度からの値上げが相次いでいる。

在来線特急の自由席廃止によって実質値上げになる(撮影・筆者)
在来線特急の自由席廃止によって実質値上げになる(撮影・筆者)

・割引でチケットレス利用へ誘導

  自由席や回数券の廃止は、ネット予約とチケットレス乗車サービスを組み合わせることで、非対面・非接触型のサービスに移行できる。

 これによって、単に料金を引き上げるという意味だけではなく、窓口販売や車内検札の手間を省くことになり、人件費抑制につながる。

 しかし、JR東日本では、指定席特急券で「最繁忙期料金」を新設し、年末年始、ゴールデンウイークやお盆の期間には、通常期の400円増しと200円の値上げとなる。JR西日本では、6月25日から「EX予約サービス」や「EX早特」などEXサービスの値上げを予定しており、会員制度の「おとなび」での販売商品の値上げも実施する。

 JR各社は、自由席や回数券の廃止による値上げの一方で、各社の会員制度に入会することで割引を受けられることを宣伝している。

 利用者は会員になることで交通系ICカードによるキャッシュレス決済やチケットレス制度を利用できる。JR各社が力を入れる流通小売部門でも割引やポイントを獲得できるようになっており、通勤、通学、旅行、買い物、飲食などの多岐にわたる分野で顧客の囲い込みを進めている。手間がかかり、収益を押し下げる紙での回数券や割引切符の廃止を進め、一方で経費が少なく、手間も省ける上に、個人に紐づけすることで多くのデータを収集することが可能だ。

区間によっては1000円以上の値上げになるものも(JR西日本のHPより作成)
区間によっては1000円以上の値上げになるものも(JR西日本のHPより作成)

・「大都市部で収益を上げた分、地方の赤字路線に回せ」という論理

 これまで乗客の減少や赤字路線の問題は、ローカル線に限ったものだと考えられてきた。「大都市部で収益を上げた分、地方の赤字路線に回せ」という論理がまかり通ってきた。

 しかし、都市部でも沿線人口の高齢化や減少が進み、定期券利用客の減少が大都市部のJRや私鉄への経営悪化を引き起こすことは、以前から指摘されていた。しかし、大幅な利用客の減少にはまだ時間的余裕があると考えられていたことや、インバウンド観光客の急増などから、問題の先送り感が強かった。

 ところがコロナ禍は、一気に問題を噴出させ、もはやローカル線だけの問題ではなくなった。

・一気呵成に経営課題を解決

 2021年2月の記者会見で、JR西日本の長谷川一明社長が、新型コロナ禍の拡大によって「10年後の未来が1年で来た状況」だと指摘し、「一過性ではない行動変容が拡大しつつある」と述べた。

 この発言を裏付けるように、この1年間、JR各社は、コロナ禍による影響が長期化するとして赤字路線の廃止、運賃の見直し、非対面・非接触型のサービス導入を矢継ぎ早に行ってきた。それらの中には、JR東日本の駅構内の時計の撤去や、JR東海の駅時刻表の掲出廃止など、批判や疑問の声を引き起こしたものもある。。

 コロナ禍を理由にすれば、これまでであれば大きな反対が起きかねなかったことも実施できる。ここで一気呵成に経営課題を解決することが、鉄道各社にとって重要な課題と認識されている。

JR東海の駅ホームで時刻表が撤去された。(撮影・著者)
JR東海の駅ホームで時刻表が撤去された。(撮影・著者)

・公共交通機関の運賃値上げが続く

 西鉄グループのバスは2022年3月1日から運賃の値上げ。北陸鉄道グループのバスでも、4月1日からの高速バス富山線などの運賃値上げと、3月31日でのバス・電車乗り継ぎ回数乗車券の廃止。阪急バスでは、4月1日から通勤定期など定期券の値上げや夜11時以降のバス運賃を深夜料金として2倍にすることなど実施する。このように鉄道以外の公共交通機関でも、運賃の値上げが続く。

 乗客の減少だけではなく、原油価格の高騰や人材確保のための人件費上昇などが公共交通機関のコスト高に深刻な影響を与えつつある。

・災害による負担増も課題に

 2020年7月の記録的豪雨で被災したJR肥薩線の復旧費用が約230億円に上るとJR九州が試算を発表。復旧後も赤字路線となることが明らかになっており、復旧費用や復旧後の経費負担をJR九州、政府、県でどのようにするかが議論を呼んでいる。さらに3月16日の最大震度6強の地震の影響で東北新幹線に大きな被害が出た。

 災害が多発する日本で、公共交通機関が被った損害を誰が負担するかも議論となる点だ。政府や地方自治体が支援を行うとしても、利用者負担が求められることは避けられない。

・当たり前が当たり前ではなくなる時代

 4月からは、円安や原材料費の高騰などから様々な価格が上昇する。ここに公共交通機関の値上げが加わることで、私たちは生活への負担増を実感することになるだろう。

 これまで当たり前にあったものが無くなったり、維持するためには大きな負担を要求されることが起きてくる。当たり前が当たり前でなくなくなることを、4月からの公共交通機関の運賃値上げから実感することになりそうだ。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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