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北陸新幹線敦賀駅延伸が引き起こすこと

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
画像・筆者撮影

・3年後に開業 着々と進む北陸新幹線敦賀延伸工事

 2024年春に開業予定となっている北陸新幹線の金沢駅・敦賀駅間。在来線特急の車窓からも、着々と進む工事現場が見える。期待も高まる一方、開業が近づき、様々な問題も顕在化している。

 2021年8月26日にはJR西日本と福井県が、2024年春の北陸新幹線の敦賀駅延伸開業後に経営分離される並行在来線について、JRから福井県への駅や鉄道車両などの資産譲渡額を約70億円とする基本合意を発表した。

金沢駅・敦賀駅間は、2024年春に開業予定だ
金沢駅・敦賀駅間は、2024年春に開業予定だ

・新幹線開業後の特急列車存続は断念へ

 これを先立つ2021年6月11日、福井県の杉本達治知事は定例会見で、新幹線開業後の北陸線での特急列車の存続断念を発表した。

 現在は、大阪駅、京都駅、名古屋駅などから、福井駅、金沢駅は、特急列車で結ばれている。ところが、北陸新幹線が敦賀駅まで延伸されれば、北陸線はJR西日本から分離されるため、特急列車は敦賀駅を終点となり、そこからは北陸新幹線に乗り換えることになる。

 北陸新幹線敦賀開業後に、大阪駅、京都駅、名古屋駅方面から福井駅や金沢駅に向かう場合は、敦賀駅で乗り換えになる。その利便性低下を懸念する福井県などがJR西日本に対して、従来通りに特急列車を北陸線に乗り入れるよう要望してきた。しかし、JR西日本は、他社線となる在来並行線への特急の乗り入れは自社の利益とならないだけではなく、経費も増加すると受け入れられないとしている。

・直通運転断念が開業先延ばしの理由の一つ

 金沢駅から福井駅を経由して、敦賀駅までの延伸に関しては、当初は2025年度を目標としていたものが、2015年になって政府・与党間で3年の前倒しが合意され、2022年度末が目標とされ、2023年春の開業が予定されていた。

 ところが昨年、2020年になって工事費の増大が問題となり、開業が一年半先延ばしの2023年度末(2024年春)となった。

 元々は乗り換えの不便さを無くすために、フリーゲージトレイン(軌間可変電車、FGT)によって新幹線と在来線を直通運転する計画があった。ところが2018年8月になって、国土交通省が開発、導入は困難と発表し、事実上の断念となった。大阪駅や京都駅からは在来線特急として狭軌の線路を走り、敦賀駅からは新幹線として標準軌の線路を走るというFGTによる通し運転は、これで不可能になった。

 直通運転断念によって、敦賀駅での新幹線と特急列車との乗り換えの利便性確保のため、駅の設計を大幅に変更したことも理由の一つとなり、工事費の増大と工事期間が延長となったのだ。

 元の設計では200メートル近く離れていた在来線ホームでの乗り換えだったものを、新幹線ホームの真下に在来線特急列車のホームを設置し、乗り換え所用時間を約5分と短縮した。

 しかし、大阪駅や京都駅と福井駅、金沢駅との行き来には、2046年とされる大阪延伸開業まで約25年間。名古屋駅との行き来にはずっと、敦賀駅での乗り換えが必要となる。

新大阪駅に到着した特急。現在は大阪駅からは特急サンダーバード、名古屋駅からは特急しらさぎが金沢駅まで直通している。(画像・筆者撮影)
新大阪駅に到着した特急。現在は大阪駅からは特急サンダーバード、名古屋駅からは特急しらさぎが金沢駅まで直通している。(画像・筆者撮影)

・首都圏直結による変化

 2015年3月、長野駅から金沢駅までの北陸新幹線延伸開業が行われた。これによって、首都圏から北陸地方の利便性は向上した。

 「これまでの裏口が正面玄関になる。」当時、石川県の中小企業経営者たちが口にした言葉である。北陸新幹線の金沢開業によって、金沢駅から東京駅までは約2時間半で結ばれることとなり、その言葉が現実になった。

 北陸地方は、製造業が盛んであり、知的財産権を数多く持つ優良企業が多いことが特徴だ。リーマンショック後の経済復興も、実は北陸地方が全国よりも早かったほどだ。首都圏に直結することで、ビジネスチャンスが拡大したと話す経営者が多い。

 北陸新幹線の開業は首都圏だけではなく、東北地方からも観光客を呼び込むこととなった。さらに東京から2時間半という利便性は、折からのインバウンドブームに乗って、外国人観光客を引き付けることにもなった。

 影響は産業に止まらなかった。これまで京都、大阪方面への大学進学が多かった北陸地方から、首都圏への大学進学へと学生のシフトも明らかになった。

・繊維特急が走る関西の奥座敷

 このような北陸地方の首都圏への接近は、関西財界でも懸念材料となった。大阪のある70歳代の中小企業経営者は、「北陸地方は繊維産地であり、大阪のアパレル市場と結びつき、さらに石川県の温泉地などは関西からの観光地として栄えた。大阪の人間からすると、北陸は自分たちの奥座敷という発想が強かったんですよ」と話す。

 別の60歳代の商業経営者は、「昔は特急雷鳥というのがあって、別名繊維特急と呼ばれていました。平日の乗客は、大阪から買い付けにいくバイヤーや、繊維機械メーカーの営業マンなどでしたねえ」と懐かしそうに話す。

 繊維産業の衰退によって、1980年代以降は、そうした雰囲気は失われて行ったが、依然として北陸地方と大阪など関西地方との繋がりは強かった。それが北陸新幹線金沢延伸開業で大きく変化した。

「繊維」特急雷鳥としても活躍したボンネット型489系特急車両は小松駅近くに展示保存され、北陸線の車窓から見ることができる。(画像・筆者撮影)
「繊維」特急雷鳥としても活躍したボンネット型489系特急車両は小松駅近くに展示保存され、北陸線の車窓から見ることができる。(画像・筆者撮影)

・経済圏の変化が急速に進む

 「本音で言えば、敦賀以西がどうなるかなんて、こちらの地方ではあまり関心はない。」数年前、北陸地方のある政治家と話した時に、そう言われた。「フル規格で延伸するならば、敦賀から米原に延伸し、リニアが開業した段階で、余裕のできる東海道新幹線に乗り入れできるようにしておくか、こだわらないのならば湖西線の高速化で対面ホームで乗り換えるようにするべきだったと思う。残念ながら、関西地方の政界の混乱と対立、中部地方の政財界の無関心がこういう事態を招いたと私は思っている」と筆者に話した。また、別の北陸財界の関係者は「新幹線に乗れば、関東経済産業局のある大宮駅まで2時間。一方、中部経済産業局のある名古屋駅までは3時間。現在は中部経済産業局の管轄だが、関東経済産業局の管轄に替えてもらってはどうかという意見も出てきている」と話す。

 金沢市では、名鉄グループが百貨店「めいてつエムザ」(金沢名鉄丸越百貨店)と「ANAホリデイ・イン金沢スカイ」(金沢スカイホテル)の経営権を譲渡し、撤退した。金沢市の中小企業経営者は、「どんどんと中部圏という意識が薄れていくような気がします。今回のエムザとスカイホテルからの撤退は、象徴的ですね」と話す。

 北陸新幹線の開業から5年経過し、北陸経済圏は、首都圏に近づくと同時に関西圏、中部圏からの距離が大きくなりつつあると言える。

 現在、東京・福井間は、東海道新幹線と北陸線の在来線特急の利用で乗り継ぎ時間も含め約4時間かかっているものが、北陸新幹線で約3時間と大幅に短縮される。富山県や石川県で見られるこのような現象が、福井県でも起こる可能性がある。

北陸新幹線敦賀延伸の工事は佳境に差し掛かっている。(画像・筆者撮影)
北陸新幹線敦賀延伸の工事は佳境に差し掛かっている。(画像・筆者撮影)

・観光客誘致PRは首都圏で

 「心理的な障壁になるんですよね。旅行に行くとなると、のんびり列車に乗って、目的地まで行きたいでしょ。旅慣れている人ばかりではないですから、乗り換えがあるというと不安がる方も少なくないんです」関西の旅行代理店の社員は、関西地方から北陸方面への旅行の際、敦賀駅での乗り換えが必要となる影響は大きいと話す。

 福井県は関西地方にも近く、関西地方から福井駅方面に向かう際に敦賀駅での乗り換えが必要となれば、観光客誘致などに支障が出るとの懸念も多い。それだけになんとか福井駅まででも在来線特急列車の延伸を継続したいという要望が大きい。

 石川県の中小企業支援機関の職員は、「粟津、片山津、山代、山中温泉のある加賀温泉郷にとっては、新幹線の延伸は待ち望んでいることです。首都圏から金沢での乗り換えなしで、行けるというのは観光客誘致に大きなメリット。一方で、これまで大阪駅から直通運転されていた特急列車がほぼ絶望になったために加賀温泉郷ももちろん、全廃予定だった直通のサンダーバードを地元の要請で残してきた和倉温泉などでは、関西方面からの観光客誘致にはマイナス面が大きいでしょうね。今後は、北陸新幹線利用促進で観光PRの重点は首都圏になるでしょう」と話す。

大阪駅や名古屋駅から特急に乗れば、そのまま来ることのできるのはあと3年足らず(画像・筆者撮影)
大阪駅や名古屋駅から特急に乗れば、そのまま来ることのできるのはあと3年足らず(画像・筆者撮影)

・敦賀駅以西は25年も先

 開業まで3年を切り、福井県内でも歓迎ムードが高まりつつある。 一方で、中部圏、関西圏との繋がりが低下するのではないかという懸念も強くなっている。

 福井県の小売業の経営者は、「関西からの観光客も重要だし、うまく首都圏からの観光客も新幹線開業を契機に誘致すべきだ。ただ、金沢・福井間が新幹線で30分弱と聞いている。買い物客が金沢に流出するのではないかと懸念している」と言う。

 一方、関西地方の自治体職員は、「北陸新幹線もリニアも、ルート設定に時間がかかりすぎた」と言う。

 やっと決まった敦賀駅以西のルートは福井から山間部を抜けて、京都市内の地下を通るという困難な工事が予想されるルートで、開業予定も2046年と25年先だ。

 JR東海の進めるリニアも、東京・名古屋での工事の遅れが深刻化しており、予定通りの2027年開業は困難だと見られている。名古屋・大阪間は予定でも早くて2037年であり、さらに遅くなる可能性が高い。

 「現在の人口減少の推移などを考慮すれば、20年後に本当に北陸新幹線の延伸が必要か、現段階では判らない。未来は未来の話として、北陸新幹線の敦賀駅延伸開業が関西地方にとっては経済圏の縮小と捉えるくらいの危機感があっても良いのではないか」とこの職員は指摘する。

 夏空の下、敦賀駅から金沢駅に向かう特急列車に乗れば、車窓からは新幹線の高架が見える。それはすでに新幹線が走ってきてもおかしくないほどに完成している。大きな期待とともに、北陸新幹線の敦賀駅延伸が投げかける課題についても考えておく必要があるだろう。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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