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最近、よく見かける駅の「あれ」は?~急増殖する個室型ワークブース

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
最近、駅に増えているものは?(撮影・筆者)

・リモートワークの頭痛のタネは?

 「リモートワークで自宅にいることが多いのですが、妻も同じようにリモートワーク。家の中で陣取り合戦ですよ。全然、別の業種なのですが、リモートでの会議の時はお互い気を使いますね」と話すのは、30歳代の男性会社員。「バーチャル背景を使えばいいのですが、ワンルームの狭い部屋からリモート会議ってなると、生活音っていうんですが、雑音が気になってしまって」というのは、20歳代の女性会社員です。

 リモートワークが継続する状況で、メリットも多い反面、デメリットも目立ってきています。「猫が出てきたとか、赤ちゃんが出てきたとか、微笑ましいことだと済めばいいのですが、私は結構そういうのは自分では嫌なので、リモート会議の時はシェア・オフィスなどに出かけています」と話すのは、40歳代の女性の会社員です。中堅企業の人事総務を担当する40歳代の女性は、「理想的には、従業員の多いエリアにサテライト・オフィスを設けて、適宜そこに来てもらうというのが良いのですが、大企業でないと無理ですよね。シェア・オフィスなどを法人契約するなどの方法を検討しています」と話す。

 多くの人たちが指摘するのは、二つ。

 一つは、在宅で、ずっと自宅にいると「オンオフがつけにくく、煮詰まってくる」という点。

 もう一つは、生活音などの雑音が入ることや音が漏れることへの心配から、リモート会議が負担に感じるという点だ。

 こうしたリモートワークのデメリットを商機とみて、新たなサービスが転換されているのだ。

JR新橋駅に設置されている「STATION BOOTH」。防音が施されており、外部の雑踏を気にすることも、内部からの音漏れの心配もない。(撮影・筆者)
JR新橋駅に設置されている「STATION BOOTH」。防音が施されており、外部の雑踏を気にすることも、内部からの音漏れの心配もない。(撮影・筆者)

・駅に増えている「あれ」

 昨年後半くらいから、都内のJRやメトロの駅に急増しているのが、かつての公衆電話ボックスを一回り大きくしたような小部屋だ。

 JR東日本は、「STATION BOOTH」と名付けたこの小部屋を都内だけではなく、管内の主要駅に増設している。2021年度中には100か所程度までになると発表している。この「STATION BOOTH」は、同社が展開するシェアオフィス事業「STATION WORK」の一つであり、株式会社ブイキューブが関係会社の株式会社テレキューブ社を通じて供給する個室型スマートワーク・ブース「テレキューブ」が利用されている。この「テレキューブ」は、JR西日本グループにも提供されており、JR西日本の駅構内への設置も進んでいる。

 一方、東京メトロに設置されているのは、富士フィルムグループの富士フイルムビジネスイノベーション社が提供する個室型ワーク・スペース「CocoDesk」だ。東京メトロの26駅の構内に設置されるほか、オフィスビル、ショッピングモールなどへの設置も進めている。

 いずれのサービスも、利用者はネットを通じて、登録、場所の検索、予約、支払いまでを行う。利用料金は、個人の通常料金で、いずれも15分税込み275円となっており、1時間で1,100円になる。若干高めな気もするが、防音、空調、感染症対策、そしてなにより利便性を売りにして、展開が進んでいる。

 こうしたワーク・スペースあるいはブース事業は、個人向けだけへなく、法人向けにも進んでおり、自社でサテライト・オフィスを持たない企業の利用を見込んでいる。駅構内などではないが、三井不動産は、法人向けに個室特化型サテライト・オフィス「ワークスタイリングSOLO」を東京近郊に約40か所の設置を進めており、グループの三井ガーデンホテルズなどとも提携を行い、全国に約100か所の拠点を展開する計画だ。

デイユースの場合、ベッドやバスルームの利用ができないこともあるので、注意が必要だ。あくまで仕事をするためだ。(撮影・筆者)
デイユースの場合、ベッドやバスルームの利用ができないこともあるので、注意が必要だ。あくまで仕事をするためだ。(撮影・筆者)

・ホテルもデイユースで参戦

 国土交通省観光庁の「宿泊旅行統計調査」によれば、2021年3月の全国の宿泊施設の客室稼働率は34.3%と非常に厳しい状況が続いており、さらに第三次の緊急事態宣言発出によって期待された5月の行楽シーズンも不発に終わり、5月、6月も最悪期を脱せない状況になっている。すでに、ホテルチェーンの倒産や廃業、売却などが続いている。

 そんな状況の中で、ホテル業界もリモートワーク需要の取り込みが本格化している。

JR東日本が展開するシェアオフィス事業「STATION WORK」では、個室ブースの「STATION BOOTH」、シェアオフィス型の「STATION DESK」に加え、自社のJR東日本ホテルメッツと提携ホテルでの「ホテルシェアオフィス」の提供も行っている。

 一休.comや楽天トラベルなどのホテル予約サイトでも、「デイユース」を提供するホテルが増加している。 

 価格はホテルのランクによって、大きく異なる。「リゾート地でワーケーションは無理だけど、都市のホテルの部屋で優雅に雰囲気を変えて」という向きから、「狭いブース型よりも、安く少し広い部屋で」という向きまで、料金も様々である。駅からの利便性では、多少劣るものの料金を比較すると、ブース利用の料金と比較すると、同等か、むしろ安くなるケースもある。

 研修所の宿泊施設で、トイレやバスがなく、テレビもないが、リモートワーク用の格安に提供している例や、連泊して日中、リモートワークをするために掃除を断り、客室リネンや備品の交換をしなかった場合、エコ宿泊として飲み物かポイント付与されるサービスや資料の印刷が無料で行われるサービスを提供している例、チェック・インとチェック・アウトの時間に関係なく、利用時間数で料金を計算するシステムを提供している例など、デイユース・サービスも、それぞれのホテルで工夫を凝らし、多岐に及んでいる。事前によく比較して、自分の利用スタイルに合ったものを選びたい。

 そのほかに、東京都が宿泊施設テレワーク利用促進事業として、都内の宿泊施設のリモートワーク利用を支援しており、ホテルだけではなくゲストハウスなどのデイユース・サービスの提供が増加している。この事業の参加宿泊施設は、東京都のサイト“Hotel Work Tokyo”から検索できる。

地下鉄の音も気にならないように作られている。(筆者・撮影)
地下鉄の音も気にならないように作られている。(筆者・撮影)

・21世紀の公衆電話ボックスになるか

 コロナ禍で変化する私たちの生活スタイルの一つに、エキナカに急増殖している個室型のワーク・ブースやスペースがある。リモートワークが、そのまま在宅勤務ではなく、こうした新しい場所を求めるようになってきたのは、コロナ禍以前には想像できなかったことだろう。大手企業が次々に、こうしたリモートワーク向けのサービス事業に投資を行っている点からは、コロナ禍以降も、この傾向が継続するということが理解できる。

 ある年代以上の方は、この最先端のワーク・ブースを見て、公衆電話ボックスを連想する人も少なくないようだ。公衆電話や公衆電話ボックスが消えて久しい。今度は、この個室型ワーク・ブースが、21世紀の公衆電話ボックスのようにあちこちに設置されているのは、少し懐かしいような、奇妙なような気がする。

 「何を好き好んで、あんな狭い空間で」とおっしゃる方もいるだろうし、「わざわざホテルのデイユースなんて」と不思議に思う方もいらっしゃるだろう。しかし、緊急事態宣言も延長が見込まれ、コロナ禍によって変化する私たちの生活スタイル、働き方の変化を実感するために、一度、ワーク・ブースなど新しいサービスを利用してみる価値はあるのではないか。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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