このタイミングで、香港に中国系新規航空会社。空の勢力図も中国優位か。

香港の航空業界が大きく動いている。(写真:ロイター/アフロ)

・香港で新規航空会社が人材採用開始

 新型コロナウイルス感染拡大による国際線の減便、休止などで苦しむ航空会社が多い中、今年8月に香港に第5の航空会社・大湾区航空(Greater Bay Airlines)が設立され、新規営業申請を行った。さらに、10月に入り、新たな人材採用を開始したと発表して話題を呼んでいる。

 大湾区航空(Greater Bay Airlines)を設立したのは、深せん東海航空(Donghai Airlines)の創業者である黄楚標(Wong Cho Bau)氏だ。黄会長は、不動産業やホテル業を営む東海集団を創業した実業家である。

 深せん東海航空は、もともと貨物航空会社として2002年に創設されたものの、最初の貨物機によるサービスが開始したのは2006年。その後、2014年に旅客便の運航を開始し、現在ではボーイング737-800を23機保有し、中国国内線と国際線を運航している。また、今後、路線拡張を表明しており、ボーイング787などの調達計画を発表している。

・キャセイ・パシフィック航空の危機的状況

 大湾区航空の新規人材採用の発表が話題を呼んだのには理由がある。香港の航空会社の代表と言えば、キャセイ・パシフィック航空だ。キャセイ・パシフィック航空は、1816年にイギリスで創業し、その後、イギリスの植民地となった香港で発展したイギリス系大手財閥スワイヤー・グループの中核企業である。

 

 新型コロナウイルスの感染拡大により、世界中の航空会社が経営危機に瀕しているのと同様にキャセイ・パシフィック航空も経営が急激に悪化した。同社は、経営悪化を理由に10月21日に、約3万人超いる従業員の約24%にあたる約8500人を削減する計画を発表した。

 

 さらに同社の100%子会社であるキャセイ・ドラゴン航空(国泰港龍航空)の10月21日での運航停止も発表。運航停止となる路線に関しては、キャセイ・パシフィック航空と別の100%子会社である香港エクスプレス航空(香港快運航空)によって継続できるよう香港の関係機関に申請していることも発表している。

 11月13日発表したキャセイ・パシフィック航空とのキャセイ・ドラゴン航空の合計の輸送実績は、旅客数が前年同月比98.6%マイナスとほぼ0。貨物輸送は、約40%マイナスにとどまったものの経営そのものは危機的な状況だ。

 実はこの11月22日から、香港とシンガポール政府間で、渡航目的に関わらず到着後の隔離などの検疫なく入国することを許可する協定「トラベル・バブル」による直行便の運航が、キャセイ・パシフィック航空とシンガポール航空で開始する予定だった。需要は高いと両航空会社は期待をかけていたが、ここへ来て香港での感染者数が急増。11月21日なって、香港とシンガポールのそれぞれの政府機関が、実施を2週間先送りすると発表した。

・「タイミングが良すぎる」大湾区航空の求人活動

 こうしたキャセイ・パシフィック航空の苦境を尻目に、大湾区航空は求人活動を開始。黄会長は、キャセイ・ドラゴン航空の持っていた路線運航権を得られるようにすでに政府に申請し、運航機材の調達のめども立っており、さらにキャセイ・ドラゴン航空の退職者を優先的に採用するなどと発表している。

 香港では、航空会社が運航停止を行った路線に関しては、他社が運航許可を申請することが可能になる規則がある。つまり、キャセイ・ドラゴン航空が運航停止した約40の航空路線の運航許可を、大湾区航空が申請する権利を得たのだ。

 香港の航空事情に詳しいある航空会社社員は、「キャセイ・ドラゴン航空の運航停止に狙いを定めての行動。黄会長は、中国政府の中国人民政治協商会議の委員も務める。他の動きと同じく、もうイギリスの息のかかったような企業に頼る必要はないという中国政府の意志が強く働いている」と指摘する。

 

 また金融機関の職員は、「キャセイ・パシフィック航空には、6月に香港政府主導で390億香港ドル(約5500億円)の資本注入が発表された。これだけの資本を注入しても、現在の状況が続けば、来年には再び資金不足に陥る可能性もある。すでに香港政府、すなわち中国政府に従わねばならない状況に陥っている」と指摘する。

 こうした見方に香港の親中国派議員からは、「根も葉もない陰謀論だ」とする批判も出ている。しかし、陰謀論ではなくとも、国内線を持ち経営の持ち直しが進む中国国内の航空会社と、国際線だけしかない香港を拠点とするキャセイ・パシフィック航空、そして政治的な要因を勘案すれば、今後の流れは予想できる話だ。

キャセイ・ドラゴン航空の航空機(2019年・筆者撮影)
キャセイ・ドラゴン航空の航空機(2019年・筆者撮影)

・世界の航空会社の勢力図が大きく変わる可能性も

 中国は新型コロナウイルス感染拡大の景気後退から抜け出しつつあり、国内市場の需要は拡大傾向にある。ヨーロッパ各国からの輸出は好調であり、それを伴って航空貨物需要は増加している。これらを受けて中国政府は「エア・シルクロード」と名付けた航空物流網の構築を進めている。ヨーロッパ最大の貨物航空会社であるカーゴルクス航空は、すでに中国の河南民間航空開発投資会社(HNCA)が、株式の35%を保有している。

 5月には経営危機に陥ったノルウェー航空が、中国政府系企業の事実上の所有となったことが明らかになった。これを受けて、6月にはEUの欧州委員会が、EU域内の主要資産を外国企業が買収する際に、外国政府の補助を受けて行うことを規制する提言を行った。このままでは中国優位の航空地図に塗り替わるのではないかという懸念もある。

 もちろんこうしたことは杞憂に過ぎないという指摘もある。現実には、中国からのEUへの投資額は減少傾向にある。しかし、物流や交通の要となる航空会社や空港を、外国企業や外国政府に牛耳られることは、単なるプライドなどだけではなく、安全保障や経済活動にも大きく影響することだ。

・ロジスティックスを抑えることは、安全保障や経済活動に重要

 日本でも日本航空、全日空ともに厳しい経営状況に置かれている。いずれも民間企業であり、自主的な経営が基本である。しかし、今回の新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動の混乱の中で、航空機による輸送が重要なものとなっていることを再認識すべきだろう。

 苦境に立たされた両航空会社が、大型機を次々と手放し、従業員を解雇することが続けば、コロナ後に旅客輸送だけではなく、貨物輸送においても、他国にイニシアチブを握られる可能性がある。物流をロジスティックスと言う。日本語に訳せば兵站である。航空会社というと旅客便のことばかりが議論されるが、日本企業の海外生産網サプライチェーンの維持にも貨物便は重要、不可欠である。両航空会社の行き過ぎた弱体化は、日本経済に再始動にも支障を来たす。

 

 香港の状況を他人事とするのではなく、日本もどう航空行政を行っていくのか、広い視野からの検討と議論が求められる。感染拡大が終息せずに長期化すれば、韓国の大韓航空とアシアナ航空の合併策のような思い切った対策も視野に入れる必要もあるだろう。

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