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コメ産地に激震 ~ 5月のコメの取引数量がほぼ半分

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
外食産業の苦境は、米農家にも大きな影響を与えている

・コメ産地に激震

 

 県外移動自粛が終わり、ビジネス客中心とはいえ、山形新幹線も乗客が増えてきた。

 米沢駅を降り、改札口を抜けると、コンコースに臨時の売店が設けられていた。ちょうどこれから最盛期に入るさくらんぼが並べられているが、同じように小分けされた米の袋が数多く並べられていた。

 米沢駅から車で置賜盆地を走ると、幹線道路沿いには「米直売」、「米あります」といった幟や看板が、あちこちで目に付く。

 筆者は、山形に通うようになって20年近くなるが、新米のシーズンでもない、この時期にあちこちで米の販売を宣伝しているのを見るのは、初めてだ。

・「噂」で消費急増するも、すぐに大幅減

 3月の取引数量は、37万トンで前月比161%、前年比103%とほぼ横ばいだった。年度末のため、例年、前月よりも増加するため、米の買い占めによる販売量の増加はあまりなかったことになる。

 東北地方の自治体職員は、「米が買い占められているというニュースや巣ごもり需要で自宅のコメの消費量が増えていう報道が流れた。そのため、産地でも大丈夫だという根拠のない安堵感が流れてしまったし、今も産地以外の人は、米が売れずに余ってきているなんて想像していないのでは」と言う。

・4月は前月比36%、前年同月比86%

 4月に入り、今度は外食産業の多くが一時閉店など、急激に悪影響が拡大する。4月の取引数量は、前月比36%の13万1480tにとどまり、対前年比でも86%と大幅に落ち込んだ。

 「正直なところ、外食産業の落ち込みがこんなにすぐに出てくるとは予想していなかった」と地方自治体の関係者は話す。「特に東北は、患者が出るのも少なく、どこか他人事のような気分があったものが、冷や水を頭からかけられたような感じだ。」

・5月は、前月比でも前年比でも半減

 5月の取引数量は、6万7512トンとなり、対前月比51%、対前年比でも62%と大幅な減少となった。農水省の発表による相対取引価格は60キロ当たり1万5775円で、横ばいだった。

 しかし、日本コメ市場株式会社が6月22日に発表した令和元年産秋田「あきたこまち」の取引価格は13,244円で、5月下期比651円下落となり、最安値を更新している。

 

 先の農業の男性が話しているように、厳しい経営環境に直面し、外食産業側もコスト削減を迫られており、価格の割引交渉が拡がる可能性が高い。

全国の多くですでに田植えは終わっている(撮影・筆者)
全国の多くですでに田植えは終わっている(撮影・筆者)

・大口取引が次々にキャンセル

 「通常だと、7月になれば、産地の農家の米の在庫は無くなるころ。ところが、今年は、多くの農家で大量の在庫を抱えている」と、山形県で農業を営む男性が話す。

 米には、様々な流通経路がある。農協などの出荷業者を通じて販売する農家もあれば、近年は消費者や飲食店などの直接販売する農家も増えている。この男性のように直接販売する農家への影響は大きい。

 直接販売の農家の場合、無農薬や減農薬、有機栽培など、それぞれに工夫を凝らして、販路拡大に努力してきた。外食産業でも、低価格追及型との差別化を図る飲食店もあり、無農薬米や減農薬米、有機栽培米でも大口の購入先も増加傾向にあった。

 「本来は年間契約をしてきたのですが、営業自粛などの理由で取引停止を一方的に通告されました。しかし、ことがことだけに、どうすることもできません」と農業の男性は言います。別の農業を営む男性は、少なくなった販売先を狙って、他産地の米穀販売店や農家が売り込みをかけており、値崩れも起こりつつあると言う。

 「事態が事態なので仕方ないが、長年築いてきた信頼関係まで崩れてしまいそうだ」と、今後の動向も不安だと言う。

・外食産業の本格復興にはまだ時間が

 外出自粛などの緩和で、街には人が戻り、飲食店も再開するところが増えている。しかし、株式会社スペースマーケットが2020年6月17日から22日に実施した「自粛解除後の外出意識調査」によると、家族・ひとり・デート外食は7割が再開すると回答しているものの、5人以上の集まりは9割が控えるとしている。

 

 飲み会や宴会などの需要が低迷しつづけることで、米だけではなく、日本酒などの消費量も低迷している。「酒造メーカーが生産量を調整するために、余った酒造米を主食用に転換して販売するということは良いことのように言われているが、もともと酒造米は主食用に回さないことが全体だ。余ったからというのでは、主食用米を作ってきた農家を圧迫する」と、ある農業関係者は怒りを隠さなかった。

この秋には大量の余剰米が発生する危険性が(撮影・筆者)
この秋には大量の余剰米が発生する危険性が(撮影・筆者)

・このままでは、令和2年度米は20万トン程度の過剰に

 一般社団法人全国農業協同組合中央会(JA全中)が発表した試算によると、昨年(令和元年)並みに主食用米の作付けを進めると、政府の見通しよりも20万トン程度の過剰生産になるとしている。そのため、需給の安定のために米粉用米、飼料用米など非主食用米への作付け転換を増やす必要がある。農林水産省は農家が提出する営農計画書の提出を8月末まで延長することにした。しかし、すでに多くの地域で田植えは終わっており、「その効果はあまり期待できないだろう」(自治体関係者)と言う。

・農業経営者もスピード感が必要に

 農林漁業者向けの経営継続補助金の申請募集が6月29日から始まった。経営継続に関する取組に要する経費と感染拡大防止の取組に要する経費に対する補助制度だが、採択決定が通知されるのが8月から9月だ。

 「政府の対応も遅く、それを待っていると生き残れないだろう。嘆いていても仕方がない。大口の取引先の怖さもよく判った。もう一度、個人客や小規模で頑張ってやっていっている飲食店などの開拓に取り組み始めた」と、先の農業の男性は言う。

 一方、地方の産直所の責任者は、「巣ごもり需要だと言われたが、通販などでも米の注文はあまり増えていない。馴染みの飲食店に協力をという動きも大賛成だが、その背後で売れなくなってしまっている米農家にも、ちょっと気を配ってくれるとうれしいかなあと思います」と言う。農村地帯では、現在でも米は主要な産品である。そして、次のように続けた。「地方のためにパスタも、パン作りも良いですけれど、ぜひお米も食べて欲しいですね。」

 元々、コメの消費量は減少し続けていた。コスト削減のために、集約し、大型農業法人化を進める必要性が指摘されてきた。新型コロナウイルス感染拡大が、外食産業や観光産業のあり方を大きく変えている。これまで、自ら販売や輸出、6次産業化などに取り組み自立化を進めてきた中小農家の努力が無駄にならないように、政府や地方自治体が物心両面での支援が急がれる。しかし、なにより農業経営者自身によるスピード感ある経営改革も重要だ。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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