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コロナウィルスには効かないが、うまい日本酒を作った花崗岩~騙されないための「日本産業論」教室2

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
花崗岩が話題になっているが・・・(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

・花崗岩と言えば

 「花崗岩がコロナウィルスに効く」というトンでもな話で、通販サイトで売りに出されているのを聞いて、驚いてしまいました。いろんなことを考える人がいるものです。

 

 花崗岩と言えば、やはり大学で担当している「日本産業論」や「日本現代産業論」などで、毎年、ほんの少しだけですが登場しているのです。なぜだか、判るでしょうか?

 というわけで、『騙されないための「日本産業論」教室』の第2回は、花崗岩を取り上げます。

・花崗岩って?

 花崗岩とは、どういう石でしょうか。花崗岩は、マグマが深いところで固まってできた石の種類で、火成岩のうちの深成岩に分類されます。全国各地に存在し、そんなに珍しいものではありません。石英、長石、雲母などからできています。この主成分である石英は崩れやすく、そのためバラバラになったり、隙間ができたりすることも多く、一般的に崩れやすい石です。

 しかし、一方で表面を磨くと非常に美しく光沢をもつために、古くから建材や墓石などに使われてきた石でもあり、私たちの身近でも使われています。

・花崗岩は「御影石」

 日本各地で採掘されており、利用されていることも多いので、わざわざ通販サイトで取り寄せなくとも、その辺に転がっているのです。例えば、ホームセンターで庭土や園芸用に使用されている真砂土(まさつち・まさど)は、花崗岩が風化してバラバラになったものです。

 そして「花崗岩なんて聞いたことがない」という方でも、御影石(みかげいし)というと知っているかもしれません。実は、御影石は、花崗岩の別名です。ただし、本来は、神戸市の御影で採掘された石のこと。御影で採れた石だから、「御影石」と呼んでいたのです。

・御影の由来

 神戸の阪神電車「御影駅」近くに、沢の井というのがあります。神戸市の解説によると「神功皇后が朝鮮半島に出兵した帰り、化粧のため姿を映したところ、鮮やかに映し出されたため「御影」の地名がついたと伝説されている井戸」なのです。

 この御影の地で産出した石だから、「御影石」と呼ばれたのです。しかし、1956年に六甲山一帯が国立公園に指定され、採掘ができなくなりました。そのため、石材店などがかつて産出した石を保管しているものが、細々と流通しており、それらは「本御影石」と呼ばれ、非常に高価なものになっています。

 そのため、現在、流通している一般的な御影石は、国内の他産地や中国産のものとなっています。

・六甲山は花崗岩でできている

 六甲山を登山する際に、必ず注意されるのが、崩れやすい山だという点です。不用意に山肌の石を蹴ったりすると、容易に石が崩れ、後方にいる人たちに当たって怪我をさせる危険性があるのです。

 国土交通省近畿地方整備局による図「六甲山地質分布図」でピンク色に塗られている部分はすべて花崗岩です。つまり、六甲山は花崗岩でできていると言っても過言ではないのです。

 ところで、このもろい性質を持っている花崗岩だからこそ、神戸のある産業が発展してきたのです。

六甲山地質分布図(国土交通省 近畿地方整備局 六甲砂防事務所)出所:https://www.kkr.mlit.go.jp/rokko/rokko/history.php
六甲山地質分布図(国土交通省 近畿地方整備局 六甲砂防事務所)出所:https://www.kkr.mlit.go.jp/rokko/rokko/history.php

 

・天然の高機能フィルター

 先ほどの「沢の井」には、もう一つ伝承があります。南北朝時代に、この井戸の水で酒を造り、後醍醐天皇に献上したというのです。そうです。神戸の代表産業の一つ、酒造産業です。

 実はこの花崗岩は、もろく、隙間が開きやすい性質のために天然の高機能フィルターとしての働きをするのです。六甲山に降った雨は、長い年月をかけて、地中にしみこみ、この花崗岩のフィルターを通り、地下水となります。

 この水こそが「宮水」、「神戸ウォーター」などと呼ばれ賞賛されてきたものなのです。現在は、高機能の人工フィルターによって飲料水を製造することは可能ですが、かつては天然の水に頼らざるを得なかったのです。そのため、高品質な天然水は非常に重要だったのです。

六甲山頂から見た神戸市内(撮影・筆者)
六甲山頂から見た神戸市内(撮影・筆者)

・酒蔵あるところ、名水あり

 京阪神間を見てみると、東から京都の伏見、かつてキリンビール工場があった向日町、サントリーのウィスキーとビール工場のある山崎、古くから日本酒醸造が行われた来た高槻の富田、日本で製造を続けている中では最も古い歴史を持つ吹田のアサヒビール、そして、兵庫県に入ると灘五郷と呼ばれる今津郷、西宮郷、魚崎郷、御影郷、西郷が続くのです。(西宮にもかつてはアサヒビール工場が存在しました。)

 どうしてこうした一大飲料産業の工場群が古くから形成されたのでしょうか。もちろん、米などの良質な原材料が豊富であったからという理由もありますが、なにより名水と呼ばれる高品質の水が入手できたからという理由は無視できません。そして、この名水を作り上げてきたのは、京都から大阪北部、神戸と連なる山々を形成する花崗岩のおかげなのです。

・コロナウィルスには効かないが、うまい日本酒を作った花崗岩

 コロナウィルスには効きませんが、おいしい灘五郷の日本酒を飲む時に、ちょっと花崗岩のことを思い出してみてください。もし、六甲山が花崗岩ではなく、別の岩石でできていたら、このおいしいお酒も飲めなかったかもしれません。

 ある地域に特定の産業が発展してきのには、何らかの理由が存在します。その理由を探るのも経済学の勉強の一つなのです。

 

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 意外と知っているようで知らない日本の産業。知っておけば、偽情報を拡散してしまったり、パニックに陥ってしまうことがないでしょう。これから、時々、知っているようで知らない「日本産業論」をお届けしていこうと思います。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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