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消えゆく哀愁の高架下 ~ 鉄道会社のビジネス強化で消える昭和の雰囲気

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
昭和の雰囲気が濃い高架下の飲食店街~高円寺駅(著者撮影)

・時代の変化

 「7割近い賃料の値上げを突きつけられてねえ。もうそろそろ限界かなあ。」

 寂しそうに話すのは、都内のJR線の高架下で飲食店を経営してきた男性だ。

 「30年以上頑張ってきたし、耐震工事にも協力してきたんだけどねえ。消えゆく哀愁の高架下ってとこか。時代が変わったんだよねえ。」

 

 都内のJR線の高架下からは、次々と古くからの店舗が姿を消している。飲み屋街だった有楽町駅周辺のガード下も、オリンピックまでに耐震工事を行うということで、数年前から次々と古くからの店舗が閉店していった。

 都内のJR各線は、第二次世界大戦前の建築物も多く、耐震性に問題があるとして、早急な耐震工事が求められていた。しかし、JR東日本が高架下の再開発を進めるのは、他にも理由がある。

・大手デベロッパーとしてのJR東日本

 リスクモンスター株式会社(本社:東京都)が2019年1月に公表した「第1回不動産王ランキング調査」によると、上位 20 社にランクインしている業種としては、鉄道業が最多の7社(東海旅客鉄道(JR 東海)、東日本旅客鉄道(JR 東日本)、阪急阪神ホールディングス、西日本旅客鉄道(JR 西日本)、西武ホールディングス、近鉄グループホールディングス、東京急行電鉄)となっている。

 第1位の「住友不動産」(土地保有額 2 兆 4,642 億円)に次いで「東海旅客鉄道(JR東海)」が2位(同 2 兆 3,546 億円)、「三菱地所」が3位(同 2 兆 0,632 億円)、4位が「三井不動産」(同2 兆 0,382 億円)、そして「東日本旅客鉄道(JR 東日本)」(同2 兆 0,207 億円となっている。

 JR東日本は大手デベロッパーとしての地位を占めている。当然ながら、こうした資産の有効な活用が企業としての利益拡大に重要となる。

・すでに大手百貨店と並ぶ営業利益を確保

 さらに、鉄道各社の利益構造を見ると、大手私鉄の鉄道部門の売上比率は20%前後であるの対して、JR東日本は70%となっている。インバウンドなど外国人観光客による乗客増加は期待できるものの、今後、人口減少、高齢者の増加によって通勤・通学定期券客は長期的には減少する可能性がある。経営の安定のためには、非鉄道部門の収益を拡充する必要がある。

 JR東日本は、民営化以降、エキナカビジネスなど流通・サービス部門の拡充してきた。2019年3月期の営業収益は5,218億円、営業利益は392億円と、すでに大手百貨店と肩を並べる日本を代表する流通業企業となっている。

・エキナカ、駅上、高架下

 一方で、こうしたJR東日本の積極的な流通業への進出に警戒感を強める声もある。都内のある商店街の商店主は、「エキナカの充実や駅上への商業施設の開業は、駅の中にお客を囲い込む戦略で、商店街への回遊性を無くす」と批判する。「民営化され、一企業としての経営戦略としては理解するが、一方でまちづくりという視点からして、本当にそれで良いのだろうか」とも言う。

 また、起業などを支援する行政団体の職員は、「駅の高架下などは、騒音の問題などから賃貸料が低く抑えられてきた。そのため、新規開業しようという人たちのインキュベーション的な役割を担ってきた。しかし、鉄道会社が自社や関連会社を優先的に入店させたり、賃貸料を大幅に値上げすることで、大手のチェーン店ばかりになっている傾向がある。都市の中で起業を促進するという視点から、もう高架下の物件などが期待できないのであれば、別の方法を各自治体が考える必要がある」と言う。

・民間事業とはいうものの

 

 「鉄道会社は、民間企業なのだから、高架下を有効活用するのは自由だ」という意見もあってしかるべきだが、一方である行政職員は次のように問題を指摘する。

 「あまり知られていないが、新たに高架や地下化など立体交差工事を行った場合、事業費の鉄道会社の負担はわずか4%から15%程度。大半は、国庫補助金と地方自治体からの補助金で賄われている。そういう意味で言うと、民間事業とはいうものの、鉄道会社はわずかな負担で新たな土地が転がり込んでくるという見方もできる」と言う。さらに、「耐震工事に関しても公益性が高いということで、補助金が出ており、その点からは、もう少し自治体などが都市計画やまちづくりの視点から注文を付けても良いのではないか」とも指摘する。

 鉄道会社側も、行政や地域住民との協同の取り組みも行っている。例えば、JR南武線の高架化工事では、稲城長沼駅高架下を利用して、地域住民による「一般社団法人いなぎくらすクラス」が設立され、稲城長沼駅高架下を利用して様々な活動が行われる「くらすクラス」プロジェクトが実施されている。様々なイベントや教室などが開催されて、地域コミュニティの核となっている。また、首都圏ではないが、名古屋市の名古屋鉄道瀬戸線の尼ヶ坂駅・清水駅間の高架下を利用し、2019年3月に開業した「SAKUMACHI 商店街」1期エリアでは、パン屋、惣菜店、菓子店、カフェ、保育施設など地域密着型のテナントが入る。今までは駐車場として利用されており、駅間には商店などがなかったが、新規開業により、人通りが増え、2020年には2期エリアの開業も予定されている。新しいまちの商店街を構築するという視点で、開発が進められており、地元密着型という点でも注目できる。今後、こうした地域を巻き込んだ形での取り組みが、鉄道会社と自治体や地域住民の間で拡充されることが望ましい。

「SAKUMACHI 商店街」店舗デザインは、地元名古屋のデザイン会社「エイトデザイン」が担当している(撮影筆者)
「SAKUMACHI 商店街」店舗デザインは、地元名古屋のデザイン会社「エイトデザイン」が担当している(撮影筆者)

・ノスタルジーの問題だけではなく

 「鉄道会社の都合も判るが、高架下を改装して、個人商店がすべて追い出されてしまった。どこにでもあるかっこいい駅になったが、駅前も再開発されて、個人商店が排除され、個性も失われた。個人が商業に挑戦する機会が減るのは、どうなんだろうか」と都内の飲食店経営者は疑問を持つ。起業支援、商店街振興、商業振興などというより幅広い視野で考える必要があるだろう。

 JR東日本だけではなく、鉄道各社で高架下の耐震工事完了や立体交差工事完成で発生した土地の利用が、今後、本格的に進む。「昭和の雰囲気が失われて残念」というノスタルジーだけではなく、これからのまちづくりの中で、それらの土地をどう位置付けていくのか、広く議論すべきだろう。

'''All copyrights reserved by Tomohiko Nakamura2019

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☆参考資料

・東日本旅客鉄道株式会社「2019年3月期 決算説明会資料」【PDF】2019年4月26日

・名古屋鉄道『名鉄ニュースリリース 清水駅~尼ケ坂駅間 高架下に商業施設「SAKUMACHI 商店街」2期エリアが 3 月 29 日(金)にオープン! 』【PDF】2019年3月7日

・リスクモンスター株式会社『第1回「不動産王ランキング」調査』2019年1月

・鉄道・運輸機構「鉄道助成ハンドブック・令和元年度」(助成編)2019年【PDF】

・国土交通省鉄道局「鉄道の防災・減災対策」【PDF】2018年5月11日

・国土交通省「連続立体交差事業に関する地方公共団体と鉄道事業者との費用負担の見直しについて」2007年8月9日

 

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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