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MRJ計画見直し報道が与える衝撃 ~ 日の丸プロジェクト中止か?

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
MRJ90はどこに向かうのか(写真:ロイター/アフロ)

 中部地方の経済界には衝撃的なニュースが、今週になって飛び出した。三菱航空機が、今まで開発製造を進めてきた座席数90席の「三菱リージョナルジェット(MRJ)」事業を縮小し、新たにそれよりも小型の70席の機種を開発することになったというのだ。さらに、アメリカでの製造を計画し、名称もMRJからスペースジェットと変更すると報道された。

・錯綜する情報

 5月28日以降、日経新聞をはじめ各紙でほぼ同じ情報が流れた。ところが、29日になって三菱重工は自社ホームページで「本日、一部報道において、当社のグループ会社である三菱航空機株式会社が開発するMRJに関する報道がありましたが、これは当社グループが発表したものではありません。今後も開示すべき事項については、速やかにお知らせしてまいります。」と発表、三菱航空機も自社ホームページで「三菱航空機では現在、MRJプログラムについて様々な検討をしておりますが、現在MRJ90の開発に注力していることに変わりはありません。」と発表した。マスコミが詳細を報道する中で情報が錯綜している。本来は、6月17日から23日にフランス・ル・ブールジェ空港で開催されるパリ・エアショー2019で発表する予定のものが、一部マスコミに流れ、報道されてしまったようだ。

 

・国産諦め、アメリカで製造?

 MRJに関しては、2008年に事業化を開始し、座席90席の機体を開発、製造し、当初は2011年に初飛行、2013年には航空会社に納入の予定だった。ところが、すでに5回の納入延期を起こしており、未だに納入できておらず、新規受注は止まったままになっている。最大の市場であるアメリカでは操縦士の労働組合との協定で各航空会社とも座席数70席の航空機でなければ運航できない状況になっており、かねてから70席の機体の必要性が指摘されていた。今回、90席のMRJ90の機体開発から、70席の小型機の機体開発を優先させるのは、こうした状況に対応するためだが、70席の機体はライバルのボンバルディアやエンブラエルがしのぎを削っている市場である。さらにMRJ90から70席の機体への変更は、単に座席が減るだけではなく、新たな開発や承認を得る必要があり、事業計画そのものがさらに大幅に遅れることになる。しかし、それよりも中部地方の経済界に衝撃が広がったのは、アメリカでの製造を行う見込みだという報道だ。

・懸念の声が強まってはいたが

 2008年の事業化以降、初の国産民間ジェット機の製造は「日の丸プロジェクト」として注目を集めてきただけではなく、次世代産業の中核として官民挙げての協力体制が組まれてきた。特に中部地方では、航空宇宙産業は自動車産業に次ぐリーディング産業として期待されてきただけに、今回の一連の報道に対しての衝撃は大きい。

 MRJ90 の量産化を期待して、設備投資などを行ってきた中小企業などでは落胆の声が上がる。しかし、一方で「元々、国産部品は3割程度な上に、度重なる値引き要求などがあり、だんだんと諦めの気持ちが強くなっている」と、一年前に話を聞いたある中小企業経営者は、すでにそのように話していた。また、別の中小企業経営者は、「最初の熱気が薄れ、納期の度重なる延期で、三菱航空機内の混乱が伝わってきていた。自社の宣伝に役立てられたら程度で、経営的には期待していない」と話していた。このように複数の経営者に話を聞く機会を得てきたが、一部の企業を除けば、多くの企業ではこうした事態は織り込み済みだったと言える。むしろ、ボーイング社の777や787などの減産による受注減による経営への影響が懸念されており、航空機産業への依存度を下げようとする動きや、ボーイング社以外のエアバス社など航空宇宙産業業界への売り込み活動が広がっている。

・「日の丸プロジェクト」中止への反発

 問題は、仮に報道通り、MRJ90の開発製造を見直し、70席の機体開発を優先させ、さらにその製造はアメリカで行うことによる影響だ。MRJの名称も変更し、スペースジェットとする予定だと言う。もし、この通りだとすると、「日の丸プロジェクト」は事実上中止ということになる。落胆の声だけではなく、巨額の公費を投入してきたことなどから批判の声も強まる可能性がある。

 昨年10月末に三菱重工は巨額の超過債務を引き起こした三菱航空機に対し増資1700億円、債権放棄500億円の合計2200億円の財政支援を実施している。しかし、トヨタ自動車、三菱商事、三井物産、住友商事などほかの株主は、新たな支援に加わらなかった。これ以上の支援は難しい状況に陥っていることが表面化した。さらに、世界の航空機業界は、ボンバルディアがエアバスに、エンブラエルがボーイングにそれぞれ買収されるなど、この10年で大きく変化していることも影響している。

・政府主導で進めてきた

 民間企業の出資に関しては、それぞれの企業の経営責任であると言えるが、今回はそれだけでは済まない。MRJの「日の丸プロジェクト」は政府が主導してきた側面がある。経済産業省が2003年に始めた「環境適応型高性能小型航空機研究開発」によって始まったのが、MRJの開発プロジェクトだ。NEDO((独)新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトとして、2003年から5カ年で約51億円の予算で調査研究が行われ、三菱重工が主体として選定され、2008年に三菱航空機が発足し、事業化された。事業化後も政府は開発費用の約3分の1に当たる約500億円を補助金として提供している。これ以外にも、様々な補助や支援を行っており、仮に最終的に開発や製造がアメリカで行われることになれば、巨額の国税を投入した意義が問われることは確実である。

産業振興への影響も大きい(画像・筆者撮影)
産業振興への影響も大きい(画像・筆者撮影)

・中部地方の産業振興へも影響

 困惑しているのは中小企業だけでは無い。愛知県や岐阜県、両県内の地元市町村も、「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」の指定を受け、用地整備や設備投資補助などの支援策をMRJの開発製造に講じてきた。愛知県は、県内の企業による航空宇宙産業への進出を支援しており、777や787などボーイング社への部材供給やエアバス社など航空宇宙産業への売り込み活動も支援してきた。しかし、MRJに関しては完成機を県内で製造するプロジェクトであり、アジア No.1 航空宇宙産業クラスター形成特区の中核プロジェクトと位置づけていただけに一部計画の見直しも今後、求められる可能性が出てくる。

・MRJという重石が外れたと発想すべき

 MRJ計画の見直しは残念ではあるが、これ以上、傷口を広げることを防ぐ意味では、遅すぎた感もある。開発開始から約10年が過ぎ、仮に完成しても、もはや最新鋭機とは言い難くなってしまっており、低価格競争に巻き込まれることは必至である。事業そのものに関しては、三菱航空機とその親会社の三菱重工などが対処すべきことである。

 

 一方で中部地方においては、すでにボーイング社やエアバス社などに部材を供給している優れた技術やノウハウを有する企業が多数存在している。愛知県をはじめとする自治体は、仮にMRJのプロジェクトが中止されたとしても、それらを生かした航空宇宙産業の育成を図り、自動車産業を補完し、次世代の産業の一翼を担うように計画の見直しを急ぐ必要があるだろう。アジアの中での航空機産業の中核を目指してきたが、タイ政府も航空機産業振興に力を入れ始めた。むしろ、MRJという重石が外れたと考え、前向きに新たな発想で国際競争力を創出できる産業振興策を打ち出す段階に来ているのではないだろうか。

 

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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