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インバウンド対策の切り札になるか!~無料で使える国産音声翻訳アプリVoiceTra(ボイストラ)

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
東京オリンピック・パラリンピックを目前にインバウンド対策が個人商店などでも重要に(写真:つのだよしお/アフロ)

・インバウンド受け入れの最大の壁は「言葉」

 ある自治体の会議で話題になったのが、東京オリンピック・パラリンピックを控えて、外国人観光客の受け入れへの備えについてだ。中小商業経営者や中小企業団体の職員などからは、「中国人はまだ漢字を書いてもらえばなんとなく判るんだけど、最近、増えてきているベトナム人とかタイ人とかになるとさっぱり」、「英語も充分に対応できていないのにどうしたもんだか」と言った意見が出されていた。

 その議論で、「印刷した日本語と外国語を指さして、コミュニケーションをするものを作成するのがいいのでは」という意見が出た時、行政の研究職員から「それもいいけれど、お金をかけなくてももっと良いモノがある」と紹介されたのが、無料で使える音声翻訳アプリ “VoiceTra”  だった。英語以外にも30言語に対応し、スマホさえあれば、高齢者でも簡単に外国人とのやりとりができるアプリだ。

・伸び率は鈍化しているが、昨年は3000万人を突破

 訪日観光客数は、鈍化しているものの、2018年の一年間で3000万人を突破した。2008年の835万人に比べると、わずか10年で実に3倍以上の外国人が日本を訪れている計算になる。

 

 今年の春節休暇は2月4日~10日までだったが、中国の旅行サイト「携程旅游(シートリップ)」によると中国からの来日客は約700万人に上り、「2019春節の海外旅行消費と人気ランキング」でも人気海外旅行先で、日本は第二位だった。百貨店の売り上げも、中国経済の失速が懸念されたものの、昨年との比較でほぼ横ばいだった。

・中国以外からの日本への観光客の増加の傾向

 中国からの観光客が依然として、訪日観光客の多くの割合を占めている現状だが、東南アジア諸国の経済成長に伴って、タイやベトナム、インドネシアなどからの多様な国からの観光客も増加傾向にある。

 2020年のオリンピック・パラリンピックの開催によって、より多くの国々からの観光客が増加する可能性が高い。

中国や東南アジア諸国の書店に行くと数多くの日本のガイドブックが並んでいる。(画像・著者撮影)
中国や東南アジア諸国の書店に行くと数多くの日本のガイドブックが並んでいる。(画像・著者撮影)

・モノ消費からコト消費の傾向はインバウンドでも

 中国や台湾などの書店に行くと、数多くの日本のガイドブックや趣味に関する書籍が並んでいる。鉄道や町歩き、温泉巡りなど、かなり詳しく取材された本も多い。旅行の形態も、団体旅行中心から個人旅行中心に変化し、大都市部だけではなく、地方部も訪れ、様々な体験をする外国人が増加している。

 このことは、インバウンドが大企業だけではなく、中小企業にも、さらには、大都市部や既存の観光地に限らず、地方都市でも好影響を与える可能性が出ているということだ。その好影響を受けるには、外国人観光客とのコミュニケーションが不可欠だ。

・世界に先駆けて、音声翻訳技術の開発を進めてきた

 実は1986年から情報通信研究機構(NICT)が世界に先駆けて、音声翻訳技術の開発に取り組んできた。2010年8月に21言語を対象としたiPhone用の音声翻訳ソフトウェア “VoiceTra” と、文字入力の翻訳ソフトウェア “TexTra” の2つを公開したのが、始まりだ。

 その後、2011年にはアンドロイド端末にも対応。さらに、翻訳できる言語を増やし始め、2019年2月現在で31言語にまでなっている。そのうち、音声で入力できるのは18言語、音声出力音声が出力されるのは15言語となっている。

 医療、観光、ショッピングなどの用語を充実させており、医療関係用語などの充実は医療関係者からも定評がある。2017年4月には、“VoiceTra”をベースに総務省消防庁消防大学校消防研究センターと共同開発した救急隊用音声翻訳アプリ「救急ボイストラ」を全国の消防本部に対して提供が始まっている。

 この“VoiceTra”の音声翻訳技術は民間企業が開発し、販売している音声翻訳端末機や音声翻訳ソフトに活用されるまでなっている。音声翻訳は、Googleの“VoiceTra”を利用した留学生に意見を聞いてみたが、「かなり正確に翻訳されています。買い物や旅行では充分ですね」(中国人留学生)、「長く話すのは難しいようですが、短く文章を切るのがコツみたいですね」(ベトナム人留学生)など、好評だ。

“VoiceTra”はスマホで簡単に使用できる。
“VoiceTra”はスマホで簡単に使用できる。

・国産音声翻訳アプリが中小企業のチャンスを拡大する

 2018年の6月には、新座市が市民課のタブレット端末にこの“VoiceTra”を導入し、行政サービスの向上に利用しはじめている。ネット接続できるタブレット端末やスマートフォンがあれば、“VoiceTra”の導入や使用に関しての費用が発生しない。

 情報通信研究機構が開発を続けている最先端の国産音声翻訳アプリが、無料で導入にできるというメリットを活用しない理由はないだろう。このアプリは、自治体だけではなく、誰でも利用可能だ。アプリをダウンロードすれば、使い方は簡単だ。伝えたいことをマイクに向かって話せば、自動的に文字と音声に翻訳してくれる。音声で入力するだけではなく、文字入力も可能だ。さらに、今度は相手に話してもらえば、日本語に翻訳もしてくれる。使い方は簡単で、誰でも使うことができる。

 「店舗には外国人が多く来ますが、英語ならば片言で話せるのですが、中国や東南アジアから来られるお客様の中には、英語も全くわからないという方も多く、このアプリは非常に助かります」と、大阪の子供用洋服販売店で勤める40歳代の女性は話す。また、40歳代の飲食店経営者は「最近は、ふらりと一人や二人という少人数で外国人の方が来ることが多くなりました。こうしたアプリはコミュニケーションはかるためにいいですね」と話す。「商店街などでアプリのダウンロードのやり方とか、使い方の講習会をするのも良いですね。高齢の店主などだと、難しいモノという思い込みも強いですし、そうしたことも重要です。しかし、無料というのは一番の魅力です」と、60歳代の商店街組合幹部は笑う。

・身近になったAIの新市場創造のパートナーに

 AIの活用というと、今まで資金力のある大企業などに限られてくると思われがちだった。しかし、こうした音声翻訳アプリの登場は、中小企業や個人事業主がAIをパートナーとして利用できる可能性を拡大したと言える。

 人口減少と高齢化は、急激に国内市場の縮小を引き起こす。新市場創造のためには、外国人客、海外市場を狙っていく必要がある。経営者としては、こうしたアプリを積極的に導入すべきだろう。

 

 特にこのアプリは、純国産であり、まだ実験段階。多くの人が、商取引や接客の場で使用し、問題があれば修正を報告することで、さらに精度が向上することに繋がる。自動翻訳アプリというとGoogleが大きな存在を示しているが、より多くの外国人も含めた使用を増やすことで、新しい産業の開拓にも役に立つのだ。こうした分野でもMADE IN JAPANに頑張ってもらいたいという応援の気持ちからも、使用を勧めたい。

 もちろん、そんな難しいことを考えなくとも、使ってみると「ドラえもんの翻訳こんにゃくみたいだ」と楽しくなってくるアプリだ。一度、試してみても損はないだろう。

 

 ☆情報通信研究機構(NICT)

 ☆音声翻訳ソフトウェア “VoiceTra

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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