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中部経済界に激震~トランプ大統領の自動車関税追加25%が与える衝撃

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・自動車および部品に対する25%関税

 5月23日に、トランプ大統領が輸入自動車および自動車部品に対して、最高25%の関税を新たに課税する方針を発表した。トランプ大統領の指示を受けたアメリカ商務省は、国家安全保障上の脅威を根拠に、輸入車に対し最大25%の関税を課す可能性について調査に着手すると発表。3月に通商拡大法に基づいて追加関税を課した輸入鉄鋼・アルミニウムに引き続き、日本、韓国、ドイツ、カナダ、メキシコなどとの対立姿勢を示すことになった。

・「極めて遺憾」と強く批判した愛知県の大村知事

 愛知県の大村秀章知事は、5月28日午前の定例会見でアメリカのトランプ政権が安全保障を理由にした輸入自動車への追加関税を検討していると発表したことに対して、「極めて遺憾だ」と強い口調で批判した。大村知事は、今後の状況について「最悪の事態にならないようにしたい」とも発言した。

 

 愛知県の輸出額の36.4%を自動車が占める。これは全国の自動車輸出額(11 兆 3,329 億円)の 45.3%を占める。そして、愛知県の自動車輸出額の 約40%(2 兆 62 億円)をアメリカ向けが占める。

 

 自動車の部分品は、愛知県からの輸出額1 兆 8,476 億円のうち、アメリカ向けは約20%を占めている。

 異例とも言えるほどの大村知事の厳しい発言は、今回の追加関税が愛知県を中心とする中部経済に与える影響の大きさを反映している。

自動車産業の未来は?(東京モーターショー2017・撮影筆者)
自動車産業の未来は?(東京モーターショー2017・撮影筆者)

・自動車産業は日本の重要な輸出産業である

 自動車産業は、現在、日本の重要な輸出産業である。そんなことを改めて言うまでもないだろうと考える人の方が多いかも知れないが、現実には、そう広く理解されている訳ではない。

 2016年の日本の輸出額は71.5兆円。自動車および自動車部品、二輪車は15.2兆円と2割強を占め、産業別では第一位である。さらにその輸出先は、アメリカが5.3兆円と3割強を占めている。依然としてアメリカは日本にとって世界最大の自動車の輸出先なのである。

 仮にトランプ政権が、自動車2.5%、大型車25%の輸入関税に加え、25%の追加課税を行えば、その影響は甚大なものになる。 

・実際の発動までは約1年

 

 アメリカ通商拡大法は、1962年に成立した法律であり、その232条は特定製品の輸入が国家の安全保障の脅威になっていると商務省が判断すれば、是正策を大統領は実施できるという保護主義的な条項だ。

 規定によれば、商務省は270日間以内に報告書を大統領に提出する。商務省がクロと判断すれば、輸入制限を大統領に提案する。そして、その90日以内に大統領が輸入制限を発動するかどうかを判断し、そこで正式な輸入制限が発動される。先に輸入制限が発動された鉄鋼・アルミの場合は、調査開始から発動まで338日がかかっている。自動車の輸入への追加課税が行われるとしても、1年近く先のことになる。

・日本の自動車産業に与える影響

 現在米国が輸入自動車にかけている関税は、乗用車が約2%、ピックアップトラックなど大型車は約25%だ。仮にここに25%の追加課税が課されれば、「日本からの輸出には大きな打撃になり、関連する部品産業などにも当然大きな影響が出る」(自動車部品製造の中小企業経営者)と懸念する声が多くなっている。特に、今回、アメリカ商務省は完成車だけではなく、自動車部品に関しても言及しており、「本当にアメリカが課税をしてくれば、その影響は計り知れない」と言う。

 中小企業だけではなく、大企業でも不透明さが強まれば、設備投資や雇用などに慎重になる可能性がある。その影響は、中部経済に留まらないだろう。

・アメリカ国内でも疑問の声が

 トランプ大統領の追加課税案については、アメリカ国内からも疑問の声が出ている。例えば、ラマー・アレクサンダー上院議員やボブ・コーカー米国上院議員は、追加課税によってむしろアメリカ国内の自動車産業が痛手を被ると批判している。

 特にテネシー州選出のラマー・アレクサンダー上院議員は、40年前の日産進出に自身が支援した経験を持ち、テネシー州の製造業の3分の1がすでに自動車関連産業である点、さらに約60億ドルの輸出に貢献している点も指摘した上で、輸入自動車部品へ追加課税されることでアメリカ国内での自動車製造のコストの上昇を招き、競争力を低下させるだけだと指摘している。

 日本の自動車メーカーはすでに多くの生産拠点をアメリカ国内で稼働させている。アメリカの2017年度の生産台数は約1100万台であり、そのうち240万台を輸出している。アメリカが輸入した車両は約240万台であり、そのほぼ半分はカナダとメキシコからで占められている。こうした輸入車両は、外国メーカーだけではなく、フォードやGMといったアメリカメーカーによるものも多い。多国籍化している企業活動にとって、今回のような追加課税は、アメリカ企業であっても歓迎できるものではなくなっている。

・通商交渉で有利な条件を引き出すためのトランプ流ディールか?

 トランプ大統領の言動には、不確定な部分が多く、今後の展開も不明だ。今回の追加課税に関しても、25%という税率の根拠も明らかではなく、さらにその標的に関しても様々な憶測が起きている。交渉が混迷を深めているカナダとメキシコとの間で再協議されている北米自由貿易協定(NAFTA)への苛立ちからだと言う見解や、ドイツを中心とする欧州連合(EU)に対するものだという見解、さらに自動車輸出の多い日本に対するものだという見解などが出ている。

 特に韓国では、最高25%という高関税率が適用されれば、韓米自由貿易協定(FTA)により無関税で輸出してきただけに、打撃は大きく、韓国経済そのものに大きな影響を及ぼすと懸念されている。また、カナダとメキシコに関しては、北米自由貿易協定(NAFTA)の再協議で譲歩が得られれば、アメリカメーカーであるビック3が主に進出していることから、最終的に関税免除国の認定にするのではないかとの見方も出ている。

自動車の部品点数は約3万点。電気自動車ではほぼ半減する。(東京モーターショー2017・撮影筆者)
自動車の部品点数は約3万点。電気自動車ではほぼ半減する。(東京モーターショー2017・撮影筆者)

・自動車産業の変革期

 トランプ大統領を巡っては、米朝首脳会談が大きく注目されている。しかし、日本にとってはアメリカの自動車に対する追加課税は、主要産業である自動車産業への打撃は大きい。

 しかし、日本の自動車メーカーでもその反応にも温度差がある。トヨタの2017年のアメリカ国内での販売台数は約243万台で、そのうち日本からの輸出分は約30%を占める。一方、ホンダは同様に163万台のうち、輸出分はわずか2%しかない。

 日本の自動車産業は、電動化、自動運転化、シェアリングと大きな変革期に突入している。このアメリカの追加課税も、その大きな変革のトリガーの一つになるのか。いずれにしても、商務省がどういった報告書をトランプ大統領に提出するのか、また、アメリカ国内の批判がどの程度まで起きるのかによって、今後の動向は大きく左右される。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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