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「若いやつらは自分たちの勝手な都合で辞めていく!」って、社長、それをそのまま信じていますか?

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
なぜ転職を考えるのか?経営者側の理解と従業員側の理由がズレている(写真:アフロ)

「若いやつらは自分たちの都合で勝手に辞めていく!」

 中小企業の経営者の悩みは、従業員確保。せっかく雇った若手従業員も、「勝手な理由で辞めていく」と怒っている経営者によく出会う。特に、「職場の他の従業員とうまくやって行けず、人間関係で悩んで辞めていくやつが多い」と言う方が多いようだ。

 確かに今まで、退職理由のトップは、「人間関係」だと言われてきた。しかし、愛知県が2018年2月に発表した調査結果を見ると、どうも違っているようだ。

給与格差はそのまま求人力の格差になる
給与格差はそのまま求人力の格差になる

本音は「給与」

 

 愛知県が2018年2月14日に発表した『若者職場定着取組企業事例集』の中に、興味深いアンケート結果が掲載されている。

 このアンケートがユニークなのは、企業側と若年従業員側の両方に質問し、比較している点だ。企業側は390社、若年従業員330人(うち転職経験者126人)の回答を見ると、企業側の考えている退職理由と、退職する当事者である若年従業員の退職理由には、かなり乖離があるということが判る。

 まず、転職理由である。企業側は、過去3年間の若年従業員の退職理由として「家族の事情(結婚・出産・介護・家族の転勤など)」をトップに挙げている。ところが、若年労働者側は「給与の不満」がトップに来ているのだ。

企業側は「家族の都合」や「キャリアアップ」のために辞めていくと考えているが

 アンケートからは、企業側は「家族の都合」や「キャリアアップ」のために辞めていくと考えているが、若年従業員側は「給与」や「仕事のストレス」、「会社の将来性や安定性」に不満や不安を抱いて退職していることが判る。

 この結果を筆者の教え子で、やはり転職経験のある30歳代半ばの男性会社員に聞いたところ、「そりゃそうでしょう。私もそうでしたが、辞める段階で、その会社には諦めている。わざわざ給与が安いからとか、将来性が不安だとか言わないです。めんどくさいし。私も、両親がそろそろ帰ってこいと言っているのでと、会社には言いましたよ。」と一笑に付した。

理由を読み違えるから、対策も間違える

 見事なほど、ズレが見られたのは、従業員の定着を促すための対策についてだ。アンケート結果から企業側が若年従業員の定着に有効だと考えている対策と、実際の若年従業員たちの評価に大きなズレが見られたものを挙げてみよう。

 「企業内訓練を実施する」  企業側42.6% >> 若年従業員5.2% 

 「メンタルヘルス対策を行う」企業側39.7%>> 若年従業員2.1%

 

 「賃金水準を上げる」 企業側31.5% << 若年従業員44.8%

 実は、若年従業員側の評価が企業側を上回ったのは、「賃金水準を上げる」だけだったのだ。さらに興味深いのは、「残業の削減」や「休日を取りやすいようにする」といった項目も、若年労働者側の評価が低いように見える。ここだけを見ると、「若い連中は、多少きつくても実入りが多ければ、喜んで働くのだ」と言った見方に傾くかもしれないが、アンケート結果は、そう簡単に言えない点も指摘してる。

給与が低く、若者を評価せず、職場環境が悪ければ、定着しないのは当たり前

 今さら、なのだが、「給与が低く、若者を評価せず、職場環境が悪ければ、定着しないのは当たり前」という結果なのだ。アンケートでは、新卒採用された従業員の定着率が高い企業と低い企業で、実施している定着対策を比較している。それによると、当たり前すぎる結果なのだが、定着率の高い企業が実施しているにもかかわらず、低い企業が実施していないのは、「メンタルヘルス対策を行う」、「休日を取りやすいようにする」、「若者が職場で話しやすいようにする」、「福利厚生を充実させる」、「職場の作業環境を改善する」などである。

 ここで勘違いしてはいけないのは、「企業内研修」や「メンタルヘルス対策」、「残業の削減」、「休日を取りやすいようにする」などといったことが、若手従業員からの評価が低く、定着率向上には不要だと言っているのではないという点だ。それは同じアンケートの自身の離職の理由や転職先を選ぶ際に重視した点で、これらが上位に来ていることから判る。つまり、こうした点は「やっていて当たり前」になっていると言うことなのだ。繰り返し指摘しておくが、「若い連中は、多少きつくても実入りが多ければ、喜んで働くのだ」などと勘違いしてはいけない。

裁量だけ与えて、指導もしなければ、意見も聞かない!?

 この定着率が良い企業と悪い企業の対策の違いが際立っているのは、「若年社員の仕事の裁量を高める」という点だ。定着率の悪い企業は効果が高いと評価して導入している一方で、「職場の作業環境を改善する」や「若者が職場で話しやすい雰囲気を作る」などには取り組んでいない。

 裁量だけ与えて、指導もしなければ、意見も聞かないというのでは、若年従業員にとっては、ストレスの溜まる一方だろう。「若い連中に責任持たせればいいんだろう」という勘違いな発想では、逆効果だということだ。

残業時間数を学生たちが気にする時代になっている
残業時間数を学生たちが気にする時代になっている

入社直後は仕事のストレス。しばらくすると将来性に疑問。育ってくると給与が不満

 今回の愛知県の調査によると、入社から3年目ぐらいまでは、転職を決意した理由のトップは「仕事上のストレスが大きい」こととなっている。それが4年目ぐらいから、仕事に慣れる一方で「会社の将来性・安定性」に不安を持つようになり、さらに5年を越して中堅クラスへと成長し始めた頃になると「給与に不満」を持つようになってくることが判る。

 企業として、従業員の定着率を高めたいのであれば、入社から3年目くらいまでは、メンタル面でのサポートや職場の作業環境の整備、さらには若手社員が話をしやすい環境の整備などが求められる。一方で、仕事を覚え、キャリアを積んできた段階では、同業他社や異業種などとの給与や待遇の格差に影響されてくるという点に配慮が必要となってくる。

経営者からも厳しい見方が

中部地方のある中堅企業の採用担当者は、「説明会で出る質問が数年前とは大きく変化してきていて、びっくりさせられる。特に月平均の残業時間、年間の有給日数や消化率などの質問が必ず出るようになった。小さな企業から成長し、ものづくりが好きな人間が集まっているのだから、残業なんて気にしないという風潮があった我が社などでも、それでは若手を確保できないと制度の見直しや残業時間の削減の取り組みを急いでいる。」と言う。

 今回の愛知県が実施したアンケートは、経営者側あるいは人事担当者側と、若手従業員側のズレをかなり明確に現わしている。特に給与面での不満が転職の理由で大きく占めている点は、改めて認識を高める必要があるだろう。「うちのような地方の中小企業では、給与面ではどうしても劣っているのが目立ってしまう。だからと言って、利益率も低く、これ以上給与を引き上げることは難しい。」と嘆く経営者もいる一方で、「10年ほど前に利益率の低さから、外注先の小企業が次々と廃業していった。このままだと経営そのものの継続が困難になると、積極的に若手人材の採用に乗り出すと同時に、利益率の低い仕事を捨て、営業力を強化して利益率の高い新規事業分野に展開しておいたことが、今になって役立っている」と話す経営者もいる。

人手不足が中小企業の淘汰を進める可能性

 北陸地方のある中小企業経営者にこのアンケート結果を見せて意見を求めると、「当たり前すぎて身もふたもない」と笑った後、「今後、人手不足が中小企業の淘汰を進める可能性が高い。経営者は覚悟が必要だ。競合他社だけではなく、業界、世間一般よりも安い給与や悪い待遇で若い人材の確保ができないことを直視せず、若い人たちのせいにしているようでは、まともな人材を確保することはできないだろう。」と続けた。

 愛知県のアンケート、一自治体の調査ではあるが、特に中小企業経営者にとっては自社の人事制度を見直す上で、参考になるのではないだろうか。

 

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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