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地域振興セミナーは「集客屋」に「さくら」集めをお願い!?

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
集まった人たちは、みんな、「さくら」?(ペイレスイメージズ/アフロ)

 2017年11月に、経済産業省と原子力発電環境整備機構(NUMO)が、兵庫県や大阪府など複数の都道府県で開催した意見交換会で、開催の宣伝を引き受けた企業がアルバイトを雇って、参加者として送り込んでいたことが問題となった。

・さくらの語源は「パッと散るから」

 「さくら」は当て字で「偽客」などと書く。古くからある言葉らしく、江戸時代の芝居小屋で大げさに声をかけ、周囲の客の注意を集めると、さっと居なくなるというので、パッと散るから「桜」と言ったのだと伝えられている。いわゆる、その場限りの「賑やかし」とも言える。

 イベントの主催者にとって、参加者数は重要な指標だ。せっかくのセミナーなども、参加者が少ないと、後々の評価につながるし、セミナーそのものの成否の判断とされてしまう。主催者は、集客に必死になるし、直前になって人数が少なかれば、知人や縁故も頼って、参加者を集めることもしばしばである。しかし、そんな努力もすることなく、金で簡単に解決する人たちもいる。

・地域振興を行うNPOからの回覧

 地方自治体などから地域振興の事業を引き受けているNPOから、集客ビジネスに関しての注意が書面で回ってきた。内容を見ると、確かに考えられないことはないが、ここまでかと驚く内容だった。

 セミナーを開催すると不思議なことが起こる。セミナー会場には、多くの人たちが訪れるのだが、質疑応答では全く質問が出ない。アンケートも書かない。個別相談の時間になるといなくなる。さらに、これからの連絡先も教えることを拒否する。

 これがおかしいと話題になると、次には質疑応答が出るが、明らかに仕込まれた内容で、一般的なものしか出てこない。アンケートも書くが、個人情報は書くことをやはり拒否する。個別相談には来ないが、その時間が終わるまでは会場にたむろしている。一体何をしに来た人たちか、判らない人たちが集まっているのだ。

・堂々と掲載されている「セミナー参加のアルバイト」

 そんな馬鹿なことがと、ネットで検索してみるとすぐに見つかった。なんと、「テレビ番組の観覧」のアルバイトとなっている。このアルバイトの日程と時間、場所から調べると、政府の補助金を使い、大手企業が受託した事業での地域振興セミナーが開催されている。日程、時間、場所、さらに募集されている年齢層とセミナーが条件にしている層までぴったり合う。「地域振興セミナーにご参加いただくだけの簡単な仕事」という記載が笑うに笑えない。

 こうした「さくら」を集めているのは、いったいどこなのだろうか。ある地方自治体の幹部職員に聞いてみると、二通りの可能性があると指摘する。

・さくらを雇う自治体と受託企業

 「まず、開催する地方自治体側だ。どういう名目で支出するのか判らないが、まさかさくら集めを無料でやってくれるところはないだろうから、なんらかの金が動いているはずだ。もう一つは、政府から地域振興事業を受託している企業が自作自演でやっている可能性だ。」

 「集客」サービスを自治体に売り込む業者は実際におり、依頼している自治体も少なからず存在するようだ。しかし、実際にその事業に興味がある人間を集めてくるわけではなく、先述のように「地域振興セミナーにご参加いただくだけの簡単な仕事」というように広告し、時給を支払って集めているだけなので、文字通り頭数を集めただけであり、なんの効果も期待できない。

 「公務員の場合、その後の効果よりも、そのセミナーに何人参加したのかというのを問われるだけなので、その場だけをしのげば良いと考える人も多い。首都圏でセミナーを開催すれば人が集まるなどと安易に考えるが、毎週のように同じようなセミナーが開催されているので、そんなに簡単に人は集まらない。それを知ると、途端に不安になって慌て始める。」(自治体職員)

セミナーで集客するのは大変だが・・・
セミナーで集客するのは大変だが・・・

・さくらを使うことに何も感じない

 「さくら」を使うことに自治体職員も、受託業者の担当者も問題を感じなくなっているのではないか。地方創生が叫ばれるようになり、政府の重要課題として取り上げられるようになった途端に、コンサルタント会社や広告代理店、人材派遣会社などが政府の大型案件の受託を狙って熾烈な競争を繰り広げている。地域振興の事業を行っている団体の素性を探ると、そうした企業であることが多い。

 いずれにしても、「しょせんは税金。人数さえ集めれば評価される」という考えに陥っているのだろう。そこには、そもそも何を目的としたセミナーなのかは、すっぽり抜け落ちている。

・参加人数だけで評価する役所

 別の地方自治体職員は、疑問を投げかける。さらに、「こうした受託業者の中には、自社の事業を良く見せるために参加人数を水増ししようと、アルバイトを動員しているところが少なくない。」と指摘する。民間企業では、人数が集まっても、売り上げや利益が集まらなければ失敗したイベントとされるが、役所は甘く、とにかく参加者がいれば成功だと評価されるために、受託業者はこうした手を使うのだろう。

 

 「こんなくだらないことに金を使えるくらいの受託手数料を税金から無駄に投入しているということだ。そうしてノウハウもなにもないのに引き受けた企業が集客に困ってやるんだろう。」話を聞いた自治体職員は憤懣やるかたないという表情で話した。「なにもかも丸投げで、現場を見もしない。業者からの報告写真と人数だけで納得してしまう役所の人間にも問題がある。」

・無意味な「さくらで集客」は止めよ

 自治体職員は「国が出してくれる金だから」と無批判でこんなことを続けていると、地方振興どころか、まじめにやっている地元の人間にも見捨てられることに気付くべきだ。そのためには、地方自治体の首長や議会も人数だけで評価するのを止めるべきだ。

 さらに、政府の各省庁も、「集客屋」を使って「さくら」を集めていることが明らかな地方振興事業の受託業者への委託は次年度から差し控えるべきである。

・「さくらのようにパッと散って終わり」など、誰も望んでいない

 セミナーの講師やパネラーとして呼ばれて、一生懸命、自分の体験や経験を話したり、いかにその地元が素晴らしいかを話に来た者にとっては良い迷惑である。やったことがある人は判るはずだが、1時間なり、30分なり人前で話そうと思うと、その準備だけでも大変なのだ。

 彼らは、人数が少なくとも、本当に話を聞きたい人たち、真剣に地方振興に協力しよう、参画しようと考えている人たちに語りかけたいはずである。「さくらのようにパッと散って終わり」など、誰も望んでいない。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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