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変革の方向が見えるか ~ 東京モーターショー

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
ビッグサイトで開催中の東京モーターショー(筆者撮影)

 東京モーターショー2017が、東京ビックサイトで開催されている。28日からは一般公開されるため、多くのモーターファンで活況を呈すことだろう。しかし、今回はモータファンだけではなく、地方の製造業に関わる中小企業経営者からも注目を集めている。

・地方の中小企業経営者も関心を持っている

 東京モーターショーは、日本の自動車産業の近未来を占う上で重要な展示会である。

 特に今回は、「久々に行ってみようか」という声を、自動車産業に関わる地方の中小企業経営者からも聞くことができた。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

・今年のモーターショーは「行ってみたい」人が多い

 今回のモーターショーは様々な意味で注目を集めている。EV化、コネクッティッドによる自動車の社会でのありかたでの変化に関心が集まっているためだ。不祥事が相次ぐ日本の大手製造業、自動車産業も含めて、どういった方向に進むのかという関心も強い。

 ここ数回の東京モーターショーの評判は、芳しくなかった。幕張メッセでの開催から、東京ビックサイトへの会場変更によって、来場者の増加が見られ、再評価された向きはあるものの、かつてのような「アジア最大の自動車産業の展示会」という地位は失われたままだ。

 しかし、今年の東京モーターショーは、企業経営者や幹部職員、自治体の産業振興担当者などに話を聞いても、珍しく「行ってみたい」という意見が多かった。

 理由は分かっている。わずか数年で、自動車産業のトレンドが多く変化しているからだ。「一般向けの公開のものだとはわかっているが、そこからなにかしらつかめるのではないか」という中小企業経営者の言葉通り、多くの人たちが同じ思いのはずだ。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

・ハードからソフトへの移行

 会場を一巡してみると、過去数回のモーターショーと比較してみると、鮮明なのは展示内容が、「ハード」から「ソフト」に移行していることだ、

 広い会場を回ってみても、あちこちで見られるのは、ゴーグルをかぶって、仮想体験をしている人たちだ。AR(仮想現実)の体験コーナーがあちこちに設けられているのは、過去にはなかったことだ。

・「車」はシェアするものか、保有するものか

 自動車メーカーが、まだ逡巡していることはわかる。過去数回の展示よりは、かなりマシになったとはいえ、「自動運転による自動車の公共財化(シェア)」と、「運転を楽しむ乗り物としてのプライベートグッズとしての自動車」との間で、ますます格差が広がっていることが展示会場を回って感じたことだ。

 面白いことに、過去数回ではかなりスペースを取っていた、高齢者向けの超小型自動車はすっかりその存在を消していた。すべての自動車が自動運転の機能を備え、ネットに接続されることで「運転」の手間から解放されるために、むしろそれが一般化され、高齢者向けの特別な車両の必要性が低下してしまうということだ。そもそも「あのような超小型自動車が、街に溢れてしまっては大混乱だ」という意見も多かっただけに、より進化しつつ、姿を消したと言えるだろう。

・「EV化」、「コネクッティッド」、そして「安全性の向上」

 今回のモーターショーのどこのブースでも同じだったのは、「EV化」、「コネクッティッド」、そして「安全性の向上」である。「走り」を強調しているブースは、いずれも高級車のそれであったが、「コネクッティッド」され、高度に管理された運転環境の中で、果たして従来型の走りを重視するマニア向けの乗用車は生き残るすべはあるのだろうかという疑問は展示会場を回ってみても、消えることはなかった。

 

 興味深かったのは、会場に設けられた半円球状のシアターでのアンケート結果である。土日の一般公開で結果が、どう動くか疑問であるが、自動車業界関係者と自動車マニアが中心の木曜日、金曜日でも、自動車を「自分のものとして所有する」との考えと、「社会インフラとして共有する」との考えの人は、ほぼ拮抗していた。

 仮にシェアエコノミーがさらに進展し、自動車というものが所有するものではなくなった場合、自動車市場はさらに狭まりはしないだろうか。そうした疑問に自動車メーカーそのものも答え切れていない。各社開発陣の迷いのようなものが会場でにじみ出ていた。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

・自動車そのものを輸出する時代からの大転換  

今までと同様に華やかな会場だが、20年前、30年前のモーターショーを知っている人間から見ると、一抹の寂しさをここ10年ほどは感じざるを得ない。海外勢の主点がほとんどないことだ。大手自動車メーカーはもちろんのこと、自動車産業全般に海外企業の出展はほとんどない。かつてのように「東洋一」の自動車産業の展示会という地位は失われたままだと考えざるを得ないだろう。少子高齢化による国内市場の縮小が、この10年ほどで顕在化し、海外メーカーにとって日本の国内市場が関心を持たれないほどになってきたことを痛感させられる。しかし、一方で来場者を観察していると、今まで以上に国外からの来訪者が多いように思える。彼らの行動を見ていると、やはり日本企業の自動運転技術や安全技術に高い関心を寄せていることが理解できる。よく指摘されることだが、「自動車」という製品そのものよりも、それを構成している「技術」、「部品」の高い精度に海外からの評価が高い点に理解すべきだ。自動車そのものを輸出する時代から、すでに日本はそれを構成する部品や技術を輸出する時代に変革していることを、気づかせてくれる。

・ゴーグルをつける展示会

(筆者撮影)
(筆者撮影)

 今回のモーターショーで最も印象に深いのは、多くのブースでゴーグルを来訪者につけさせ、ARを体験させているのが多かったことだ。

 自動車のEV化は、今回の展示会場を回った限りでは避けられないことのように感じる。しかし、EV化することは、自動車産業を大きく変化されることを意味する。それだけに、地方の自動車産業に関わる中小企業経営者たちが、今回の自動車産業に注目するわけだ。しかし、そういった視点で今回のモーターショーを見ても、明確な回答を得ることは難しい。AIを搭載し、自動運転を可能する、まるで家電製品の一つのような未来の車が提案されている。いずれのブースもゴーグルをかけ、仮想現実(AR)を体験させてくれるコーナーが人気だ。電気ですべての車が走り、ネットに接続され、自動運転が可能な近未来はすぐそこまで来ているのだというのだろうか。

・疑問は疑問のまま

 会場では、自動運転社会の課題と問題点を議論するシンポジウムが開催され、多くの人たちが真剣に耳を傾けていた。しかし、本当にEVの方が環境に優しいのだろうか、すべての自動車を動かせるだけの電力需要をどこから確保するのだろうか、シェアエコノミーの下で自己所有の自動車という意味は若い世代にどのように受け入れられるのだろうか、そういった疑問は残ったままだ。

 

 それでも、数年前までのアニメの登場人物がたくさん配置され、子供用の遊園地のような展示会場で、大型自動車の運転の楽しさが訴えられている一方で、高齢社会に対応した超小型自動車といったターゲットが分裂してしまった展示会よりは、今回はかなり締まった形になっていた。「EV化」、「コネクッティッド」、そして「安全性の向上」という大きな柱が明確になっているだけに、ある意味で面白みに欠けるが、各社の方向性は明確になってきているようだ。

・地味な部分からこそ

 EV化が進めば、駆動系は部品点数が10分の1程度に縮小するだけなく、IOTやAIといったソフト技術とデザイン性の高さが競争力を決めるようになると指摘される。仮に、本当にそうなれば、日本の基幹産業たる自動車産業は大きく変質するだけではなく、日本経済の変質を引き起こすことになるだろう。そういった視点からは、今回の東京モーターショーは、自社がどういった方向に進むべきなのかを考え上で、地方の中小企業経営者も見に行っても良いのではないだろうか。自社のマーケットが失われると危機感を持つ経営者もいるはずである。逆に、今まで自動車産業に関わりがなかったが、チャンスが訪れると感じる経営者もいるだろう。

 今回の東京モーターショーは、むしろ地味に見える部分からこそ、今後の日本の産業構造の変革を予想する上では、よいきっかけを与えてくれるのではないだろうか。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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