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話題のインド映画が宝塚歌劇に! 見応え十分『RRR × TAKA"R"AZUKA ~√Bheem』

中本千晶演劇ジャーナリスト
イラスト:牧彩子(『タカラヅカの解剖図鑑』より)

 あの『R R R』がタカラヅカで舞台化される! そう発表されて以来、映画のファンでもある私は「あの場面は…?」「この場面は…?」とあれこれ想像を重ねてきた。

 『R R R』は2022年に公開され、世界各国で話題を呼んだインド映画だ。イギリスがインドを植民地として支配する1920年。森で育ったビーム(タカラヅカ版では礼真琴)と、インド人ながらイギリス警察の一員となっているラーマ(タカラヅカ版では暁千星)は強い友情で結ばれる。だが、二人にはそれぞれ心に秘めた使命があり、それを果たすためには友情をも犠牲にしなければならなかった。果たして二人はどのような道を選ぶのか…?という物語である。

 1月5日に初日の幕を開けた宝塚歌劇星組『RRR × TAKA"R"AZUKA ~√Bheem~(アールアールアール バイ タカラヅカ ~ルートビーム~)』は私の妄想を見事に叶えてくれるものだった。タカラヅカ版の脚本・演出を手がけるのは谷貴矢である。上演時間1時間半とは思えない濃密さ。しかも舞台セットや小道具の細かいところにまで、映画ファンを唸らせるこだわりが行き届いている。

 音楽も「ナートゥ(Naatu Naatu)」、「運命(Dosti)」「コムラム・ビームよ(Komuram Bheemudo)」など、映画でおなじみの曲が使用されている。マッリ(瑠璃花夏)の歌声から始まる幕開けから、「これだ!」と膝を打ちたくなる。映画を見た時から「タカラヅカでやって欲しい!」と思った「ナートゥ(Naatu Naatu)」の場面はスーツ姿で颯爽と登場したビームとラーマを中心に、舞台上の皆が踊りまくり、客席から自然と手拍子が起こる盛り上がりぶりだ。

 いっぽう、ビームとラーマの出会いのシーンや、宿敵であるスコット総督邸襲撃のシーン、ビームとラーマがスコット総督を倒すシーンなど、大がかりな人海戦術や激しい戦闘があり、映画そのままの再現が難しいシーンは、ダンスと歌を駆使してタカラヅカの舞台らしく処理されている。ここで活躍するのが、WATERRR(水のコロス:希沙薫・水乃ゆり)、FIRRRE(火のコロス:夕渚りょう・鳳花るりな)、SINGERRR(歌のコロス:美稀千種・都優奈)だ。

 映画ファンとして「この場面は見たい!」という場面はかなり網羅されているが、3時間以上ある映画を1時間半にまとめるということで、結末部分はシンプルにまとめられている。ただ、この部分は映画では残酷な殺戮シーンも多いので、タカラヅカ版はあのようなまとめ方でちょうど良いのではないかと思う。

 映画ではビームとラーマの二人が主人公扱いだが、タカラヅカ版は『√Bheem』と銘打っているとおりビームが主人公だ。礼真琴が見せるビームは、素朴で純粋で誠実で、そしてめっぽう強い。葛藤がわかりやすいラーマに比べると難しい役どころだと思うが、主人公として圧倒的な存在感を示してみせた。何といっても、民衆を暴徒と化してしまう「コムラム・ビームよ(Komuram Bheemudo)」の歌声が圧巻である。

 暁千星演じるラーマの方は削られている場面も多い中で「使命」と「友情」との葛藤の炎を明確に描いてみせる。ビームからも「兄貴」と呼ばれる大人の落ち着きを感じさせ、天衣無縫な野生児ビームと好対照だ。

 映画と違ってキャラクターがより深く描き込まれているのがジェニーだ。ただのお嬢様ではない、公平な目線で人を見ることができ、自分で決めて行動を起こす意思の強い女性だ。舞空瞳が芯の通った魅力的なヒロイン像を創り上げている。

 国の違いを超えて絆を結んでいくビームとジェニーに対し、幼馴染であり距離を超えて深い絆で結ばれているのがラーマとシータ(詩ちづる)だ。「友情」と「使命」の葛藤を軸に物語が進む映画に対し、タカラヅカ版のキャッチフレーズは「友情か?使命か?愛か?」である。「愛」が加わっているだけあって、さまざまな「愛」のありようが描き分けられているのもタカラヅカ版の見どころではないかと思う。

 また、映画から大きくキャラクターが変わっているのがジェイク(極美慎)だ。映画ではジェニーの取り巻きの一人だが、タカラヅカ版ではジェニーの婚約者という設定になっている。「ナートゥ」でビームらに対抗心を燃やすのは映画と同じだが、その後は良いところも見せる。重くなりがちな本作の中ではコミカルな芝居で笑わせ、客席を和ませてくれる存在だ。

 ビームの同志であるペッダイヤ(天華えま)、ジャング(天飛華音)、ラッチュ(稀惺かずと)、4人の絆も映画以上に濃く描かれている。ビームが戦う時はこの3人も共に戦って突破口を開いていくため、見せ場も多い。

 見ていてちょっと辛くなる残酷な場面はタカラヅカ版ではカットされているので、そういう場面が苦手な方も安心だ。植民地で圧政を行うスコット総督(輝咲玲央)とその妻キャサリン(小桜ほのか)の悪辣ぶりも映画より大人しめだが、タカラヅカ版ではこのくらいで良いのではないかと思う。その分、憎まれ役に徹しているのが部下のエドワード(碧海さりお)だ。

 映画を見た人はきっと楽しめるが、逆にタカラヅカ版を観てから映画を見るのも面白いと思う。『R R R』の世界を新たな切り口で見せてくれる、興味深い展開である。演者にとってはハードな舞台となるが、千秋楽まで元気に駆け抜けて欲しい。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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