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6名のキャストが「演じつなぐ」アイバ・トグリの壮絶な人生、ミュージカル『東京ローズ』

中本千晶演劇ジャーナリスト
(左から)鈴木瑛美子、原田真絢 ※記事内写真 撮影:宮川舞子

 新国立劇場小劇場にて観劇したミュージカル『東京ローズ』(2023年12月7〜24日)が素晴らしかったので、ここに書き留めておこうと思う。

 この作品は2019年にイギリスの劇団バーント・レモン・シアターが初演したものだが、今回は藤田俊太郎による新たな演出に新たな音楽で日本版として上演された。「東京ローズ」とは第二次世界大戦の最中に日本のラジオ放送局が米兵の戦意喪失のために放送していた番組のラジオパーソナリティに米兵がつけた愛称である。この作品は「東京ローズ」の一人とされる日系二世のアイバ・トグリの生涯を描いている。

 登場するのは6人の女性キャスト(飯野めぐみ、シルビア・グラブ、鈴木瑛美子、原田真絢、森加織、山本咲希)のみ。アイバ・トグリの役は6名が交替で順に演じていき、その他の登場人物も男性役を含め、すべてこの6名で演じるという趣向である。

 キャストの選び方がまた面白くて、フルオーディションシステムが取られている。選ばれた6名は、大学生からミュージカルの舞台の出演経験豊富な人まで、年代もキャリアもさまざまだ。幕開け、6人がそろって踊る場面にいきなり目を奪われた。とにかく6人が「カッコいい」のである。

(左から)シルビア・グラブ、原田真絢、森 加織
(左から)シルビア・グラブ、原田真絢、森 加織

 アイバ・トグリの生涯は壮絶を極めている。アメリカで日系二世として生まれたアイバは名門大学を卒業して順風満帆に見える人生を歩んでいたが、1941年の夏に日本に渡り、そのまま帰国できなくなってしまう。日本で生活のため働き始めたアイバはやがてラジオのパーソナリティを務めることに。戦意喪失させるふりをして巧みに米兵を元気づけることにやりがいを感じていたアイバだったが、戦後、この放送がプロパガンダ放送であったと言われ、アイバはアメリカで国家反逆罪として訴えられ有罪となる。10年の禁固刑を受けることになり、米国籍も剥奪されてしまうアイバ。やがて恩赦により国籍を取り戻し、彼女の名誉も回復されるが、それまでには長い戦いの道のりがある。

 と、そう書くと、見ていて気が重くなりそうな作品のように思えるだろう。アメリカと日本、文化が全く異なり、しかも敵対している2つの国を背負うことの重さに気が遠くなりそうになった。同時に恐ろしく感じたのは、一個人の人生など押し流してしまう「民意」の気ままさである。だが、それでも強く生きていくアイバに励まされ、前向きな気持ちにさえなれるのが、このミュージカルの不思議なところだ。おこがましいことだが、アイバと一緒にその人生を駆け抜けたような感覚さえ味わった。

 最初は純粋で気が強くてわがままだった少女が、苦難に直面し、これを乗り越えながら人間として成長し、最後には「私は人を恨まない。恨みからは何も生まれない」という境地に達していく。アイバ役が交替するたびにアップデートしていく感覚。これは6名のキャストがアイバ役をリレー方式で順に演じつないでいくという趣向ならではだと感じた。

(左から)山本咲希、鈴木瑛美子、シルビア・グラブ、飯野めぐみ
(左から)山本咲希、鈴木瑛美子、シルビア・グラブ、飯野めぐみ

 6名のアイバが各場面で歌い上げるソロ曲もだが、6名が一緒に歌うコーラスに聞き応えがある。聞けば、キャスティングの際には声の主張が強く個性的な人を選んだとのこと。そのハーモニーがただ美しいだけではない、なんとも言えない味わい深さがあるのはそれゆえかと納得した。

 私が見たのは平日の夜だったが、客席はほぼ満席。たった6名のキャストとは思えない迫力に終始引き込まれっぱなしの2時間半だった。音楽が、ダンスが、メッセージ性のあるストーリーをより深くダイナミックに伝えてくれる。ミュージカルの原点に立ち返らせてくれるような作品である。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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