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宝塚歌劇花組全国ツアー『激情』ーホセとカルメンー、永久輝せあが見せる新たなドン・ホセ像

中本千晶演劇ジャーナリスト
イラスト:牧彩子(『タカラヅカの解剖図鑑』より)

 花組全国ツアー『激情』ーホセとカルメンーを、神奈川県・相模女子大学グリーンホールにて観劇した。

 プロスペル・メリメの原作『カルメン』をモチーフとした作品だが、タカラヅカ版では、自由奔放に生きる情熱的な女性カルメンに心奪われ、その愛を我が物にしたいがために次々と人を殺め、堕ちていく男、ドン・ホセに焦点を当てて描かれる。

 1999年に宙組にて姿月あさと・花總まりのコンビで初演。好評を博し、その後、2010年星組にて柚希礼音・夢咲ねね、2016年月組にて珠城りょう・愛希れいかが演じてきた。3度目の再演となる今回は、一筋縄ではいかないこの役を永久輝せあがいかに演じてみせるかが注目された。

 その意味で、永久輝せあ演じるドン・ホセはこれまでの演者たちとはまた一味違う、永久輝らしいホセであったと思う。一見、生真面目で誠実、そして真っ直ぐな、いわゆる「普通の青年」なのである。だが、その中に時折のぞかせる狂気にヒヤリとさせられる。「一見普通」ゆえに、あのような狂気もまた誰にでも潜んでいるのかもしれないと思わせるのだ。ゆえに、運命の落とし穴に引き込まれていくさまがとても切ない。

 タカラヅカのヒロインとしては難役と言われるカルメンを、星空美咲がダイナミックに熱演。まだ入団5年目なだけに背伸びした感は否めないが、それでも登場すればホセならずとも目を釘付けにさせる存在であったのは間違いない。『銀ちゃんの恋』の小夏や『冬霞の巴里』のアンブルなど、学年からすると難易度が高いと思われる役を次々と演じ切ってきた星空だが、また一つ引き出しを増やして頼もしい限りだ。

 原作者であるプロスペル・メリメが登場し、ホセと対話しながら物語が進んでいくのが、この作品ならではの見どころだが、今回は凪七瑠海が演じるメリメと永久輝ホセとのコンビネーションが特に良かった気がする。彼が生み出した虚像であるはずのホセに血が通い、実像として息づき、逆にメリメの方がホセに翻弄されていく。その関係性の変化がよく見て取れた。

 凪七はこのメリメの他、ロマの首領である大悪党ガルシアも演じる。全く違う2役の演じ分けも見事だったが、ホセの創造者であるメリメと、ホセと真っ向から敵対するガルシアを同じ役者が演じる趣向も興味深かった。

 綺城ひか理のエスカミリオは長身に闘牛服が良く似合い、華やかなスターオーラを醸し出し、まさにハマり役。運命の女神は自分の味方であることを一点の曇りもなく信じている、圧倒的な「陽」の存在感で「陰」のホセに対峙してみせた。

 ホセを信じ続ける婚約者ミカエラ(咲乃深音)のブレない気高さも印象的。ミカエラの登場シーンだけは一筋の光がすうっと通るような清らかさがあった。

 この他、ホセの上官、スニーガ中尉を演じる紫門ゆりやが酸いも甘いも噛み分けた食えない男を好演。また、一瞬の登場ではあるが、ロマと通じる花売り娘ベニータ(七彩はづき)の小狡い茶目っ気も目を引いた。

 この作品を語るに外せないのが、ロマの人々である。街の人たちとの喧嘩の場面の激しいエネルギーに圧倒された。ホセやカルメンをはじめとした登場人物たちが運命に弄ばれていく様が、この作品を織りなす縦糸だとすれば、運命さえ巧みに受け流していくロマのしたたかな生き様が、この作品を織りなす横糸のようになっている。このロマたちを中心となって引っ張るダンカイレ(帆純まひろ)の杖捌きからも目が離せない。

 タイトルの通り全編を通してホセやカルメン、そしてロマたちの「激情」が渦巻き続ける作品である。登場人物たちと共に感情を揺さぶられ続けた1時間半だった。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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