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宝塚歌劇星組『ディミトリ』の舞台は13世紀のジョージア王国、苦難の歴史の中の美しい愛の物語

中本千晶演劇ジャーナリスト
イラスト:牧彩子(『タカラヅカの解剖図鑑』より転載)

 11月12日に宝塚大劇場にて初日の幕を開けた星組公演『ディミトリ』は、ヨーロッパの東の果ての国、ジョージア(旧グルジア)を舞台にした作品だ。黒海とカスピ海に挟まれた国・ジョージア王国は12世紀末〜13世紀初頭のタマラ女王の治世に最盛期を迎えた。だがその後、モンゴルなどの侵攻を受け、苦難の時代が続く。この作品は、そんなの時代の物語である。

 原作は並木陽の『斜陽の国のルスダン』だ。日本ではあまり知られていないジョージア王国の歴史に光を当て、敬意と愛着を込めて描いた物語である。これに宝塚歌劇の座付演出家の生田大和が着目し、丁寧な演出でタカラヅカらしい舞台に仕立ててみせた。

 本作の舞台は、タマラ女王の息子であるギオルギ王(綺城ひか理)が治める時代から幕を開ける。人質としてジョージアに送られてきたルーム・セルジュークの王子(礼真琴)は、イスラム教からキリスト教に改宗させられ、ディミトリという名を与えられていた。彼はギオルギの妹ルスダン(舞空瞳)と共に育ち、互いに思いを寄せ合っていたが、ルスダンが嫁ぐ頃には別れねばならない運命を覚悟していた。

 ところが、モンゴルのチンギス・ハーンの侵攻でギオルギ王は深手を負ってしまう。王は、ルスダンにディミトリと結婚し、女王としてこの国を守るよう言い残して息絶えた。

 ディミトリは、女王ルスダンとジョージアのために生きることを心に決める。だが、廷臣らは副宰相アヴァク・ザカリアン(暁千星)を筆頭にディミトリに不信を抱く者ばかりで、ルスダン女王の政務は困難を極めた。さらに、モンゴルによって国を奪われたホラズムの帝王ジャラルッディーン(瀬央ゆりあ)が、新たな国土を求めてジョージアに狙いを定めてくる。内憂外患に晒される女王ルスダンのため、ディミトリは自分に何ができるかを考え、ある決断に至るのだが…。

 つまりこの作品は、ジョージア王国に襲いかかる内憂外患の中、想定外に女王となってしまったルスダンの成長物語であり、ルスダンのために生きるディミトリの愛の物語である。原作は史実を踏まえつつ淡々と展開する短編だが、幾人かの登場人物のキャラクターを膨らませて役割を整理することで、舞台としてわかりやすくメリハリをつけたのが生田の手腕である。

 工夫のその1が、「外患」として立ちはだかるジャラルッディーンを、よりスケール大きく描いたことだ。原作を読んだ時から魅力的な役になりそうだと予想はついたが、瀬央演じるジャラルッディーンは勇猛であり残虐であり、それでいて懐の深い帝王ぶりを見せてくれた。ディミトリとジャラルッディーンの最後の場面は、ヨソ者たるディミトリの一番の理解者は、同じく亡国の王たるジャラルッディーンだったのかもしれないことを感じさせる。

 工夫のその2が、「内憂」の中心人物として、副宰相アヴァク・ザカリアンを原作から大幅に膨らませ、ほぼ新キャラクターといってもいい人物としてルスダンに立ちはだからせたことだ。これにより、追い詰められる女王ルスダンの孤独が浮き彫りにされる。アヴァク・ザカリアンは原作を読んだだけではどんな役になるのか想像がつかなかったが、月組から組替えしてきた暁にとっても演じ甲斐のある役となっており、一皮むけたところを見せてくれる。

 苦難を経て、無邪気な少女であったルスダンは一国を背負う女王として成長していく。そのルスダンを何があってもブレずに支え続け、愛を貫くディミトリの姿が、強く気高く美しい。最後の壮絶な決断には胸打たれずにはいられない。

 この生き方の手本としてギオルギ王とバテシバ(有沙瞳)を描いたことが、工夫のその3だ。平民出身ながら王に愛されたバテシバは、王のため身を引き、王もまたそれを受け入れる。出番は最初だけだが、重要な役割だ。この作品に生きるのは偉大な英雄ではない。激動の時代に翻弄される等身大の男と女である。

 モノトーン系でまとめたシンプルなつくりの舞台装置の中で、テーマカラーともいえるリラの花の紫色が目を引く。時おり現れるリラの花の精たち(小桜ほのか・瑠璃花夏・詩ちづる)が、物語に希望の光を投げかける。

 いっぽう、ジャラルッディーンが首都トビリシを占領したとき、イスラム教への改宗に応じぬ者を全て殺したという「十万人の殉教」などの史実もきちんと描かれる。不気味な姿の物乞い(美稀千種)もまた、まるで歴史の生き証人のように随所に姿を現す。

 基本的に原作に忠実な舞台化であるだけに、駆け足に進むところもあり、初日は少し唐突に感じられるところもあったが、そこは今後のお芝居の進化で埋まってくることが期待できそうだ。

 戦闘シーンなどで、ノグチマサフミ振付によるジョージアンダンスも見せる。国も時代も決してタカラヅカに馴染みがあるわけではないのに、どこか素朴な懐かしさを感じる、そしてジョージアという国への興味をかき立てられる作品である。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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