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これは演劇?「60歳以上が性についてリアルに語る」作品を観て得られた自己肯定感

中本千晶演劇ジャーナリスト
※記事内写真 撮影:冨田了平

 またまた刺激的な演劇に出合ってしまった。

 その名も『私がこれまでに体験したセックスのすべて』。タイトルからして刺激的だが、観終わった後に味わった感覚は、まったく予想外のものだった。

 演出・脚本はママリアン·ダイビング·リフレックス/ダレン·オドネル。2012年にドイツで初演されてから、世界14カ国22都市で上演されてきた作品の日本初演である。

 3月26日〜28日に京都芸術センター講堂で、4月8日~11日には東京・スパイラルホールにて上演。本来は昨年3月に上演予定だったが、コロナ禍により中止となり、このたびようやく上演が叶ったものだ。

 私は東京公演の千秋楽を観たが、口コミやSNSでの評判を聞いて駆け付けたという人も多かったせいか、開演前からすでに客席のそこはかとない熱気を感じた。

 60歳以上の男女5人が、性に関することを軸に、それぞれの歩んできた人生を語っていく物語だ。宮城県、富山県、千葉県、兵庫県と出身地もバラバラ、ゲイであることをオープンにしている人、心と身体の性が一致していないことに悩み続けてきた人、生まれつき障害があり施設で育った人など、背負ってきたものもさまざまだ。

 司会も担当するサウンドデザイナー入江陽がセレクトした、各年代の代表的な音楽が折々に挟み込まれる演出は単純に楽しい。

 そして、途中で3度ほど、会場に向けてそれぞれの性体験に関する質問が投げかけられる。いずれも普段の感覚からするとなかなかに答えづらい問いばかり。まずイエス・ノーの挙手が求められ、その中から2人ほどにマイクが向けられ、コメントが求められる。

 私が観た回が千秋楽だったからか、会場はノリノリで、コメントを求められた人たちも待ってましたとばかりに積極的に語っていた。海の向こうから画面を通して、ダレン·オドネルもぐいぐいと質問を投げかけてくる。日本語、英語、そして手話を織り交ぜての会話である。

 ただ、Twitter上の感想をひろってみると、この趣向には否定的な見解もあるようだ。もちろん、冒頭で観客全員が「ここで聞いたことは決して口外しないこと」の誓いを立てさせられるし、途中、司会者も「答えたくないことは答えなくていいんですよ」と何度も注意を促していた。ただ「もっとオープンに語ろうよ」という空気に支配された客席自体がキツいと感じる人も、確かにいるかもしれない。

 かくいう私も、じつをいうとオープンになれなかった一人だった。なぜかわからないけれどギュッと胸が締め付けられるような感覚を味わった。奔放に語れる人たちがとても眩しく感じられたし、「自分はあんな風にはなれない」とも思った。変わりたいけれど変われない自分の小ささ、自分の限界を突きつけられたような気さえした。

 ところが、である。物語の後半にかけて、不思議と心地良い自己肯定感が湧き上がってきたのだ。それはおそらく、5人の語りの効用だと思う。

 5人の話に耳を傾けていると、並行して同時代の自分のこれまでのできごとが細々と思い起こされてきた。そんな私の人生も悪くないかも。相変わらず頑なな自分、それもまた良し。そんな自分を大事にしてあげようと思えてきた。

 そして、終演後はとてつもなく清々しい気分で、会場を後にしたのだった。

 「性」は人生において重要な要素だが、それ以上でもそれ以下でもない。だから、それぞれが心地良い形で、ナチュラルに等身大に語っていけばよいのだ。この作品を経て私が感じたのは、そのようなことだ。

 じつは私、最初はこのような場で60歳以上の男女が性について語るということ自体も信じられず、これはきっと実際に取材して作り込まれた脚本に沿って、役者が演じているのではないかと思ったほどだった。だが、そうではなかった。5人それぞれの、紛れもない実体験だった。そうとわかってから、人生は劇場、どんな人も素晴らしいドラマの主人公なのだということを改めて確信した。

 いっぽうで、この作品は果たして「演劇」なのか?という疑問を持たれる人もいるかもしれない。「60歳以上の男女が自身の性体験を語る会」と、どう違うのか?と。だが、5人の実体験を元にしつつも、一言一句練られた脚本があり、細部に工夫を凝らした演出がなされているのだから、やはりこれは「語る会」ではなく「演劇」である。5人は実体験をした本人でもあるが、この舞台上ではあくまで「役者」なのだ。

 この虚実皮膜な演劇空間に身を委ねるからこそ、観客もまた心を開けるのだ。質問コーナーでの積極的な語りも、それゆえのことではないかと思う。

 この舞台は、1年間ものクリエーションを経て作り込まれたとのこと。この経験自体を糧に、5人の皆さんはきっとこれから素敵な未来を作られていくのだろう。

<公演情報>

『私がこれまでに体験したセックスのすべて』

3月26日(金)〜28日(日) 京都芸術センター講堂

4月8日(木)~11日(日) 東京・スパイラルホール

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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