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戯曲に忠実に新感覚も織り込んで見せる、宝塚歌劇星組のミュージカル『シラノ・ド・ベルジュラック』

中本千晶演劇ジャーナリスト
『アナスタシア』人物相関図  ※筆者作成

「大きな鼻」がトレードマークの『シラノ・ド・ベルジュラック』がタカラヅカに登場すると聞いたときは驚いた。原作はエドモン・ロスタンによる戯曲で、17世紀に実在した剣豪詩人が主人公だ。

 大野拓史脚本・演出による舞台は、明るい笑いとタカラヅカらしい華やかさを随所に取り込みつつ、大筋は戯曲に忠実な人間味あふれるものだった。主人公シラノに、専科の轟悠が特殊メイクの鼻をつけて挑む。

 シラノは従妹のロクサアヌ(小桜ほのか)を密かに愛していたが、想いを告げることができずにいる。ところが、ロクサアヌからクリスチャンという男性に恋していると打ち明けられ、クリスチャン(瀬央ゆりあ)もまたロクサアヌに恋しているとわかり、心ならずも二人の恋の仲介役を引き受けることに。このクリスチャン、シラノとはまったく逆で、抜群の容姿に恵まれているのに文才はない男だった。そこでシラノがクリスチャンに成り代わって手紙を書いてやることになるのだが…という話である。

 『シラノ・ド・ベルジュラック』といえば、愛ゆえに自己犠牲に生きる男の美しい心を描いた物語、というイメージがあった。だが、観終わった後に強く感じたのは、人間とは必ず何か欠落した不完全な存在なのだという虚しさと残酷さだった。そんな人間の愛すべき生きざまを、星組の芝居巧者が的確に表現してみせていた。

 瀬央ゆりあ演じるクリスチャンは、幕開きから登場するや「この人の恋が実らないわけがない」と思わせる華やかさだ。見目に反して少々不器用で喧嘩っ早いところなどにも持ち味が生きている。だが、シラノがうらやむ美男であるクリスチャンは「自分には中身が伴わないのではないか」という苦しみを背負わされることになる。

 ロクサアヌは一歩間違えると何故それほどモテるのかよくわからない女性にも見えてしまう気がするが、小桜ほのかが愛らしく好感度の高いヒロイン像をきめ細やかに作り上げていた。だが、ロクサアヌが愛したのは結局、シラノとクリスチャンの共同創作による架空の存在だったように思える。結局ロクサアヌはシラノについてもクリスチャンについても、その真の姿を見ることはできなかったのだと考えるとこれまた哀れだ。

 天寿光希演じるド・ギッシュ伯爵。この物語の中では敵役だが、それでも登場の瞬間から惜しげもなく振り撒かれる悪の色香がさすが。だが、シラノらの上官として権力を振りかざした彼でさえ、最後には地位を勝ち得ることの虚しさを知ることとなる。

 そしてシラノもまた然り。武勇と詩才に優れ、仲間思いで自由奔放に生き、愛と友情のために自己犠牲を厭わないシラノは一見「鼻」以外は非の打ちどころのない人物のように見える。たが、そのシラノを苦しめたのは拭いきれないコンプレックスと、本当の本当はロクサアヌの心を我が物としたいという執着だった。轟シラノにはそんな人間らしい「業」が見え隠れしていた。

 「外見が売り」のクリスチャンと「言葉が売り」のシラノとの戦いは、さながらリアルとバーチャルの戦いである。これは今の時代、極めて身近な問題だ。そう考えると古典のようでいて現代的なテーマを扱った作品でもあるように思えた。

 基本は原作に忠実ながら、タカラヅカらしい工夫も要所要所に見られる。シラノやクリスチャンが所属するガスコン青年隊の、三十年戦争の激戦地アラスでの戦いっぷりは男役の見せ場となっていた。

 いっぽう、エプロン姿もばっちり決まったチャーミングな菓子職人ラグノオ(極美慎)の店の場面は、居並ぶスイーツの小道具も可愛らしく楽しい。2幕では言葉よりも何よりも、ラグノオが運んできた美味しい食べ物が戦士たちに生きる力を与えてくれるというのも何やら示唆に富んでいる。

 これまでタカラヅカで『シラノ・ド・ベルジュラック』を題材としたものとしては1995年の星組大劇場公演『剣と恋と虹と』がある。だが、このときの主人公エドモンは美男の設定で、「本心を隠して友人のために恋文を代筆してやる」という部分だけが活かされていた。夢々しさが売りのタカラヅカが、原作に忠実なシラノを上演できるようになるまでに進化したのだと考えると感慨深いものがある。

 だが、正直に告白すると、私自身は観劇している間ずっとシラノの「鼻」が気になって仕方がなかったのだった。轟悠の雪組時代からずっとその舞台を観てきた私としては、その見目麗しさもさることながらそこではない、男役轟悠の「心意気」に惹かれてきたつもりだった。

 それなのに今回は、「見目麗しさ」を求めてしまう自分が捨て去れない。これではまるでシラノが想定する多くの女性たちと同じではないか? 結局私もまた、轟シラノに試されていたのかもしれない!?

※2020年12月4日(金)〜12日(土)、大阪・梅田芸術劇場シアタードラマシティにて上演。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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