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注目のカンパニー「チャイロイプリン」がダンスと歌で見せる、ブレヒト『三文オペラ』の世界

中本千晶演劇ジャーナリスト
ダンスで見せる『三文オペラ』の世界  ※記事内写真 撮影:HARU

「CHAiroiPLIN(チャイロイプリン)」は、スズキ拓朗率いるダンスカンパニーである。といってもただ踊るだけではない、「踊る小説」「踊る戯曲」「おどる童話」などと称し、物語をダンスで見せる作品をこれまで多く上演してきている。

 その舞台は、題材としている原作を一段深く掘り下げて、その本質的な面白さに気付かせてくれるようなところがあると思う。5年ぶりの再演となる、踊る戯曲『三文オペラ』(三鷹市芸術文化センター星のホール 10月17日〜25日)でも改めてそれを感じた。

 

 このカンパニーとの出会いは、2018年に観た、「踊る小説」シリーズ第4弾『ERROR』だった。太宰治の『人間失格』と『失敗園』をダンスで見せていくという趣向。以来、ずっと気になっていた劇団であり、今年3月に上演予定だった『桜の森の満開の下』も楽しみにしていたのだが、コロナ禍で中止に。待ちに待った、この度の舞台だった。

 

 今回の素材はブレヒトの『三文オペラ』である。1928年のベルリンで初演。クルト・ワイル作曲の「マック・ザ・ナイフのバラード」のメロディーは聞き覚えがある人も多いだろう。

 主人公は大悪党にして色男のメッキース。彼が惚れ込んで結婚したポリーは、ロンドンの街で幅をきかせる「乞食の友商会」のボス、ピーチャムの娘だった。娘の結婚に大反対のピーチャム夫婦はメッキースを捕えて死刑にしてしまおうと謀る。メッキースは昔の恋人たちや親友の手を借りて逃れようとするが、逆に裏切られてついに死刑に…と、思いきや、女王陛下の戴冠式による恩赦で死刑を逃れる。めでたしめでたし、というストーリーである。

昔の恋人ルーシーと妻ポリーに挟まれるメッキース
昔の恋人ルーシーと妻ポリーに挟まれるメッキース

 ところが、この舞台は幕が開くといきなり死刑執行のシーンのようだ。これを巻き戻してメッキースがもう一度やり直すところから始まるのだが、この巻き戻しを表すテープらしきものが、建築現場などで使われているブルーシートで作られているのだ。

 

 この他、衣装も小道具もあえてのチープな手作り感に満ちている。これが『三文オペラ』の猥雑な世界観にも合っている気がする。とりわけ目を引くのが、乞食の友商会の面々の衣装である。なんとポテトチップスなどのジャンクフードの袋を集めて作られているのだ。ポリーの頭のリボンまでよく見ると袋である。安っぽいようでいて、実はとても手がかかっているに違いない。

 

 主人公のメッキースを演じるのは、劇団を主宰し、振付・構成・演出も手がけるスズキ拓朗だ。その飄々とした雰囲気で世の中を自在に渡り歩く。女性が放っておけないタイプのメッキースである。

 

 とにかくダンスのパワーがすごい。セリフの合間に踊るのではない、踊りで物語を動かし、踊りで心情の変化を表現する。

 だが、ダンスだけではない。ポリーがメッキースの誘惑に負けていくさまを影絵を使って説明してみたり、メッキースと親友ブラウンとの戦場での思い出を現代のゲームを思い起こさせる画面で表してみたりと、多彩な表現方法で観客を飽きさせない。

 

(この後、結末について触れています)

メッキースを演じるスズキ拓朗
メッキースを演じるスズキ拓朗

 

 物語は基本的に原作に忠実に進行していくようだが……巻き戻してやり直してもメッキースはやっぱり死刑? どうやら、人がその本性に従って行動するとメッキースは死刑になるしかない、ということらしい。これは原作と違う結末か?

 と思いきや、再度のどんでん返し。何と、ここでメッキースを救うのが「音楽の力」なのだ。今回音楽を担当する「時々自動」鈴木光介には「死刑執行人」という役名がちゃんと与えられている。

 「これがブレヒトの三文オペラ」という結びの言葉が、心にストンと落ちた。そして、大団円を迎えてからのフィナーレが、ひたすらに楽しい。

 

 そういえば、この『三文オペラ』は1728年にロンドンで初演された『乞食オペラ』を翻案したものである。そしてこの『乞食オペラ』は、今に至るミュージカルの原型ともいわれる作品なのだ。

 つまり、死刑になりそうな極悪人さえ救ってしまうパワーこそが『三文オペラ』の魅力の源泉であり、それはきっと現代のミュージカルにも脈々と受け継がれているはず。そんなことも考えさせられてしまった。

 

 もし、ダンスと歌の要素を織り込んだ舞台のことをミュージカルというならば、チャイロイプリンは日本のミュージカル界にもこれから新たな風を吹かせてくれるのではないだろうか、期待と願望を込めて、そんな予想もしておきたい。

この幕の後ろに音楽担当兼「死刑執行人」が!?
この幕の後ろに音楽担当兼「死刑執行人」が!?
演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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