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人気シリーズ『VOICARION』が帝国劇場進出、声の魔術に翻弄される2時間15分

中本千晶演劇ジャーナリスト
※記事内写真 提供:東宝

 「VOICARION」とは「VOICE」と「ARION」を組み合わせた造語である。「ARION(アレイオーン)」とは、ギリシャ神話に登場する天馬のことだ。「声によって聴く者の想像力の翼がどこまでも高く羽ばたいていくように」との願いが込められているそうだ。

 2016年から公演を重ねている音楽朗読劇のシリーズである。原作・脚本・演出を手がけ、究極の音楽朗読劇を追求し続けるのは藤沢文翁。これまでシアタークリエをホームとして上演されてきたが、この度、シリーズの中でも人気の高い「信長の犬」の帝国劇場での上演が実現した。

 

 キャストの組み合わせは日替わりですべて異なり、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の8つのチームがある。出演者には声優として活躍している人が多いが、8日(火)に登場するチーム「智」には、タカラヅカOGの凰稀かなめ、紫吹淳、真琴つばさ、彩吹真央も出演する。

 劇場での上演に加え、各回ともにライブ配信が行われているので、自宅から鑑賞することも可能だ。

(以下、あらすじ紹介あり)

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 時は戦国時代、武蔵国の太田資正(安元洋貴/小野友樹/彩吹真央/水田航生/浪川大輔)は、戦にはまったく興味がないが犬の言葉を解することができ、100匹以上の犬を飼っている。周囲からは「犬好きの馬鹿大名」と揶揄される有様だ。そんな資正を支えるのが、乳兄弟の野口多門(梅原裕一郎/梶裕貴/緒方恵美/下野紘/豊永利行/置鮎龍太郎)である。

 資正のもとに「信長の犬」がいるらしい。噂を聞いて訪ねて来た男は、なんと天下人となった豊臣秀吉(平田広明/山口勝平/真琴つばさ/山路和弘/石井正則)だった。秀吉は信長の犬を所望するが、資正はきっぱりと断る。そこから物語は過去へと遡る。

 

 かつて織田信長(朴ろ美/紫吹淳)によって一匹の犬(諏訪部順一/凰稀かなめ/中井和哉)が難破船から助け出された。犬種はボルゾイ、ロシア産で、並の日本人よりも大きく、馬よりも速く駆けることができる犬だった。信長はこの犬をこよなく愛し、「魔王」を意味するルキフェルという名を与えた。

 本能寺の変で最期を悟った信長はルキフェルに「東へ駆けろ」と言い残す。この言葉に従い、武蔵国の資正のもとまで辿り着いたルキフェルだったが、信長の死を知って生きる気力を失う。ルキフェルを絶望の淵から救い出したのは、もはや目も見えなくなっている老犬・瑠璃丸(井上和彦/山寺宏一)だった。

 秀吉もまた、安土城の信長のもとで明智光秀(松岡禎丞/島崎信長/大河元気/甲斐田ゆき/保志総一朗/内田雄馬)や千利休(井上和彦/山寺宏一)と共に過ごした幸せな時代を語り始める。信長に憧れ、権力の頂点に上り詰めるほどに孤独になっていく秀吉。この物語の裏主人公は秀吉といっていいかもしれない。

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 私が観たのは9月6日(日)の「礼」の回だ。主に声優として活躍している人がキャスティングされた回で、信長の犬・諏訪部順一、織田信長・朴ろ美、豊臣秀吉・山口勝平、太田資正・小野友樹、野口多門・梶裕貴、明智光秀・大河元気、瑠璃丸/千利休・井上和彦という組み合わせである。

 それは一言でいうと声の魔術に翻弄された2時間15分だった。舞台セットがあり、音楽があり、照明がある。語り手も役柄に相応しい衣装を着ている。ないのは「動く俳優」だけ。それなのに、語りと共に脳内で信長が秀吉が、そしてルキフェルが瑠璃丸が動き出すのだ。

 しかも、複数のストーリーが重層的に走るこの作品、仮に普通の舞台で上演したならば場面転換は大がかりなものになるだろう。それが脳内では、いとも簡単に時も場所も切り替わる。まさに「想像力の翼を広げる」快感ゆえなのだろうか、それは不思議に心地よい体験だった。

 驚いたのは、声の力でもって犬にだってなれてしまうということだ。諏訪部順一の語りからは、信長の傍に誇り高く寄り添う白い犬ルキフェルの姿が見えるし、井上和彦の語りからは、愛嬌たっぷりに資正とじゃれ合う老犬瑠璃丸の姿が目に浮かぶ。

 あるいは、声ひとつで性別もやすやすと超えてしまう。魔王・信長を語っていた朴ろ美が、途中で少しだけ登場する資正の母親役も演じておられる。あっという間に性転換して慈愛溢れる母親となったことにも驚かされた。

 恥ずかしながら、このシリーズのことを知らなかった。本来ならば今年は『エリザベート』や『ミス・サイゴン』が上演されていたはずだった「あの帝劇で、初めて朗読劇をやるらしい」と知り、どうなるんだろうと興味を持ったのがきっかけだった。

 音楽朗読劇ならではの魅力と可能性に衝撃を受けたが、これは、日本の伝統的な「語り物」の系譜につながるものなのかもしれない、つまり、極めて日本らしいユニークな形態なのかもしれないと思ったりもした。コロナ禍が呼び込んでくれた思いがけない世界との巡り合いに感謝、である。

※朴ろ美さん、島崎信長さんのお名前にシステム上表示できない文字が含まれているため、「ろ」「崎」を使用させていただきました。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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