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新宿の小劇場でのクラスター発生、私たちはどう受け止めればよいのか

中本千晶演劇ジャーナリスト
※写真はイメージです(写真:アフロ)

 7月に入ってようやく様々な劇場の幕が再び上がり始めた。公演再開する劇場では、たとえば次のように、細心の注意を払った感染拡大予防対策が取られている。

・観客同士が十分な距離を保てるよう座席は一席おきとする。

・観客のマスク着用は必須。

・入場時に赤外線サーモグラフィ装置による検温、手指や靴底のアルコール消毒。

・体調不良者や検温で発熱が確認された人の観劇の禁止。

・客席での会話や飲食の禁止。

・休憩時間を長めに取り換気を行う。

・入退場時の混雑の緩和のための誘導を行う。

・劇場スタッフはフェイスシールドなどを着用し、声かけを最低限にする。

・入り待ち出待ちなど、出演者との接触の禁止。

・万が一感染があった場合に備えて、観劇する人の連絡先の把握。

 また、出演者を減らしたり、コンサート形式での上演にしたり、PARCO劇場の『大地』が『大地』(Social Distancing Version)とタイトル変更したように距離を取って演技できるようにするなど、演出上の変更も行われている。興行的な痛手や表現上の制約を覚悟の上での様々な努力は、劇場の灯りを再びともしたいという強い思いの賜物でもある。

 

 このタイミングにおいて、新宿・シアターモリエールで上演された『THE★JINRO イケメン人狼アイドルは誰だ!!』の出演者・スタッフ・観客から37人の感染者を出し、全観覧者約800人が濃厚接触者に指定される事態に至ったことは、非常に残念だったと言わざるを得ない。上記と比較すると、今回の公演は十分な感染拡大予防対策が取られていたとは言い難いだろう。

 

 つまり、今回の件は「舞台」だから、あるいは「劇場」だから起こったわけではない。その意味で、マスコミで使われている「舞台クラスター」「劇場クラスター」という言い回しは、「舞台」「劇場」が無条件にクラスターを発生させる場所であるかのような印象を与える。無用な誤解を招く表現を目にするたびに、演劇関係者のこれまでの努力が水泡に帰さないかと胸が痛む。

 

 そのいっぽうで、今回の件は人が集まる「舞台」「劇場」が感染拡大を引き起こす危険をはらんだ場所であることを示したのも事実だ。「舞台公演といっても実際はイケメンを集めて女性ファンを喜ばせるという内容。ホストまがいのイベント」との関係者コメントも見かけたが、「女性ファンが喜ぶイケメン俳優が出演していない舞台」だから感染リスクが低いというわけでもない。作品ジャンルや内容と感染リスクの高さを安易に結びつけるのもまた違うだろうと思う。

 

 また、ある俳優が「出待ちで、ファンから握手やサインを求められたら断れない」と発言しているのを読んで、なるほど確かにそうかもしれないと思った。感染拡大予防対策が成功するか否かは、観客側の意識にもかかっている。

 

 今、一番求められるのは同様の事態を再び起こさないことである。そのためにも今回の一件について主催者・関係者には正確かつ詳細な情報開示がなされ、それが再発防止のために活かされていくことを願っている。

 感染者数の拡大がなかなか収まらない中、ギリギリのバランスを保ちながら経済を回していかなければならない今、この一件は演劇界だけの問題ではない、「人の集合」を伴うすべての経済・社会活動に携わる者が肝に銘じるべき教訓でもあるはずだ。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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