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なぜ日本メディアは「中国からの団体旅行解禁で爆買いが復活」という報道を繰り返すのか

中島恵ジャーナリスト
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

8月10日、中国から日本への団体旅行が3年半ぶりに解禁となり、日本メディアは連日「爆買いが復活するか」と報道している。期待を込めている反面、オーバーツーリズム、観光公害、マナー問題などネガティブな面を指摘する声も大きい。

これは、ひとつの方向性で報道を始めたら、それをずっと繰り返す、一度固まったイメージを変えようとしない、という日本メディアの特徴のひとつだが、私はこれまでの記事でも書いてきた通り、以前とまったく同じ形での爆買いはもう起こらないだろう、と思っている。

爆買いが起きない理由

その理由は、主に以下の4点の理由があるからだ。

1、彼らは中国国内にいても、日本の日用品などをネットで気軽に購入できること

2、日本旅行の主流である20代~30代は、一部の人を除き、国内経済の悪化により海外旅行をする余裕がなくなってきていること

3、高額消費が期待できるのは富裕層を中心とした個人旅行客だが、今回解禁になったのは中間層を中心とした団体旅行客であり、その人数の割合は全体の約3割以下と少ないこと

4、中国人の旅行トレンドはコロナ以前からすでに大きく変化(コト消費、多様化、成熟化、国内志向など)しており、同じものを大量に買うといった「爆買いブーム」(2015年)のときのような消費動向はすでになくなっていること

しかし、日本メディアの報道では、こうした「中国(人)側に起きている劇的な変化」は語られない。中国側の事情はさておき、変化の少ない日本では、まるで2015年の「爆買いブーム」のときに時計の針が戻ったかのようだ。

そして、不思議なことに、個人旅行客と団体旅行客をはっきりと区別して報道しているところも少ない。コロナ禍前の訪日中国人観光客数や消費額などは提示しているものの、それはトータルのデータだ。団体旅行客に限ったものではないのに、それを取り上げ、「団体旅行が解禁になったので、爆買いも復活するのでは」という論理で報じている。

また、個人旅行客と団体旅行客を区別して紹介している報道でも、その2種類の旅行客の間には、背景(出身地、学歴、所得、思考マインド、興味・関心の対象)に大きな違いがあることまでは言及していない。

むろん、テレビでは放送時間の制約があるし、新聞や雑誌、ネットの記事でも、そこまで詳細を求められていないという面もあるのかもしれない。だが、今回の報道を見るかぎり、まるで中国人旅行客の“主流”は団体客なのだ、と視聴者や読者に誤解を与えるような報じ方であると感じる。

しかし、それは間違いだ。前述の通り、団体旅行客はその人数や消費金額は多数派ではないからだ。

日本人が見る「中国人」はひとつ

なぜ、こうした旧態依然とした報道が多いのか。

中国に限った話ではないかもしれないが、私が感じたのは、日本人や日本メディアは、中国や中国人を「ひとつの塊」として十把一絡げでしか見ておらず、「1人ひとり、日本人とはバックグラウンドが大きく異なる多様な中国人」としては見ていない、あるいは、それを想像できないからではないか、ということだ。

日本人の場合、教育レベルが高いことや、貧富の格差が中国ほど大きくないこともあり、バックグラウンドが大きく異なる人というのは比較的少なく、似たような価値観の人が多い。むろん、日本人も細かく見れば1人ひとり異なるのは当たり前のことだが、中国人に比べれば、平均的な行動、思考の人が多いと感じる。

しかし、中国人の場合、海外旅行できるくらいの立場の人であっても、そのバックグラウンドはかなり異なる。

たとえば、上海出身で年収3000万円の富裕層と、河南省出身で年収300万円の中国人は、取得できるビザの種類が異なるし、日本で行きたい場所、見たいもの、食べたいものは全然違う。前者と後者では情報量も、人脈も大きく異なり、その結果、消費傾向、志向も異なる。

中国人同士なら、その違いはすぐに肌感覚でわかるし、彼ら同士はお互いに交わることのない別世界で生きているが、日本人の目から見れば、どちらも同じ中国に住む「中国人」だ。

だから、インバウンドの対策としても、同じ「中国人対応」になってしまう。団体旅行だろうが、個人旅行だろうが、訪日ビザの形態が異なるだけだろうと思ってしまうのだが、実は、その差はとてつもなく大きい。

こうした、あまりにも幅が広く多様な中国人を日本人が理解することは難しい。私自身もつい「中国人は……」と3文字でくくってしまいそうになるのだが、そのたびに自戒している。

中国から日本への団体旅行解禁へ それでももう「爆買い」は期待できないと感じる理由

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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