香港の観光名所として人気だった水上レストラン「ジャンボ」。コロナ禍などの影響により2020年3月に営業を停止し、今月14日、タグボートにえい航されて香港を離れる際は、海外の多数のメディアが報道した。

現在、沈没か、転覆かで情報が錯綜し、悲しい末路を辿っている「ジャンボ」だが、日本人の中には思い入れが強い人が多い。なぜ、「ジャンボ」はこれほど日本人に愛されたのだろうか。

返還前の香港と自分を重ね合わせている

6月14日、「ジャンボ」が香港を離れるという一報が流れると、ネットニュースのコメント欄やSNSなどに書き込みが殺到した。

その多くは自分と香港との個人的な思い出だ。書き込みを見ると、その多くが80年代や90年代に、社員旅行や家族旅行、新婚旅行などで香港を訪れたときのことを振り返ったものだった。

たとえば、こんな内容だ。

「80年代に初めて行った海外が香港で、ジャンボにも行きました。小舟で渡るのが幻想的で、テンションが上がりました。自分にとって思い出の場所がなくなってしまったことは、とても残念です」

「1997年の返還前、香港に行ったときに立ち寄りました。豪華で煌びやかな外観に、『ああ、香港に来たんだなぁ』と思いました。思い出のレストランがなくなってしまうのは寂しいですが、あのときの豪華さは心に残っています。ありがとう」

初めての海外旅行が香港だったという人が多かったことや、そのときに立ち寄ったので強く印象に残っている、というコメントが多く、若かった頃の自分とジャンボ、そして返還される以前の香港の3つを重ね合わせて、美しい姿のまま“形状記憶”している人が多いようだった。

団体旅行の定番だった

日本人の海外渡航が本格的に始まったのは70年代。80年に年間約390万人だった海外旅行客は、90年には約1000万人を超え、団体旅行がブームとなった。

その際、多くの人が選んだ旅行先がハワイや香港、台湾、韓国などで、香港での団体旅行の日程には、多くの場合「ジャンボ」が組み込まれていた。

80年代後半、香港を旅行した筆者の友人によると、その頃人気だったのは「ジャンボ」のほか、「タイガーバームガーデン」(2000年に閉鎖)や「バード・ストリート」(2000年頃に移転し、バード・ガーデンと名称変更)などで、現在はもう存在すらしない、古きよき時代の香港を感じさせられるスポットが多かったという。

「当時の日本人にとって中華的なものといえば香港。道路につき出すような横長の派手な看板やネオンサインに目を奪われました。中でも、絵葉書にも描かれていたジャンボはまるで竜宮城のようにキラキラしていて、そこに行くだけでワクワク、ドキドキしたものです。料理の味についてはさっぱり覚えていないですが、アトラクションのひとつのような感覚で、ただ、あそこに行くだけで満足でした」(筆者の友人)

90年代前半、香港に住んでいた筆者自身も日本人数十人を案内して、一度だけ訪れたことがある。

「ジャンボは美味しくないよ」「団体観光客向けだから、期待しないほうがいい」といった否定的な意見が多く、案内するべきかどうか迷ったが、連れていった日本人観光客は大喜び。豪華絢爛な店内で写真を撮りまくっていて、ほっと胸をなでおろした記憶がある。

香港の名門・ペニンシュラホテルで食べた高級な飲茶(ヤムチャ)よりも、ジャンボのほうがよかった、といった人もいた。味だけでなく、渡し舟で店までたどり着くというアクセス方法や、あの独特の雰囲気を含め、「ジャンボ」はひとつのアトラクションとして完成された観光地だったのだろう。

ジャンボ=香港のイメージそのもの

日本人の意見を総合すると、「キラキラとした外観が、頭の中で思い描いていた香港のイメージそのものだったから」というのが「ジャンボ」に魅力を感じた理由だ。

また、その頃、香港を訪れた人々の多くが現在50代以上の日本人で、バブル期は10代後半から20代であり、初めて海外旅行をした経験を持っていることも、「ジャンボ愛」に関係しているだろう。海外での日本の存在感がまだ大きかった時代、良き思い出として、ずっと心に残っているからだ。

前述したペニンシュラホテルのカフェでアフタヌーンティーを注文している人のほとんどが日本人だったし、ブランド品を爆買いしていたのも、すべて日本人という時代だった。

さらに、日本人の香港や「ジャンボ」への思い入れが強くなっている理由に、返還後の香港が大きく変わってしまったことへの失望や、取り戻せない時間への哀愁のようなものもあるといえる。

香港では2014年に民主化要求デモ「雨傘運動」が、2019年には大規模な民主化デモが起きた。返還前を知っている日本人から見れば、自由闊達な雰囲気が失われてしまい、中国化が進む姿を、経営難に陥り、お払い箱となって香港の海を去っていく「ジャンボ」に重ね合わせた人が多い。

だからこそ、「ジャンボ」が香港からいなくなってしまうと知ったとき、多くの日本人は寂しく思い、自分がいかに当時の思い出を大切にしていたのかと改めて思ったのだろう。