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地方の会社が「鹿島アントラーズから学びたいこと」(前編)

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
カシマスタジアムの観客の半数は首都圏から訪れている。(写真:ロイター/アフロ)

なぜアントラーズの経営は凄いといえるのか

 私は鹿島アントラーズが地方の会社経営(自営業も含む)のお手本になるとずっと考えてきました。経営の常識から判断すれば、茨城県の東端という人口の少ない地域で、Jリーグのトップリーグ(J1)で優勝争いをするクラブ運営ができているのは凄いことだからです。

 サッカー業界では以前から、クラブチームの商圏(マーケット)は半径30キロだといわれています。アントラーズの本拠地がある鹿嶋市は人口が6万7千人、半径30キロの同心円の半分は海(太平洋)と地理的にも厳しく、マーケットには78万人しか住んでいないのです。

 プロサッカー球団の経営をするためには、マーケットが最低100万人いないと成り立たないといわれています。たとえば、FC東京のマーケットには2300万人、浦和レッズには1700万人~1800万人が住んでいます。経済合理性から考えたらありえない状況のなかで、アントラーズが存続してきたこと自体が奇跡に近いというわけです。

マーケットが小さいのに、Jリーグで最も成功を収めている秘訣とは

 人口が少ない地域で成功を収めている秘訣は、マーケットの外から顧客を呼ぶことができているということです。それは、最大の収入源であるカシマスタジアムの観客数の内訳を見れば一目瞭然です。

 カシマスタジアムの平均観客数は約2万人ですが、実は半径30キロのマーケット内からの観客数は全体の25%を占めているに過ぎません。マーケット外の茨城県や北関東からの観客数が25%、東京23区などの首都圏からの観客数が50%というのが、アントラーズの顧客シェアになっているのです。

 なぜ茨城県の東端にあるチームにわざわざ首都圏から半数もの観客が訪れるのかというと、それはアントラーズが常に優勝争いができる強いチームであるからです。だからこそアントラーズは、徹底的に勝利にこだわって強いチームづくりを進めてきたというわけです。

 茨城のチームを応援するのは東京のチームを応援するよりも、時間と体力とお金を使います。そういう顧客に渋滞の中でも満足して帰ってもらえるようにと、アントラーズの選手全員に勝ちへのこだわりとファンへの感謝の気持ちが浸透しているといいます。

世界のトップと勝負するためには、売り上げを上げていくしかない

 鹿島アントラーズの鈴木秀樹取締役事業部長によれば、J1で親会社から自立したうえで優勝しようとしたら、とにかく売り上げを伸ばしていくしかないといいます。昨年度のJ1の18チームの平均売り上げが30億円に達しない状況下で、日本のチームが世界のトップチームと互角の勝負をするためには、将来的に100億円を目指さなければならないというのです。

 FIFA(国際サッカー連盟)はクラブワールドカップなどの大会に参加する各チームにパッケージとして50人分の費用を出しています。選手以外にもメディカルスタッフをはじめ様々な役割のスタッフが必要になるからです。鈴木氏がそこで驚きだったのは、レアル・マドリードが周辺のスタッフだけで50人を大幅に超える人数を連れてきていたということです。

 クラブワールドカップでレアル・マドリードに2回負けてわかったのは、選手の技術力の差は別として、スタッフの差の部分だけでも埋めなければアントラーズがレアルに勝ちたいとは言えないということです。そのために、売り上げ規模で100億円を目指そうということになったといいます。

 前年度はAFCチャンピオンズリーグの優勝で約4.5億円、クラブワールドカップのベスト4で約2.3億円の賞金が入ってきたため、クラブとして売り上げが初めて70億円台を達成することができたということです。今後のアントラーズが志すのは、顧客を満足させるために勝つ、それによって売り上げを増やしていく、この好循環を実現していくことだといいます。

マーケティングに人手と時間を惜しまない

 そこでマーケティングが重要な要素になってくるわけですが、アントラーズはすでにアメリカのプロスポーツチームのデジタル戦略を模倣して、国内で試行錯誤を繰り返してきました。Jリーグのチームで初めてスタジアム内にハイスペックWi-Fiを導入し、インターネットの環境整備にも余念がありません。

 デジタル戦略を推し進めた成果として、ファンに関する様々な調査によってデータが蓄積していき、新しいアイデアが次々と生まれているといいます。こういうアイデアを実行すれば、こういう結果が出るということが予想しやすくなったというのです。仮に予想が外れて思わしくない結果が出れば、次回からやめればいいというわけです。

 10年以上前にはスポンサーからチラシを配るように依頼され、その効果があるのか疑わしい中で多くの人員を使って配っていましたが、デジタル戦略を駆使するようになってからは、逆にこちらからスポンサーに「デジタルクーポン」を配ろうと提案できるようになったといいます。データの裏付けがあるならばスポンサーは賛同してくれますし、コストが安いゆえに失敗しても次は成功しようと前向きに考えられるというのです。

 デジタル技術の進化が日進月歩で進み、マーケティングの結果に基づいて以前の数分の一のコストでビジネスができることは、アントラーズにとって売り上げを伸ばす原動力となっています。ただし、決してアナログの調査を軽視することなく、デジタルとアナログの両方の調査には、人手と時間を惜しまずにかけているということです。

アントラーズは地方の会社経営のお手本になる

 私は、アントラーズのデジタル戦略は地方の会社経営にとってお手本になると思っております。人口の減少度合いが大きい地方で経営をすればするほど、デジタルを駆使しなければならないということ、マーケティングに労力と時間をかけなければならないということ、この二つの要素が重要であると考えております。

 これまでの地方の会社経営では、とりわけ小売業では商圏(マーケット)で何事も考える傾向があったため、距離というものが絶対的に大事な尺度になっていました。ところが、デジタルを駆使すれば距離はあまり意識する必要がないことがわかってきています。地方の経営者に最も求められるのは、マーケティングの結果をもとに、顧客の興味を引きつけるアイデアや仕掛けを次々とつくっていくことなのです。

(※今回の記事は、鹿島アントラーズの鈴木秀樹取締役事業部長と対談した内容をまとめたものです。後編はこちらからご覧になれます。)

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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