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日本の体感物価高はこれからが本番 脱・中国ロシアの動き、世界経済の地殻変動へ #ウクライナ侵攻1年

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
(写真:イメージマート)

ロシアによるウクライナ侵攻の影響で、燃料高騰による電気料金値上げ、食糧不足、インフレが世界規模で起きています。日本でも物価上昇が家計を圧迫しつつありますが、むしろこれからが本番といえます。さらに影響は目先の問題にとどまらず、世界的な経済の地殻変動を引き起こしていることは見逃せません。ロシアの行為は「中国の台湾侵攻」を強く認識させ、グローバル企業が強権主義的な国での事業リスクを意識するきっかけをつくりました。サプライチェーンの分断が不可避となるなか、ロシアや中国に依存しない生産体制を再構築することは、世界中の企業の生産コストの上昇を招くことにつながります。ひいてはそれが人々の生活コストの上昇や生活水準の劣化を進めていくと考えられます。

電気料金値上げ 日本のピークはこれから

まず初めに挙げたいのは、原油価格と天然ガス価格の高騰に拍車をかけたということです。とくに天然ガスの年間消費量の4割近くをロシアに依存する欧州では、天然ガス価格は新型コロナが蔓延する直前の2020年1月と比べて、2022年8月には20倍近くにまで上昇したのです。

幸運にも、欧州の今冬は記録的な暖冬となり、ガスの需要減から電気料金はピークよりかなり落ちてきています。それでも人々の生活を圧迫しているのに相違はありません。

世界と比べて電気料金の上昇が遅かった日本では、電気料金がピークを迎えるのは、むしろこれからです。2021年の冬場からじりじりと上昇基調にあった電気料金は昨春の価格水準の2~3倍へと跳ね上がり、人々の生活の重荷となり始めています。オール電化の家庭では、それ以上の値上がりとなっているようです。

たとえば、筆者の家庭の電気料金(東京電力管内)は2022年10月分が1万円程度、11月分が1万5000円程度、12月分が2万円程度と、恐ろしいほどに増えています。東京電力は今夏に、東北電力は今春にさらに3割程度の料金値上げを実施する予定であり、岸田首相の言葉を借りれば「異次元の水準」に達する見通しです。

新興国では食糧不足が深刻に

次に挙げたいのが、小麦など食糧の価格高騰と供給不安をいっそう高めたということです。ロシアの年間の小麦輸出量は世界全体の約2割、ウクライナは約1割と、両国合わせて約3割を占めています。小麦の輸出大国である両国で輸出が大幅に落ち込むのではないかという懸念は、2022年の小麦価格を一時的とはいえ大暴騰させたのです。

米シカゴ商品取引所の小麦先物価格は2021年1月には6ドル程度でしたが、侵攻後の2022年3月には13ドルを超えて史上最高値を更新しました。その後の価格は下落して、足元では7ドル台で推移しているものの、肥料価格の高騰が供給不安を高めています。

というのも、肥料の3要素の1つであるカリウムの生産量は、ロシアとベラルーシで世界の4割近くを占めているからです。肥料価格の高騰に人件費の増加もあってコストが大幅増になることから、農家の増産意欲が停滞するという事態を招いてしまったのです。

もともと割安なロシア・ウクライナ産の穀物は、中東やアフリカなどの新興国・途上国向けの輸出が多かったのですが、侵攻以降、大幅に減少したままです。先進国に買い負ける新興国・途上国では、食糧不足が深刻化し、政情不安に陥る国々も少なくない情勢にあります。

体感での物価上昇は10%以上に

新型コロナ禍からの経済再開は、世界的なインフレを引き起こしました。そこにウクライナ侵攻が押し上げ圧力を加えたのは、疑う余地がありません。そして日本は、モノ・サービスへの価格転嫁が遅かったため、先進国のなかでインフレのピークが訪れていない唯一の国となっています。

日本の物価は今春から今夏に向けて高止まりする見通しです。2022年12月の消費者物価の上昇率が41年ぶりに4%に達したものの、食品メーカーを中心に2月と4月に値上げラッシュが相次ぐからです。

スーパーを利用する主婦層の体感では、物価は優に10%以上の上昇をしているのではないでしょうか。歴史をさかのぼって検証すると、主婦層が物価高を強く感じる時は、消費が弱含む傾向が強くなります。そういった意味では、2023年の物価を考慮した実質消費は減少する可能性が高いと判断できそうです。

しかし、そのような見方はごく短い期間の出来事としてあまり重要視しないほうがよいでしょう。なぜなら、20~30年単位の大きな流れでみたら、ロシアのウクライナ侵攻が世界経済に地殻変動を起こしていることを見逃してはならないからです。

中国の台湾侵攻を意識 世界経済の分断不可避

その地殻変動とは、民主国家と強権国家の間でグローバル経済の分断が不可避な情勢になってしまったということです。言い方を換えれば、世界的な供給網(サプライチェーン)の分断を決定づけたといっても過言ではないのかもしれません。

それは、多くの民主国家の人々がロシアの蛮行をみて、将来の地政学リスクとして「中国の台湾侵攻」を強く認識させられたからです。それに加えて、グローバル企業が強権主義的な国々での事業リスクを改めて意識するきっかけにもなりました。

現代のグローバル経済の起点は、米ソによる東西冷戦が終結した1989年以降、資本主義陣営と共産主義陣営で分かれていた経済の垣根がなくなり、ヒト、モノ、カネが自由に世界を行き来するようになったことでした。多くの企業が世界で賃金が安い国々に生産拠点を拡大し、これが中国やロシアなど新興国が躍進する発端となったのです。

世界のサプライチェーンは各国の企業が長い年月をかけて複雑に相互依存関係を構築して発展してきたので、その一部が寸断されただけでも、世界経済に甚大な悪影響が発生することになります。私たちは新型コロナ禍のもとで、サプライチェーンの脆弱性をよく理解できたはずです。

民主主義国家陣営が中国を切り離す動きも

ましてや中国は世界屈指の工業製品・食料・肥料の輸出大国であり、ロシアは資源・穀物の輸出大国です。両大国からの輸出がひとたび遮断されれば、世界経済が大混乱に陥ることは避けられないことも理解できるでしょう。

そうはいっても、米国を中心とする民主国家陣営が中国を中心とした強権国家陣営をサプライチェーンから切り離す動きは止まりそうもありません。その結果として、友好国での生産拠点構築を重視する「フレンドショアリング」や、近隣国での生産拠点を整備する「ニアショアリング」という考え方が標準となる時代に入ってきたといえます。

米国は主要先進7カ国(G7)との協力を中軸に据えながら、欧州連合(EU)とは「貿易技術評議会(TTC)」、アジア太平洋諸国とは「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を通じて、中国やロシアに対抗できる強靭なサプライチェーンの再構築や貿易のルールづくりを目指しています。

また、アジアの安全保障の面では、AUKUS(オーカス:米英豪の3カ国による軍事同盟)やQuad(クアッド:米日豪印の4カ国による安全保障協力体制)によって対中国包囲網を構築しようとしています。そのうえで、米国は中国に対して半導体先端技術の輸出規制強化を決定し、経済戦争とも受け取れる行為を開始したのです。

世界中で生産コスト上昇 生活水準の劣化も

中国がこの輸出規制で受けるダメージは、経済的にも軍事的にも想像の域を超えるほど大きくなるかもしれません。中国のハイテク産業の高度化が著しく遅れるばかりか、最先端の半導体なくして実戦的な軍備拡張がままならなくなるからです。

先端半導体の分野では、中国は米国や台湾などに大きく引き離されています。中国は米国の規制に対する報復措置として、食糧や肥料、汎用品などの輸出規制をしたり、米国陣営の製品の不買運動を展開したりするでしょう。

30年かけて出来上がったサプライチェーンを見直して、中国やロシアに依存しない生産体制を再構築することは、世界中の企業の生産コストの上昇を招くことにつながります。ひいてはそれが人々の生活コストの上昇や生活水準の劣化に発展していきます。これは、企業の問題というだけでなく、私たちの生活に深く関係する出来事だと捉えたいところです。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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