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史上最年少・10代の囲碁名人はなぜ誕生したのか

内藤由起子囲碁観戦記者・囲碁ライター
タイトル奪取直後の19歳の芝野虎丸名人(2019年10月8日熱海市)=筆者撮影

19歳の囲碁棋士・芝野虎丸が新名人になった。「20代の名人はありえない」といわれてから約半世紀。なぜ最年少記録を更新できたのか。

囲碁界はプロ入りして数年しかたっていない10代の活躍が目覚ましい。

若手が台頭し、結果を出していく背景を探ってみた。

10代棋士が台頭

第44期名人戦挑戦手合、芝野は開幕戦を落としたものの、その後4連勝して七番勝負を制した。史上初、10代名人の誕生となった。その戦いぶりは安定し、敗れた張栩名人に「完敗です」と言わしめたほどだった。

9月23日には、17歳の高校生、上野愛咲美女流棋聖が一般(年齢、性別の区別のない)棋戦で準優勝する。女性初の準優勝が快挙とクローズアップされたが、17歳という若さもすごいことだった。

竜星戦準優勝の上野愛咲美女流棋聖=2019年9月23日、筆者撮影
竜星戦準優勝の上野愛咲美女流棋聖=2019年9月23日、筆者撮影

なぜ10代の若手がトップに立てるようになったのだろうか。

プロ修業を始める年齢

井山裕太四冠がタイトル戦線に出てくるまで、ほとんどのタイトルホルダーは修業時代、内弟子生活を送っていた

歴代名人を振り返っても、第1期の大竹英雄名誉碁聖から林海峰名誉天元、趙治勲名誉名人、小林光一名誉棋聖、加藤正夫名誉王座、武宮正樹九段、依田紀基九段、第30期の張栩九段まで、全員が内弟子経験者だ。

第31期以降の高尾紳路九段、井山裕太、山下敬吾九段、芝野虎丸名人の4人は、修業時代は親もとで暮らしている。

多くの棋士は、碁を覚えると地元で「神童」と言われるほどの上達を見せる。そして縁あって弟子入りするのだが、師匠が内弟子をとっていれば、師匠宅で兄弟弟子たちと寝食をともにし、切磋琢磨する生活を送ることになる。弟子入りすることで、碁漬けの生活を送り、プロとしての技量を身につけていく

問題は、弟子入りするなどプロとしての勉強の開始年齢だ。

歴代名人でもほとんどが小学校高学年から中学入学のタイミング、10歳から12歳で入門している。

飛び抜けて早いのが趙治勲。6歳で来日し、内弟子生活に入っている

国民栄誉賞を受賞した井山裕太が石井邦生九段に弟子入りしたのも6歳。石井からインターネット対局で1000局以上打ってもらったのが糧になった。

芝野虎丸は8歳で洪道場の門をたたいた

七大タイトル最年少記録は

1位 芝野虎丸(名人戦)19歳11カ月

2位 井山裕太(名人戦)20歳4カ月

3位 趙治勲(王座戦)20歳5カ月

10歳未満で本格的にプロの修業を始めた3人が、最年少タイトル記録ベスト3なのだ。

ちなみに上野愛咲美も、6歳で藤澤一就八段の囲碁教室に通い始めている

修業の環境を整えて

「環境を整える、あとは本人の努力次第」

元名人の依田紀基や元本因坊の趙善津九段ら多くの内弟子を育てた安藤武夫七段の言葉だ。

住む場所、食事、勉強する棋書などの環境を整えれば、あとは本人次第。やる気がない子どもは、やめさせるほうが本人のため

こんな考え方が、長い間主流だった。

大竹英雄、石田芳夫、加藤正夫、小林光一、趙治勲ら70人以上の弟子を育てた木谷實九段は、弟子本人の自主性を尊重した。囲碁への情熱が大事で、打つ内容も否定せず、個性を伸ばす方針で成長を見守った。

張栩の師匠、林海峰も内弟子を家族の一員として温かく迎え入れ、ともに研究、検討したが、基本的に放任。自身が研究に没頭する背中を見せることで育てた

「思い込んだら試練の道」は師匠のこと

近年では、子ども専門の囲碁教室や道場が多くなり、きめ細やかな指導をする師匠が登場してきた。

芝野虎丸は8歳のとき、プロ志望の兄の「ついで」に洪道場に通うことになった。

子どもの頃からおとなしく、挨拶以外、ほとんどしゃべらない。何か話させようとすると、泣く。しかし集中力は目を見張るものがあった。師の洪清泉四段が芝野の才能を見抜き、シャイな性格を理解し育んだ。

名人戦を制した直後、インタビューにこたえる芝野虎丸名人=2019年10月8日、筆者撮影
名人戦を制した直後、インタビューにこたえる芝野虎丸名人=2019年10月8日、筆者撮影

洪清泉「虎丸は中学1年のころ、爆発的に変身しました。虎丸が人の碁を見てよく観察しているので、『対局する時間を減らして、ぐるぐる見ていていいよ』といったら、ずーっと見ていて。そうしたら、ぱっとプロのレベルに化けたのです。そのあと、ある日からずーっと棋譜を並べ出しましたので、それも見守りました」

本人の性格と様子をよく見て、適切な声かけをする師匠がそこにいたのだ。

『思い込んだら試練の道』は、今は師匠のことを言うのです」と、上野愛咲美の師匠である藤澤一就八段。

今、やる気の出ない子どもでも才能のある子がいる。

愛咲美は放っておいたら碁の勉強はやらなかった。家にいたらやらないので、とにかく教室に来させてくださいと、親に言って。やりたくないことはやらせず、対局などやりたいことをさせました」。

子どもがどうやったら強くなるのか。本質的に何が大切かを見極めて、子ども達に伝える。

プロになる確率を上げるべく、碁の内容を見るのはもちろん、そのほかのありとあらゆる方法を考えて行くのだという。

親にも「悔いのないようにしましょう」と協力をあおぐ。精神的に安定する方法を考え、例えば、夜よく眠れるようにお父さんが一緒にランニングをした家庭もあった。

藤澤は今年に入って、1日も休みがないほど働いている。師匠になってからが試練の道になっている。

子どもの個性やフェイズに合わせて、日常的になにがベストかを考え続けているのが、現代の師匠の姿なのだ。

プロとしての本格的な修業を年少で始めることがスタートライン。そして、本人の才能はもちろん、それを引き出す名伯楽の存在が10代棋士の活躍を可能にしたのだ。

囲碁観戦記者・囲碁ライター

囲碁観戦記者・囲碁ライター。神奈川県平塚市出身。1966年生。お茶の水女子大学大学院修士課程修了。お茶の水女子大学囲碁部OG。会社員を経て現職。朝日新聞紙上で「囲碁名人戦」観戦記を担当。「週刊碁」「囲碁研究」等に随時、観戦記、取材記事、エッセイ等執筆。囲碁将棋チャンネル「本因坊家特集」「竜星戦ダイジェスト」等にレギュラー出演。著書に『井山裕太の碁 AI時代の新しい定石』(池田書店)『囲碁ライバル物語』(マイナビ出版)、『井山裕太の碁 強くなる考え方』(池田書店)、『それも一局 弟子たちが語る「木谷道場」のおしえ』(水曜社)等。囲碁ライター協会役員、東日本大学OBOG囲碁会役員。

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