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ラグビー日本代表はリスク覚悟で「エイトネーションズ」参戦に踏み切るのか?

永田洋光スポーツライター/週刊メルマガ『ラグビー!ラグビー!』編集長
昨年のW杯での日本対スコットランド。ファンは今こういう試合に飢えている!(写真:ロイター/アフロ)

この秋、ジャパンがシックスネーションズ勢と対戦?

 ジャパンがヨーロッパに遠征して、シックスネーションズの国々と対戦――7月29日に各紙が報じたニュースに、ラグビーファンは色めき立った。昨年のワールドカップ(W杯)の感動をもう一度、という願いが実現されるかもしれないからだ。

 背景はこうだ。

 新型コロナウイルスのパンデミックで、大会途中で一部の試合が延期となったシックスネーションズ2020が、10月24日から再開。まずは、第4節のアイルランド対イタリア戦が行なわれ、31日には同じく未消化だった最終節の全3試合が開催される。それから1週間のインターバルを挟んで、11月14日からこのシックスネーションズ6カ国に日本とフィジーを加えて、8カ国で「エイトネーションズ」という大会を新たに開くというのだ(参照AFPBBラグビー日本代表、欧州強豪らとの8か国対抗参戦へ 英報道)

 エイトネーションズは、8カ国を2つのプールに分けて行なわれる予定で、日本はスコットランド、フランス、イタリアと同組になった。そう、昨年のW杯でラグビーファンばかりか多くの国民を熱狂させた、あのスコットランド戦が再現されるかもしれない。

 ワールドラグビーも、日本時間30日に11月の国際試合スケジュールに関するプレスリリースを配信。そのなかで「10月24日から12月第1週の週末まで」を、北半球における国際試合の期間と明記した。つまり、ワールドラグビーが、この大会が行なわれる期間を担保したのだ。

 そして31日午前、日本ラグビー協会もプレスリリースを配信。タイトルは「日本代表11月国際試合予定変更のお知らせ」だった。

 いつもは国際試合の告知が遅い日本協会が素早い対応をした――と思ったが、記されていた内容は、11月14日に予定されていたスコットランド戦と21日のアイルランド戦が中止になった、というもの。

 え、この2試合に代わってエイトネーションズが開催されるのではないのか?

 と疑問が湧いたが、要は当初予定されていた11月の遠征が(今頃になって)正式に中止となった、という告知で、エイトネーションズについては一切触れられていなかった。

 うがった見方をすれば、エイトネーションズにジャパンが参加することが確定したかのような報道に対して、不参加の可能性もあるというメッセージを日本協会が発したと受け取ることもできる。エイトネーションズに参加するまでのプロセスを考えると、道程が決して平坦ではないことは事実で、参加すべきかどうか迷う気持ちも十分に理解できるからだ。 

 新型コロナウイルス感染「第2波」の真っ只中にいる日本で、11月までにW杯レベルの試合を戦えるだけのジャパンを作り上げることができるかどうか――それが、大きな壁となって、ファンの夢や希望の前に立ちはだかっているのだ。

ジャパンの結成と強化に立ちはだかる2つの難問

 日本国内のラグビーは、3月23日にトップリーグの中止が正式に発表されて以来、活動を再開させた男女セブンズ(7人制)代表などのいくつかの例外を除いて、活動を停止している。

 もっと言えば、試合が行なわれたのは2月22日、23日両日の第6節までで、直後の26日に新型コロナウイルス感染拡大による第7節と第8節の延期が発表され、その休止期間にリーグに所属するチームの現役選手が違法薬物所持で逮捕されて、さらに「コンプライアンス教育徹底」のために第9節、第7節の代替開催、第10節が中止。そのまま新型コロナウイルスの感染拡大を受けての、残り全試合中止へと推移した。

 つまり、試合が行なわれたのは、予定された15節のうちの6節に過ぎず、トップリーグでのパフォーマンスをもとに選手を選び、スコッドを編成するはずの日本代表強化も停滞を余儀なくされている。昨年のW杯で活躍した選手たちをベースに、新しく伸びた選手たちを加えて、23年W杯フランス大会に向けて華々しくスタートするはずだった強化は、結局「最初の一歩」すら踏み出せないままなのである。

 もし、11月14日に開幕するエイトネーションズに参加するのであれば、シックスネーションズ勢と同等のレベルで戦えるだけのジャパンを、ゼロベースから11月までの3か月あまりで作り上げなければならない。この強化のために残された時間の少なさが、まず一番大きな問題だ。

 もちろん、強化スタッフはめぼしい選手たちについて情報を収集しているから、スコッドの絞り込みはそれほど難しくないだろうが、問題は集めたスコッドの強化だ。

 日本代表候補として集めたメンバーは、これまで個人ベースのトレーニングを積んではいるものの、2月以来、全員が実戦から遠ざかっている。おそらく、コンディションにもバラツキがあるはずだ。しかも、スタッフを含めて全員にPCR検査を実施しなければならず、そこで陽性者が出た場合は、その選手やスタッフは改めて陰性が確認されるまでスコッドから除外される。

 その上でようやくチームの軸となる選手たちを決めていくことになるが、その間、トレーニングをどこで行なうかが第2の難問として浮かび上がる。

 昨年は、W杯に向けた厳しい合宿を宮崎で長期間行なったことが成果に結びついたが、現在の感染状況のなかで、果たして宮崎合宿のような集中的で長期間の強化が可能なのかどうか。

 これが問題なのである。

 政府が「Go To キャンペーン」に踏み切った今、宮崎で合宿を行なうこと自体は観光業の振興のためにはプラスになるかもしれないが、合宿期間中は最低でも数週間に1回はPCR検査を行なわなければならず、またひとたび感染者が出れば、最悪の場合、クラスター発生のリスクも背負わなければならない。

 サッカーJ1の名古屋グランパスで、厳重な感染対策が行なわれたにもかかわらず、経路不明で感染者が出るケースだってあるのだから(ダイヤモンド・オンライン 『Jリーグ「コロナ対策」の盲点、試合開催日程に検査追いつかず』参照)、どんなに感染予防を徹底してもリスクがゼロになるわけではない。それでも、強化のためには「3密」を覚悟でスクラムやラインアウト、ブレイクダウンといったコンタクトを伴うプレーを徹底的に磨き上げる必要がある。

 エイトネーションズに招かれることは日本ラグビーにとって光栄なことではあるが、それは、昨年のW杯レベルのパフォーマンスがジャパンには求められることを意味している。つまり、おざなりな強化で臨めるような大会ではない以上、ジャパンが参加するためには、新型コロナウイルスに感染しないよう細心の注意を払いながら、すべてのリスクを覚悟して高いレベルの代表チームを3か月で作り上げることが求められているのだ。

 こうした困難な道をあえて選択し、社会のなかで薄れかけたラグビーの存在感を、昨年並みに大きく打ち出せるのか。

 今、問われているのは日本協会の覚悟である。

スポーツライター/週刊メルマガ『ラグビー!ラグビー!』編集長

1957年生まれ。2017年に“しょぼいキック”を連発するサンウルブズと日本代表に愕然として、一気に『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)を書き上げた。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。他に『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、共著に『そして、世界が震えた。 ラグビーワールドカップ2015「NUMBER傑作選」』(文藝春秋)などがある。

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