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なんのためのサンウルブズ? 日本代表メンバーを使わなかったジェイミー・ジョセフの「背信」!

永田洋光スポーツライター/週刊メルマガ『ラグビー!ラグビー!』編集長
ホセア・サウマキの先制トライも空しく、サンウルブズは今季最下位が確定した。(写真:アフロ)

 サンウルブズとはなんだったのか。

 今、日本のラグビーファンの多くはこの疑問にどんな答えを出せばいいのか、頭を悩ませている。

 もともとは、強豪国との対戦を組むのが難しい日本代表を、実質的に同じようなメンバーで世界最高峰と言われるスーパーラグビーに参戦させ、選手たちに、強豪国とのテストマッチに匹敵する試合を数多く経験させることを目的に結成されたチームだ。いわば「日本代表強化」がサンウルブズ結成、スーパーラグビー参戦に至った根本的な理由であり、存在理由だった。けれども、肝心のラグビー・ワールドカップ(W杯)が日本で開催される今年になって、存在理由は明らかに無視された。いや、自ら否定したも同然だった。

 日本代表をヘッドコーチ(HC)として率いるジェイミー・ジョセフは、年初に、W杯に向けた強化を進めるに際して、サンウルブズとは別個にW杯トレーニングスコッドを結成してそこに代表候補選手たちを集め、2チーム体制で強化する方針を明らかにした。

 当初は、誰も異論を挟まなかった。

 W杯が自国で開催される千載一遇の機会に、南半球への遠征が多いサンウルブズに候補選手を全員集めるよりも、トレーニングスコッドを日本にそのまま常駐させて強化を続ける方が理にかなっているからだ。

 そして、こうも思っていた。

 きっと全試合が秩父宮ラグビー場で行なわれる日本でのサンウルブズ戦には、ほぼ日本代表メンバーで固めたサンウルブズが登場し、スーパーラグビーを強化試合の一環として戦うのだろうと。つまり、遠征用サンウルブズと、ホーム用サンウルブズを完全に切り離してスーパーラグビーに参戦し、代表強化に励むと同時に、秩父宮に“ほぼジャパン”のメンバーを結集させて、W杯に向けたラグビーの一大プロモーションを展開するのだろうと、誰もが思っていたのだ。それが、もっとも効率的なサンウルブズ活用法であるからだ。

 6月1日。

 サンウルブズは、今季のホーム最終戦をオーストラリアに本拠を置くブランビーズと戦い、19―42と敗れて7連敗。2試合を残して今季の最下位が確定した。

 先発フィフティーンに日本代表キャップを持つ選手は、浅原拓真、徳永祥尭の2名のみ。対象をリザーブメンバーに広げれば、キャップ持ちは三上正貴、大戸裕矢、内田啓介、山沢拓也、ラファエレ・ティモシーの5名が加わるが、3日に発表された日本代表スコッドに名前があったのは、このうち徳永、三上、ラファエレの3名のみ。それでも秩父宮には1万6千人を超える観客が集まったが、これではファンの期待に応えられたとは到底言えない。

 なにより、W杯に臨む日本代表メンバーがどういう顔ぶれになるかを知りたいファンの希望は最後まで叶えられず、また彼らが本気の強豪チームと対戦するとどの程度の力関係になるかといった最大の関心事も、見事にスルーされてしまった。

サンウルブズは本当に「代表強化」に役立ったのか?

 スーパーラグビーが16年から18チーム体制になったことでサンウルブズに参加するチャンスが訪れたが、18チーム体制は17年度限りで終了。昨季からは15チームに減らされている。その際サンウルブズも削減対象となったが、「W杯開催国である日本代表強化のため」という理由を錦の御旗にしてこの危機を乗り切った。

 けれども、昨季もそうだったが、サンウルブズに日本代表のエリジビリティ(代表資格)を持つ選手はさほど多くなく、今季はますます減って大義名分は完全に空手形となった。

 今年3月に、スーパーラグビーを運営するサンザ―(SANZAAR)は21年シーズンから14チーム総当たり制に変更することを発表。サンウルブズは、20年度限りで「除外」されることになった。このとき、サンウルブズが引き続きスーパーラグビーに参加する条件として、サンザ―から「10億円」とも言われる費用負担を要求され、日本ラグビー協会が拒んだことが報道されて、サンウルブズ撤退=日本協会の不手際のような報道も為された。

 けれども、そうした報道のなかで、サンウルブズの実像を問題視するような論調はほとんど見られなかった。日本代表のエリジビリティを持たない選手たちが、ニュージーランドなどで主流のラグビー・スタイルをコピーして戦うようなチームが、本当に「日本代表強化」に役立っているのか、誰も深く追及しなかったのだ。

 私は、この点も除外対象となった要因ではなかったかと考えている。

 15年W杯で南アフリカを破る金星を挙げた日本が、その代表クラスをサンウルブズに集めてスーパーラグビーに参戦するというニュースを聞いたとき、サンザ―が期待したのは、あの試合で見られたような、日本的なラグビーのエッセンス=低いタックルと徹底的に鍛え上げられたフィットネス、考え抜かれたパスワーク=をスーパーラグビーでも披露してくれるのではないか、という期待だったはず。

 参加初年度の16年度は、そうした良さが発揮された反面、チームマネジメントが拙く、選手たちが疲労を回復できないまま試合に臨み、チーターズに92点奪われるような惨敗も喫した。そのときまだニュージーランドにいたジェイミー・ジョセフに替わって指揮を執ったのはマーク・ハメットで、ハメットはHC代行として日本代表の指揮も執り、来日したスコットランドを相手に接戦を挑んで見せた。

 けれども、ジョセフが来日して体制を固めて臨んだはずの17年度は、不慣れなキッキング・ラグビーを取り入れて2勝したのにとどまった。ジョセフその人が指揮を執った18年度は、開幕前に「トップ5に入る」と宣言しながら、3勝したのにとどまった。

 そして今季、同じく日本代表コーチでもあるトニー・ブラウンがサンウルブズのHCに就任したが、前述のように結果は出ていない。いや、シーズンを通して前半を健闘し、後半に疲労が蓄積すると反則が増え、スコアを逆転されたり、点差を引き離されたりといった、同じような負け方が続いている。

 どんな競技でも、前の試合で出た課題をいつまでも修正できないのは、選手の責任というより首脳陣の責任だ。たとえばプロ野球で、何試合も続けて似たような逆転負けを続けるチームがあれば、監督解任がメディアを賑わわせることになる。

 それなのに――つまり、ジョセフ体制になって以降、ラグビーの内容から魅力が薄れ、馴染みのない選手が多く登場しながら結果が出ないにもかかわらず――誰も、その流れを断ち切ろうとしなかった。

ヘッドコーチが公約を守ったことはあったのか?

 サンウルブズを運営するジャパンエスアールは、サンウルブズが秩父宮に新しい応援文化を築いたことを強調し、サンウルブズをスーパーラグビーから除外することに異を唱えたが、それは確かに1つの実績として認めるにしても、なぜジェイミー・ジョセフの“暴走”を止めなかったのか猛省した方がいい。たった一言「サンウルブズのホームゲームにジャパンのメンバーを出場させて、W杯への盛り上げに協力しろ!」と言えば良かったのである。

 ジョセフの雇用主である日本協会も同様に責任を負っている。

 このHCは、ジャパンでもサンウルブズでも公約を守ったことが一度もない。

 18年には、イタリア来日2連戦とジョージア来日を前に「3連勝する」と記者会見で話しながら、初戦の黒星に奮起したイタリアに敗れて2勝1敗に終わっている。前述の「スーパーラグビーでトップ5に入る」も然りだ。

 テストマッチも、格上チームからは1勝もしていない。ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズのニュージーランド遠征に主力をごっそりとられたアイルランドに連敗した上に(17年)、昨秋は、W杯の開幕戦で戦う格下のロシアを相手に27―32(前半10―22)と際どい接戦を挑まれた。

 それにもかかわらず、今季の日本代表は、ウルフパックという名前で、スーパーラグビーの2軍を相手に5試合戦ったのみ。しかも、その初戦ではハリケーンズBに31―52と敗れている。残り4試合は勝っているが、相手がモチベーションのさして高くない寄せ集めチームであることを考えれば、W杯に向けて参考になるわけではない。

 サンウルブズで本気の強豪と真剣勝負を戦うという絶好のチャンスが用意されていながら、ジェイミー・ジョセフはそのチャンスを活かさず、これから9月にかけて予定されているテストマッチ4試合を経るだけで、いきなりW杯本番に臨むのだ。

 折しも5月28日――1989年に日本代表が秩父宮でスコットランドを破ってから30周年の記念日だ!――に、NHKBSプレミアム『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』で、『世紀の番狂わせ~そして彼らはヒーローになった~』という番組が放送された。

 番組では、五郎丸歩、立川理道、廣瀬俊朗がそれぞれの視点からあの歴史的金星を振り返ったが、勝利にはいかに緻密なプログラムが必要であるかをこの3人は強調している。これを見ると、9月20日から始まるW杯に対して期待が高まるのではなく、不安が大きく膨らむことになるだろう(しかも、立川は3日発表のスコッドに選ばれていない!)。勝利には「フィフティ/フィフティ」ではなく、金星を「奇跡ではなく必然」(五郎丸)と言えるだけの準備が必要なのだから。

 ありとあらゆる決断を先に延ばし、真剣勝負を避けてきた日本代表は、7月27日から始まるパシフィック・ネーションズ・カップから、いよいよテストマッチに臨む。

 初戦の相手は強豪フィジー。

 果たしてそこに希望を見いだせるのか――ラグビーファンは、寝苦しい日々を過ごしている。

 

 

スポーツライター/週刊メルマガ『ラグビー!ラグビー!』編集長

1957年生まれ。2017年に“しょぼいキック”を連発するサンウルブズと日本代表に愕然として、一気に『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)を書き上げた。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。他に『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、共著に『そして、世界が震えた。 ラグビーワールドカップ2015「NUMBER傑作選」』(文藝春秋)などがある。

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