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西アフリカ・ニジェールのクーデタを歓迎するワグネル、警戒する欧米

六辻彰二国際政治学者
ニジェール議会前に集まったクーデタ支持のデモ隊(2023.7.27)(写真:ロイター/アフロ)
  • 西アフリカのニジェールで発生したクーデタを欧米各国は批判する一方、ロシアのワグネルは賞賛した。
  • ニジェール政府は欧米寄りのスタンスが目立っていたが、クーデタによりその先行きは不透明である。
  • こうしたクーデタはアフリカで他にもあり、それらは「ロシアが入り込んだ結果、欧米の縄張りが侵食された」というより「欧米寄り政権への現地の不信感が高まった結果、ロシアにチャンスが巡ってきた」パターンといえる。

 アフリカで広がるクーデタ・ドミノは、ロシアの影響がさらに拡大するきっかけになるかもしれない。

「植民者を取り除いた」

 ロシアの軍事企業ワグネルのエフゲニー・プリゴジン司令官は7月27日、SNSの音声メッセージで西アフリカ、ニジェールで発生したクーデタについて触れ、「彼ら(ニジェール軍)は植民者を取り除いた」などと称賛した。

 ニジェールではその前日7月26日、クーデタによってモハメド・バズム大統領が拘束された。TV演説でアマドウ・アブドラマネ大佐は権力奪取を宣言し、バズム政権下で治安悪化、経済・社会の不安定化などが進んだと批判した。

 そのうえでアブドラマネ大佐は各国に干渉しないよう求めた。

 これに対して、旧宗主国フランスがニジェール向け援助を停止し、EUやアメリカも同様の措置を検討するなど、欧米各国はクーデタ批判を強めている。バズム政権は欧米のパートナーと位置づけられてきたからだ。

 実際、ニジェールには訓練などの目的で1100人のアメリカ兵が駐留している。こうした背景のもと、昨年3月の国連総会でのロシア非難決議でもニジェールはアメリカなどの提案に賛同した。

反乱収束後、占領地から撤退するプリゴジン司令官(2023.6.24)。その消息は現在も不明である。
反乱収束後、占領地から撤退するプリゴジン司令官(2023.6.24)。その消息は現在も不明である。写真:ロイター/アフロ

 要するに、欧米寄りの大統領がクーデタで倒されたということだ。だとすると、逆にプリゴジンがこれを歓迎したことは不思議でない。

ワグネルはクーデタにかかわったか

 6月末に反乱を起こした直後、プリゴジンはベラルーシに逃れていたが、すぐに出国した後、行方不明になっている。それ以来、ワグネルとロシア政府の関係はかつてほど良好でないとしても、ニジェールのクーデタに関してはおそらくプーチンもプリゴジンと同じ感想を抱いているとみられる。

 ただし、ワグネルがニジェールのクーデタを引き起こした、とは断定できない(その方がストーリーとしては面白いかもしれないが)。

 2010年代末からロシアはアフリカ進出を加速させてきた。その際、経済より軍事面での協力をテコにしており、ワグネルは現地政府との契約に基づき、事実上ロシア軍の代役として、アフリカ各地でイスラーム過激派の掃討作戦、鉱山など重要施設の警備などの任務にあたり、2021年末までに17カ国、アフリカ大陸の約3分の1の国での活動が確認されていた。

 そのなかでワグネルが内政に深くかかわる疑惑も浮上している。米CNN は今年4月、スーダンの内戦で反政府軍にワグネルがミサイルを提供したと報じた(ワグネルはこれを否定している)。

 これと比べて、ニジェール政府はそもそもワグネルと契約しておらず、国内にロシアの部隊はいない。ホワイトハウス報道官は7月27日の会見で「ロシアが関与した明白な兆候はない」と認めている。

なぜ欧米寄り政権は倒されたか

 しかし、それでもニジェールのクーデタには懸念が噴出している。英BBCのフランク・ガードナー特派員は「アフリカにおける欧米の影響力が乾季の池のように沈み込んでいる」と認めた。

 そのうえで、「(すでにワグネルと契約した事実上の軍事政権の国である)ブルキナファソ、中央アフリカ、マリなどは欧米よりむしろロシアの野蛮なワグネルと手を組むことを決定した。ワグネルの第一の目的は自らの利益とロシア政府の影響力を伸ばすことにあり、この地域に良いガバナンスを育成しようとしてきた欧米の後に続くことではない」と痛罵している。

 こうした論調は欧米だけでなく、日本を含む先進国全体を代表するものかもしれない。

 ワグネルやロシアが自分たちのためにアフリカ進出を目指していることに異論はない。また、それが欧米あるいは日本を含む先進国を揺るがせることも確かだ。

 しかし、ガードナーの高論には抜けている部分がある。「だとすれば、ワグネルがいないニジェールで、なぜ欧米寄り政権が打倒されたのか」に、全く触れられていないのだ。

 その結論を端的にいえば、クーデタに対する外部の反応とは裏腹に、軍に拘束されたバズム大統領に対して、国内では幅広い不満があった。実際、クーデタ支持のデモは少なくない。その一部は7月30日、フランス大使館に火をつけるなどした。

 つまり、欧米寄り政権が現地で評判がいいとは限らないのだ。

クーデタを招いた腐敗と治安悪化

 バズムは2021年の選挙で前任者マハマドゥ・イスフ元大統領のコロナ対策、テロ対策、経済運営などの失政を批判し、汚職を追求して勝利した。

 しかし、「ミイラ取りがミイラになる」という言葉通り、当選後はバズム自身に汚職の噂がつきまとった。昨年5月、ニジェールのNGOは1年間で9900万ドルが国庫から不正に消えたと報告している。

 その一方で、先進国はイスラーム過激派の活動をほとんど忘れているが、アフリカではむしろその勢力が拡大しており、ニジェールでも今年だけで77件のテロ事件が発生している。その一因は、アメリカがアフガンから完全撤退した翌2022年、旧宗主国フランスがこの一帯でのテロ掃討作戦を大幅に縮小したことがある。

 そのうえニジェールでは地球温暖化に由来する乾燥や周辺国からの難民流入などを背景に、全人口の約5分の1に当たる440万人が食糧危機に直面している。

 こうした不満をそらすかのように、バズム政権は今年1月、これまで認められていた同性婚を一転して禁じ、同性愛者を死刑にできる法律の制定を提案するなど、強権化した。

 しかし、こうしたことに欧米はほとんど口を開かなかった

 国連などの場で行動する政府の支持さえ取り付けられれば、現地の人々の意思や希望を見てみぬふりすることは、程度の差はあれ、ロシアや中国だけの専売特許ではない。少なくとも、ガードナーが強調するほど「アフリカの良いガバナンスを欧米が育成してきた」かは疑問だ。

「政府とだけ」の関係は危険

 アフリカでは2021年だけで5カ国でクーデタが発生するなど、コロナ禍で経済が逼迫した2020年以降、クーデタが急増している。

 そのほとんどは政府が経済不安などに対応できず、しかも選挙で交代させることも難しい状況で発生した。つまり、ローカルな要因が原動力になることがほとんどである。

 しかし、多くの場合、政府とよい関係を築いている外国も敵意の対象になりやすい。そういった外国の支援が、問題の多い政府の延命につながっているとみなされるからだ。

 そういった状況で欧米寄りとみられる政権への不信感がクーデタを招き、それによって成立した軍事政権が欧米以外と緊密な関係を築くことは珍しくない。2021年にフランス寄りの政権がクーデタで打倒され、その後ワグネルと契約したマリは典型例だ。

 つまり、「ロシアが入り込んだためにアフリカにおける欧米の影響力が損なわれた」のではなく、「欧米寄り政権に対する現地の不満が高まった結果としてロシアにチャンスが巡ってきた」ケースは珍しくないのだ。

 とすると、先進国がアフリカ陣取り合戦でリードを回復するなら、アフリカの政府だけでなく一般の人々にもっと目を向ける必要がある。クーデタが発生してからワグネルやロシアを批判しても後の祭りなのだから。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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