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南アフリカでなぜ「テロの恐れ」経緯や関与組織は…知っておきたい基礎知識4選

六辻彰二国際政治学者
スペインのサンチェス首相と記者会見に臨むラマポーザ大統領(2022.10.27)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 アメリカは「南アフリカで大規模なテロ計画がある」と発表した。その背景には何があるのか。4点に絞ってみていこう。

1.アメリカは何を警告したか

 南アフリカにあるアメリカ大使館は10月26日、「大規模なテロ計画があるという情報を入手した」と発表し、現地に暮らすアメリカ市民に警戒を呼びかけた。

 それによると、最大都市ヨハネスブルグ近郊のサントン地区が、10月29日前後に狙われているとして、アメリカ大使館員に29日、30日にはこの地域の人混みを避けるよう伝えたという。

 サントンは外国企業のオフィスや外国人向けのホテル、ショッピングモールが立ち並ぶ地区で、警備員も各所に配置されている。

サントン近郊(2020.9.10)
サントン近郊(2020.9.10)写真:ロイター/アフロ

 もともとヨハネスブルグは治安の悪さで知られる街だ。サントンはヨハネスに外国人が安心して滞在できる区域として整備された区域で、筆者も調査のため南ア滞在中にしばしば利用した経験がある。

 それだけにサントンは外国メディアも立ち入りやすく、「目立ってなんぼ」のテロリストからすれば格好の標的という言い方もできる。

2.テロリストとは誰か

 在南アフリカ・アメリカ大使館は「どの勢力によるものか」については何も触れていない

 南アで大規模テロを起こしかねない勢力としては、まずイスラーム過激派があげられる。

 念のために確認すれば、アフリカ大陸は南部にいくほどムスリムが少なく、南アの場合は人口の1.7%に過ぎない。

 それでも2016年、南ア政府は「イスラーム国(IS)」が南アを物資や人の移動の拠点にしていると報告した。

 イスラーム過激派はアフリカ大陸南部へ勢力を徐々に広げている。2017年、南アの隣国モザンビークでは「イスラーム国(IS)」に忠誠を誓うアフル・スンナ・ワル・ジャマア(ASWJ)が発足し、67万人以上が避難民となるほどのテロと戦闘が続いている(国際的にはほとんど注目されないが)。

 周辺国はこうした情勢の解決に協力しているが、それはイスラーム過激派にとって「敵対行動」と映る。そのため、南ア諜報機関はISを差し迫った脅威とみなし、実際にISは今年7月、南アでの活動拡大を予告していた。

3.警戒すべきはイスラーム過激派だけか

 しかし、南アフリカでテロを起こす可能性があるのはイスラーム過激派だけはなく、白人右翼という可能性も無視できない。

 この地には18世紀以来、多くのヨーロッパ系人が定着してきた。それは現在の白人と黒人の所得格差の元凶でもある。

 そのため近年では黒人の一部から「白人の財産没収」を求める意見すら飛び出しているが、それはかえって白人の拒否反応を強め、差別主義的なグループも台頭してきている。

 2019年11月にはショッピングモール、移民居住区、政府施設などに生物兵器を用いて攻撃することを計画していた白人極右組織「全国クリスチャン抵抗運動」のリーダーらが逮捕され、今年9月に裁判で終身刑が科された。

 ほとんどの白人右翼は有色人種や移民だけでなく、同性愛者も嫌悪する(この点ではイスラーム過激派と同じ)。

 そのため、今回のアメリカ大使館の警報に関して、現地メディアnews2429日にサントンで予定されていた同性愛者のイベントとそこに参加予定の有名コメディアンが標的になった可能性が高いと報じた。

 このイベントは結局、厳重な警戒のなか、予定通り29日に実施された

4.警報は適切だったか

 今回の警報は、「そもそも海外のテロ計画の危険をアメリカが直接発信したことは適切だったか」という問題を抱えている。

 アメリカの警報があった翌日、スペイン首相との会談で南アのラマポーザ大統領は「我々と何の相談もなしにアメリカが発信したことは不幸なことだった」、「我々の国民にパニックを起こすような発信を外国政府が行なったことは不幸だ」と述べた。

 アメリカ政府はこれまでにもしばしば外国でのテロ警報を直接発信し、現地政府と物議を醸してきた。

 例えば2010年10月、アメリカ政府は「ヨーロッパで大規模なテロ計画がある」と発表して、アメリカ市民に渡航自粛を呼びかけた。これにEU加盟国は強く反発し、ベルギーの当時の内務大臣は「こうしたことはヨーロッパの不安定を助長する」とさえ述べた。

 本来、何らかのテロ情報をキャッチしたなら政府間で伝達され、現地政府が警報を発するのが筋だ

 逆に、その当然の手順を踏まないことは「相手の政府を信頼していない」というメッセージにさえなりかねない。

 情報の信頼性にもよるが、むやみに「脅威」を発信されれば、その国の社会・経済に悪影響を及ぼすことにもなりかねない。ところが、コトの性質上、アメリカが事前に行う警報にはターゲットなどに曖昧な部分が多く、それがトラブルに拍車をかけやすい。

 こういうと「それだけアメリカは国民の生命を重視しているのだ」という意見もあるかもしれない。しかし、アメリカ国内では年間100件以上のテロ事件が発生しているが、アメリカ政府が国内で日付や場所を特定して市民に警報を発することはほとんどない。

 そこまでして海外で警報を出し、それが当たればまだしも、空振りになった場合は「アメリカが大国風を吹かせた」という印象だけが残りやすい。

 先述の2010年のヨーロッパの場合、結局そのタイミングで大規模テロは起こらなかった。

 それがアメリカの過剰反応の結果だったのか、あるいはアメリカの警報によってテロ組織が計画を中止したのかは不明だ。

 今回の場合、南ア政府はアメリカに不満を述べる一方、各地のイベント会場などで警戒を強めた

 もちろん、何も発生しないに越したことはない。しかし、今後しばらく南アで何も発生しなかった場合、アメリカの過剰反応だったのか、警報があったゆえの結果だったのかは謎として残るのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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