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トランプ復活の狼煙としてのウクライナ侵攻――米ロ‘蜜月’は再生するか

六辻彰二国際政治学者
G20サミットで握手する当時のトランプ大統領とプーチン大統領(2017.7.7)(写真:ロイター/アフロ)
  • ウクライナ侵攻で手も足も出ないことで、アメリカではバイデン政権の支持率低下に拍車がかかる公算が高い。
  • もともとプーチンにとってはバイデンよりトランプの方が扱いやすかった。
  • ウクライナ侵攻でバイデンの求心力が低下すれば、2024年アメリカ大統領選挙でトランプが復活するきっかけになり得る。

 ロシアのウクライナ侵攻は、アメリカでトランプ復活の援護射撃になるかもしれない。

プーチンを称賛したトランプ

 ロシア政府とウクライナ政府の協議が28日、始まった。その行方がどうなるにせよ、ウクライナ侵攻は今後の世界に大きな影響を与えるとみられる。その一つがトランプ復活だ。

 ウクライナ侵攻とトランプに何の関係があるか。まず、ウクライナ侵攻に関するトランプの態度をみておこう。

 ウクライナ侵攻が始まった2月24日、トランプはTVで「不正操作された選挙の結果だ」と述べた。自分が大統領だったらこんなことはなかった、といいたかったのだろう。そのうえでトランプはプーチンを「すごく頭がいい(pretty smart)」と持ち上げた。

 プーチンを高く評価するトランプだが、トランプ政権時代にウクライナ侵攻がなかったことを考え合わせれば、「あのプーチンを抑えていた自分はもっとすごかった」という話になりやすい。

トランプに救われたプーチン

 ただし、例によってトランプのコメントには留保も必要だ。

 トランプ政権時代にプーチンが動かなかったのは「アメリカを恐れたから」ではなく「アメリカを恐れる必要がなかったから」といった方が正確だろう。プーチンにとってトランプはむしろ安心できる存在だったからだ。

 例えば、NATO加盟国はトランプ政権時代、ギクシャクし続けた。

 「アメリカ第一」を掲げるトランプ政権は相手を構わず関税引き上げの対象にしただけでなく、「同盟国がアメリカにタダ乗りしている」と強調して負担増を求め、ヨーロッパ駐留米軍1万2000人を撤退させるとも宣言した(バイデン政権になって撤退は中止)。

 混乱する西側はロシアの目に「恐れるに足らず」と映ったことだろう。これに拍車をかけたのは、トランプ政権がウクライナ支援に熱心でなかったことだ。

 トランプ政権は2018年、対戦車ミサイル、ジャベリンを含む3000万ドル相当の兵器売却をウクライナに約束したが、同じ年のうちにこれを凍結した。これは国内政治が理由だったとみられる。

 この当時すでに、2020年大統領選挙でバイデンがトランプの有力な対抗馬になると見込まれていた。ライバルを蹴落とすため、トランプはバイデンがオバマ政権の副大統領だった時代にウクライナで行った汚職に関する捜査をウクライナ当局に求め、これが断られたため武器供与を凍結したと、後に告発されることになった。

 この間、ロシアは傭兵などを用いてウクライナ東部の実効支配を強化していった。つまり、トランプ政権時代にロシアはすでに事実上ウクライナ東部を手に入れていたうえ、アメリカやNATOをさし迫った脅威と感じずに済んだ。だから、何がなんでもウクライナを確保するため、侵攻する必要もなかったといえる。

アメリカ内政としてのウクライナ問題

 トランプのロシア寄りの姿勢は、その登場からして不思議ではない。もはやほとんど忘れられているが、トランプが当選した2016年大統領選挙では、ロシアが組織的に関わっていたという疑惑(ロシアゲート)が大きな問題になった。

 もっとも、アメリカ大統領選挙に手を伸ばしたのはロシアだけではなく、トランプの対抗馬だったクリントン陣営にはウクライナがアプローチしていたといわれる。2014年のクリミア危機以降、ウクライナとロシアの対立はアメリカの国内政治にも影を落としてきたのだ。

 しかし、さすがにロシアの支援で当選したというイメージは、アメリカ大統領として致命的だ。だから当選後のトランプは疑惑払拭のため、ことさらロシアに厳しい態度を示さざるを得なくなり、クリミア危機に関連する対ロシア制裁を段階的に強化した。

 そこには党派的な事情もあった。もともと共和党は民主党よりロシアに対して強硬で、クリミア危機でも共和党支持者ほどウクライナへの軍事援助に積極的だったため、トランプ政権にはその支持を取り付ける必要もあったのだ。

 しかし、これはほぼ「格好だけ」で、先述のようにトランプ政権の対ロシア政策は穴だらけだったわけだが、この転機になったのが2021年のバイデン政権発足だった。

 トランプ政権と対照的にバイデン政権はウクライナ支持が鮮明で、さらに中国だけでなくロシアの封じ込めに熱心でもある。昨年10月にバイデン政権が、トランプ政権時代に凍結されたジャベリン提供に踏み切ったことは、その象徴だ。

 つまり、超大国アメリカを再生させようとするバイデンの登場は、ロシアにとって大きな圧力になった。これがロシアの危機感と暴走を呼ぶきっかけになったとすれば、「アメリカ第一」のトランプの方が、プーチンからすればよほど扱いやすかったといえる。

2024年大統領選挙のオッズは

 この背景に照らすと、プーチンがそれをどこまで狙っていたかは定かでないが、少なくとも結果的に、今回のウクライナ侵攻がトランプ復活の援護射撃になることはほぼ間違いない

 バイデン政権の支持率は、その経済対策やコロナ対策への批判から低下する一方で、今年1月の世論調査では、その仕事ぶりを「高く評価する」と「ある程度評価する」が41%だったのに対して、「全く評価しない」「あまり評価しない」が56%だった。

 この支持率は、ロシアのウクライナ侵攻に実効性ある対策を講じられなければ、さらに下がっても不思議でない。

 ところで、アメリカでは今年秋に議会選挙が行われ、ここでバイデン政権への評価が問われるが、これと並行して2024年大統領選挙に向けたキャンペーンも始まる。そして、大統領復帰を目指すトランプは、すでにその台風の目になっている

 アメリカ大統領選挙の勝敗は資金額によって大きく左右されるといわれるが、トランプの政治団体 ‘Save America’ は昨年だけでオンラインの宣伝に640万ドルを支出している。これは共和党関係者のなかで屈指のレベルだ。

 さらに知名度は抜群であるため、立候補を表明すれば有利は固い。気の早いベッティングサイト(賭けのプロモーター)では、すでに2024年大統領選挙が賭けの対象になっているが、そのなかにはトランプがバイデンを抑えて一番人気になっているものもある。

 このトランプの勢いは、ウクライナ侵攻でプーチンの存在感が際立つほど、加速するとみられる。だとすると、「プーチンはすごく頭がいい」というトランプの評価には、単に「あのプーチンを抑えていた自分はすごい」という自画自賛以上の意味があるとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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