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‘安全なカナダ’でなぜ?――‘トラック軍団占拠’の影にいる者

六辻彰二国際政治学者
トロントで道路を封鎖して抗議するフリーダム・コンボイ(2022.2.5)(写真:ロイター/アフロ)
  • カナダを代表する大都市オタワやトロントの中心地を1000台近い大型トラックが1週間にわたって占拠している。
  • その多くはワクチン義務化に反対するトラック運転手やその関係者だが、これに極右が紛れ、デモを煽っている。
  • 占拠の長期化にオタワ市は緊急事態を宣言したが、強硬手段は極右をさらに過激化させかねないため、カナダ政府の手腕が問われている。

 カナダの大都市オタワやトロントは1月末から、その中心部が無数のトラックによって占拠されている。デモ隊の中心にいるのはワクチン接種の義務化に抗議するトラック運転手だが、その影にはカナダ政府に「テロ組織」に指定される極右団体の姿もある。

オタワの緊急事態宣言

 オタワのワトソン市長は2月7日、緊急事態を宣言した。市中心地が1週間にわたってトラックの大群に占拠され、交通が遮断されて市民生活に悪影響が出ているというのだ。このデモ隊はフリーダム・コンボイ(Freedom Convoy)を名乗っている。

「自由にさせろ」と掲げるデモ参加者(2022.2.5)
「自由にさせろ」と掲げるデモ参加者(2022.2.5)写真:ロイター/アフロ

 その名の通り、フリーダム・コンボイに参加している多くは長距離トラックの運転手だ。

 アメリカとの国境を超えて物資を輸送するトラック運転手に、カナダ政府は1月、コロナワクチンの接種を義務づけた。これに抗議するフリーダム・コンボイは、オタワやトロント中心地に陣取り、カナダ政府にワクチン接種義務化の撤廃を要求している。

 その主張は「自分の健康を公権力によって決定されることが権利の侵害にあたる」。言い換えると、「自分のことを自分で決める自由」を強調するからフリーダム・コンボイというわけだ

 しかし、それと並行して、商店のショーウィンドウが破壊されたり、四六時中クラクションが鳴り響いたり、マスクを着用している者や病院関係者などが罵声を浴びせられるといったトラブルも増えており、6日までに7人が器物損壊や窃盗で逮捕されている。あるオタワ市民はアル・ジャズィーラの取材に「安心して道も歩けない…占領されたみたいだ」と答えている。

 それぞれの国の「平和度」を表す世界平和指数(2021年版)でカナダは第10位にランクインした。ここでは犯罪発生率の低さ、政治的安定、社会・経済システムの安定に加えて、フレンドリーな人が多いことなどが評価されている。

トラック運転手を歓迎するフリーダム・コンボイ支持者(2022.1.27)
トラック運転手を歓迎するフリーダム・コンボイ支持者(2022.1.27)写真:ロイター/アフロ

 その国で発生したフリーダム・コンボイによる占拠は、コロナ禍をきっかけに世界各地で玉突きのように広がる混乱を象徴する。

デモを煽る「テロ組織」

 もっとも、このデモはトラック運転手全体からの抗議というわけではなく、むしろその中でも少数派に属する。運送業者の連合体であるカナダトラック連合は「85%の運転手はワクチンを接種している」として、占拠に反対する声明を出している。

 圧倒的に少数派であるはずだが、家族や友人を同伴したトラック運転手が集まることで、フリーダム・コンボイは1000人以上の規模に膨れ上がったとみられる。

 そして、彼らを煽っているのが、極右団体スリー・パーセンター(Three Percenter)だ。

 スリー・パーセンターはもともとアメリカの極右団体で、ムスリムを標的にした爆弾テロや、ブラック・ライブズ・マター(BLM)参加者への襲撃などを繰り返してきた。アメリカ政府は国内の白人団体の取り締まりに及び腰だが、カナダ政府はスリー・パーセンターの支部を昨年「テロ組織」に指定している。

 オタワやトロント中心地を占拠するフリーダム・コンボイの参加者にはスリー・パーセンターの旗やナチスの旗を堂々と掲げる者も含まれ、反イスラーム的ヘイトメッセージを記した横断幕も掲げられている。そのため、カナダの人権団体アンチヘイト・ネットワークは「フリーダム・コンボイは極右の乗り物以外の何物でもない」と批判する。

 極右が反ワクチン抗議デモに紛れたり、それを扇動したりすることは、今や欧米で珍しくない。「反社会的」とみなされやすい極右にとって、反ワクチンを叫ぶ一般市民と歩調を揃えることは、社会的な認知を得るために便利な隠れミノになるからだ。

 また、そもそも欧米の極右は公権力への不信感が強く、税金の納付さえ「政府による強奪」と拒絶する者も珍しくない。その極右にとって、ワクチン接種や自宅待機の強制はイデオロギー的にも受け付けられないものである。

 フリーダム・コンボイはクラウドファンディングを通じて資金協力を募っていたが、これにトランプ前大統領を含むアメリカの保守的政治家が応じたことは、その意味では不思議でない(内外から批判が高まった結果、寄付金の返還が始まっている)。

 こうして極右が便乗して膨れ上がったフリーダム・コンボイをトルドー首相は「市民には抗議する権利があるが、ヘイトは答えにならない…まじめに働く者を侮辱したり、その権利を侵害したり、ホームレスから食べ物を奪う者を我々は恐れない」と強く非難している。

世論調査によると、カナダ市民の68%が占拠を「普通ではない」と感じており、フリーダム・コンボイに抗議するデモもしばしば発生している。

強制排除はあり得るか

 緊急事態を宣言したオタワのワトソン市長は、デモ隊のバリケードなどによって消防隊の活動が妨げられるといった問題をあげて「我々の街を取り戻さなければならない」と述べ、連邦政府レベルでの対応が必要と強調した。

 ただし、強制排除はデモ隊をさらに過激化させかねないため、ハードルが高い。それは理由のない心配ではない。

 例えば、昨年1月にアメリカで発生した連邦議会議事堂占拠事件では、何人もの警官が暴徒に味方した。

 多くの欧米諸国では、イスラーム過激派によるものを上回るペースで白人極右によるテロ事件が多発しているが、トランプ政権下でそのイデオローグとして暗躍した Q-Anonの信奉者は警察や軍隊のなかにまでいるのだ

 これをカナダに置き換えれば、フリーダム・コンボイの強制排除は一歩間違えればヤブヘビになりかねない。

 かといって、放置すればスリー・パーセンターなど極右団体をますます増長させるだろう。

 いかに事態を収拾するかに「正解」はないかもしれないが、それがコロナ対策だけでなく今後の国内テロ対策にも関わってくるだけに、カナダ政府の手腕が問われていることは間違いないだろう。

【追記】

ワトソン市長は「オタワ市長」であり、「トロント市長」ではありませんでした。訂正してお詫びします。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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