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AI(人工知能)をめぐる軍拡レース――軍事革命の主導権を握るのは誰か

六辻彰二国際政治学者
映画「ターミネーター」(1984)のスチール(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカではこれまで国家権力と距離を保ってきたシリコンバレーでも、AIの軍事利用に協力する動きが広がっている。
  • そこには中国などの台頭によって「AI分野でのアメリカの優位が脅かされている」という危機感がある。
  • 軍事利用を前提とするAI開発レースの本格化は、戦争のあり方を大きく変える可能性を秘めている。

 AIの発達は我々の生活を便利にする一方で、戦争を劇的に変えるポテンシャルも秘めており、AI開発はいまや核兵器のそれと同じく、大国間の軍拡レースの主な舞台になっている。

ロボット兵器から効率的な作戦まで

 G7サミットに先立つ2日前の6月10日、ホワイトハウスはAI研究のタスクフォースを新たに設置すると発表した。これは国をあげてAIの研究・開発を加速させるものだが、その念頭には経済的な効果だけでなく軍事利用もある。

 人間の歴史上、鉄砲、航空兵力、核兵器などの登場は、それまでの戦争のあり方を大きく変えた。AIの登場は、これらと並ぶほどの軍事革命の一つといわれ、特にアメリカで研究・運用が進んでいる。

 そこには(映画「ターミネーター」のように完全なヒト型でないとしても)自律して作動するロボット兵器の実用化だけでなく、戦場で孤立した部隊の指揮官が効果的・効率的な命令を下せるシステムの構築など、作戦全般にかかわる領域までも含まれる。

 AIの軍事利用が進むなか、アメリカはこの分野で同盟国と協力することにも関心をもっており、昨年のG7サミットでは各国首脳がAI開発における協力を確認した。

オープンな技術開発からの転換

 アメリカをはじめ各国におけるAI開発競争は、技術開発の大きな変化を象徴する。

 近代以降、技術開発は国家主導の軍事分野で進みやすかった。コンピューターがもともと第二次世界大戦中にロケットの弾道計算などのために開発されたものであることは、その代表だ。

 しかし、冷戦終結後の1990年代以降、技術開発の主役はシリコンバレーに代表される民間企業になり、それにつれてヒトや情報が国境を超えて交わる「オープンな研究」が主流になった。

 ところが、近年の先進国では国家主導で、軍事利用を前提とするAI開発が広がっている。これに対しては消極的な意見もある。例えば、Googleの AI学習機能開発にも携わったジョージタウン大学のティム・ファンは、AIをめぐる軍拡レースが技術の囲い込みを生み、世界全体にとっての不利益になると警鐘を鳴らしている。

「AIのリーダーが世界を支配する」

 それでも国家が技術開発で大きな役割を果たす潮流は、先進国とりわけアメリカですでに大きなうねりになっている。その背景には、アメリカの優位が脅かされるという危機感がある。

 中国政府は2017年、戦略技術としてAI開発に国家をあげて取り組み、「知能化戦争(Intelligentized Warfere)」でアメリカに対抗する姿勢を打ち出した。

 同じ年、ロシアのプーチン大統領も「AI分野でのリーダーが世界の支配者になる」と述べている。実際、シリア内戦ではロシア軍が無人走行の軍用車両を投入して注目を集めた。

 中国やロシアだけではない。

 2020年10月、ナゴルノ・カラバフ地方の領有権をめぐるアゼルバイジャンとアルメニアの軍事衝突で、アゼルバイジャン軍は「カミカゼ・ドローン」と呼ばれるイスラエル製無人機を用いて、アルメニア軍のロシア製S-300地対空ミサイルを大破させるなどの戦果をあげた。AIを搭載したカミカゼ・ドローンは、一定の空域を飛び回り続け、標的と判断したものに自動的に空爆する。

「アメリカの優位は危機にある」

 AIの軍事利用を進める各国は、いち早く実用化することで、市場シェアの拡大とともに、更なるイノベーションに必要な実戦データの蓄積を目指している。

 ロボット兵器に関していうと、AIと国防に関する調査会社RAINリサーチの調査では、タイプ別にみて2019年段階で最も多く開発されている軍用の無人航空機(UAV)は、情報収集を主な目的とする小型・戦術UAVで、この分野におけるアメリカと中国の生産量は、それぞれ世界全体の34%、10%だった。

 ただし、より技術水準の高い、爆撃能力をもつタイプ(UCAV)になると米中のシェアはそれぞれ37%と31%と差が小さく、中高度・長航続時間UAVに限ればアメリカの15%に対して中国の26%と逆転している。

 こうした状況に、国家安全保障委員会の議長を務めるGoogle元CEOのエリック・シュミットは今年3月、「AIにおけるアメリカの優位は危機にある」と述べ、中国やロシアによるサイバー攻撃やフェイクニュース拡散に対抗するために、技術競争力に関する審議会の設立、半導体の国内生産、「軍人と同等に重要な人材育成のため」のデジタルサービスアカデミー設立などを提言した。

 国家安全保障委員会にはその他、Amazon、Microsoft、Oracleなどの代表者もメンバーとして名を連ねている。これまで国家権力と距離を保ってきたシリコンバレーにも政府に協力する気運が高まっていることは、AI軍拡レースが本格化したことを意味する。

AI軍拡レースがもたらすリスク

 AIの軍事利用、とりわけロボット兵器には自軍兵士の犠牲を減らしたり、人員不足を補ったりする効果が期待されるため、近い将来に多くの国が領空・領海を警備する無人機などを採用することも想定される。

 ただし、AIの軍事利用やその開発レースには大きく二つのリスクがある。

 第一に、アクシデントによる軍事衝突を増やしかねないことだ。

 領空・領海を誤って侵犯した航空機や船舶などにロボット兵器が反応してしまった場合、AIの判断速度に人間がついていけず、制御できないまま、衝突が連鎖反応的に広がることもあり得る。欧州外交問題評議会のウルリケ・フランケはこうした偶発的衝突のリスクを「火花の戦争」と呼び、その危険性を指摘する。

 第二に、責任の所在が曖昧になることだ。ハッキングされたり、バグを起こしたりしてロボット兵器が人間を殺傷した場合、誰がその責任を負うのか。

 戦闘中の行為は、そもそも責任が曖昧になりやすい。しかし、人間が引き金を引くのではなく、機械のセンサーによって兵器が作動することは、それで犠牲者が出ても、人間が軍事力の行使に最終的な責任を負うという意識をこれまで以上に希薄にしてしまう。

 そのため国連ではロボット兵器に関する規制に取り組んでおり、その責任者である日本の中満泉・国連軍縮担当上級代表は昨年、米Politicoのインタビューに「2年以内に」ロボット兵器の国際的な規制に目処をつけられると語っていたが、ロシアや中国だけでなくAIの軍事利用に熱心なアメリカやイギリスもそれに抵抗している以上、近い将来に意味のある規制が生まれるとは想定しにくい。それはAI軍拡レースをさらに加速させるだろう。

 こうした懸念があっても、相互の敵意と警戒によってエスカレートするAI軍拡レースは、歯止めなく深刻化する世界情勢の縮図といえる。その行方がどうなるのか、それこそAIにでも聞くべきだろうか。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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