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コスパ最優先の「次世代の戦争」――実験場になったリビア内戦が示すもの

六辻彰二国際政治学者
リビア政府軍の兵士(2020.2.3)(写真:ロイター/アフロ)
  • 埋蔵量でアフリカ大陸一の産油国であるリビアの内戦は、多くの国が介入する代理戦争の様相を呈している
  • 介入する外部の国は「自軍兵士の犠牲を減らしつつ戦果をあげる」という意味でコスパをあげるため、遠隔操作できるドローンと、戦死しても「戦死者」にカウントしなくてよい傭兵の利用を増やしている
  • しかし、その結果、外部のスポンサーにとって介入のハードルが引き下がっていることで、リビア内戦は激化しつつある

 国際的に注目されることの少ないリビア内戦は、次世代の戦場の実験場になっている。そこでは「自軍兵士の犠牲」というコストの削減が目立つが、それは結果的に戦闘をドロ沼化させてもいる。

「空爆誕生の地」の現在

 現代の戦場で当たり前のように行われる空爆は、イタリア・トルコ戦争の最中の1911年にイタリア軍が北アフリカのリビアで初めて行ない、その後の第一次世界大戦などで急速に普及した。空爆は「自軍兵士の犠牲を減らしながら相手に大きな損害を与える」という意味でコストパフォーマンスが高いといえるが、それから約100年後の今日のリビアでは、それがさらに「進化」している。

 ここでまず、背景としてのリビア内戦を簡単に確認しよう。

 リビアでは2011年の政変「アラブの春」で、この国を40年以上に渡って支配したカダフィ体制が崩壊した後、混乱が続き、2015年に多くの政党を糾合した「国民統一政府」が発足した。ここにはイスラーム団体「ムスリム同胞団」も含まれる。

 国民統一政府は国連からの承認も受けているが、これに反対する世俗的な民兵組織の集合体「リビア国軍」が昨年4月、首都トリポリに進撃を開始。激しい戦闘で、国内避難民は昨年末に34万人を超えた。

 リビアは埋蔵量でアフリカ大陸一の産油国であるため、この内戦には多くの国が介入し、代理戦争の様相を呈している。

 国民統一政府には、1947年までリビアを植民地支配したイタリアの他、ムスリム同胞団を支援するトルコやカタールが協力している。これに対して、リビア国軍にはムスリム同胞団を敵視するサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプトの他、アフリカ一帯に勢力拡大を図るロシアやフランスが支援している。

コスパ対策その1 ドローン利用

 このリビア内戦で目立つのがドローン攻撃の応酬だ。国民統一政府はトルコ製「バイラクタルTB2」を、リビア国軍はUAEから提供された中国製「翼竜」を、それぞれ用いている。

 アフガンなどでアメリカ軍がドローンを用いていることはよく知られるが、最近ではイエメンの武装組織フーシ派がサウジアラビアの油田やタンカーを攻撃したことでも注目された。

 とはいえ、リビアほどドローンが飛び交う戦場も少ない。イギリスのシンクタンク、ドローン・ウォーUKの代表、クリス・コール博士はリビア内戦を「ドローン戦争のグラウンド・ゼロ」と呼ぶ。

 有人の戦闘爆撃機より安価で、しかも騒音が小さくて発見されにくいドローンは、「自軍兵士の犠牲を減らしながら戦果をあげる」という意味ではコスパがよいかもしれない。

 しかし、遠隔操作のため標的の確認が不十分になりがちで、民間人の殺傷も多い。それが大量に用いられることは、いつ何時、どこから攻撃されるかわからない緊張感をこれまで以上に高めるものでもある。

 リビアでは2019年8月、南部ムルズークで集会所に集まっていた40人以上の民間人がリビア国軍のドローン空爆で殺害されている。

コスパ対策その2 傭兵の派遣

 「自軍兵士の犠牲を減らしながら戦果をあげる」という意味でのコスパ重視は、ドローン利用だけではなく、正規軍ではない兵力の投入にもみてとれる。

 その象徴は、ロシアの民間軍事企業「ワーグナー・グループ」だ。ワーグナー社員の多くはロシア軍出身者だが、なかにはウクライナ人、アルバニア人、セルビア人などもいるとみられ、これは要するに傭兵だ

 ワーグナー社員の1カ月の給料は8万~25万ルーブルといわれ、これはロシアの平均月収(約4万6000ルーブル=約8万円)の2~6倍にあたる。

 ワーグナーはウクライナやシリアでも活動が報告されているが、リビアに関してはUAEとの契約に基づき、昨年末の段階で約1000人がリビア国軍を支援しているとみられている。国民統一政府のムハンマド・アル・ダラート司令官は米誌フォーリン・ポリシーに対して、彼の部隊の被害の約30%が高度な訓練を受けたワーグナーのスナイパーによるものと述べている。

 民間軍事企業はアメリカやイギリスにもあり、1990年代からアフリカの内戦で頭角を現し、その後はイラク侵攻(2003)後のイラクでも活動した。その特性から民間軍事企業は自国政府との結びつきが強いが、ロシアの場合は特にそれが顕著で、「ワーグナーはロシア国防省の一部に過ぎない」という見方もある。

「戦死者を出さない」軍事展開

 いわば兵力を外注することで、各国は「自軍兵士の犠牲を減らす」ことができるだけでなく、国内の反戦世論という政治的コストをも軽減できる

 ロシアでは経済の悪化で「新しい靴を買えない家庭が3割強」といわれるほど市民生活がひっ迫している。さらに、「フェイクニュース規制」を名目にSNS規制が強化されたこともあり、政府への不満は高まっている。こうした背景のもと、リビアで新たな戦線を開くことは、プーチン大統領にとってもハードルが高い。

 しかし、正規軍でない部隊なら、その心配も小さくて済む。

 実際、アメリカがイラク駐留などの人員を、正規のアメリカ軍を上回るほど民間軍事企業から調達したことは、傭兵が死亡してもアーリントン墓地に葬らなくてよい(アメリカ軍の戦死者にカウントしなくて済む)ことが大きな理由だった。

 自国の兵士が海外で被害にあえば、国民から批判や不満が出やすいことは、民主的でない国でも基本的に同じだ。つまり、ワーグナーによってロシアは「戦死者」を出さずにリビアで軍事展開できることになる。

イスラーム過激派の「再利用」

 同様のことは、もう一方の国民統一政府を支援するトルコについてもいえる。トルコは正規軍だけでなく、2000人以上のシリア人戦闘員をリビアに送り込んでいるが、その多くはシリア内戦でトルコが活用したイスラーム過激派メンバーとみられる

 つまり、シリア内戦での利用価値を失った「手駒」に、トルコは新たな活動の場を与えたとみられるのだ。これに加えて、トルコ政府はシリア内戦で戦ったはずのイスラーム国(IS)系の戦闘員までリビアに送り込んでいるという報道もある。

 トルコではエルドアン大統領の強権的な統治に批判の声もあり、経済の悪化とともに国外での軍事作戦にも批判が高まっている。トルコ政府にとってシリア人戦闘員を用いることは、自国兵士の犠牲を減らし、反戦世論を抑えるうえで有効だろう。

 リビアに送り込まれたシリア人戦闘員は、トルコ政府から月額で約2000ドルの「給与」を支給されているといわれる。

外交的コストのカット

 これに加えて、傭兵の利用には、正規軍の派遣にともなう外交的コストを軽減する効果もある

 ロシアに関していうと、プーチン大統領はアフリカ大陸への進出を重視しているが、その一方でリビア国民統一政府の中核を占めるイスラーム組織への警戒感は強い。その結果、ロシアは世俗的な傾向の強いリビア国軍を支援している。

 ところが、先述のように、国連はロシアが支援するリビア国軍ではなく、国民統一政府を承認している。「正統な政府を攻撃する反体制派」への支援は、珍しいものではないが、外交的には不利な条件になる。

 そのうえ、やはりリビア国軍を支援するサウジアラビアやUAEは、シリア内戦やイラン危機ではロシアと敵対する立場にある。時と場合によってパートナーを変えることも珍しくないが、あまりそれが目立てば「無節操な国」とみられやすくもなる。

 こうした環境のもと、正規軍を派遣するなら、正当化のための労力が大きくなる。しかし、形式的には民間企業であるワーグナーの活動なら、ロシア政府は公式には「国際的に認められた政府の転覆に関わっていない」「(他所で敵対しているはずの)UAEなどと協力していない」と言い張って済ますことができる。

先端を行くアフリカ

 このように、各国はコストを軽減しつつ戦果をあげる形でリビアに関与している。こうした軍事展開は、今後ほかの戦場で模倣されることもあり得る。

 しかし、ドローンや外国人傭兵の投入は、結果的にリビア内戦を激化させている。戦闘が長期化すれば、死傷者の数だけでなく、兵力を投入する側にとってのトータルコストもむしろ大きくなりかねない。

 「コスパ重視の戦争」の実験場とされたリビアは、ある一面からのコスパ向上が全体にとってのコストをむしろ膨れ上がらせる危険性についての実験場になっているともいえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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