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インド首相はウィルスの「スーパー拡散者」――人災としてのコロナ蔓延

六辻彰二国際政治学者
コロナで死亡した親戚のそばに立ちつくすニューデリーの住民(2021.5.4)(写真:ロイター/アフロ)
  • インドのモディ首相はコロナ第4波が迫るなかで行われた4月の選挙で、選挙活動を自粛した野党と対照的に、堂々と多くの支持者を集めた。
  • そのうえ、モディ政権はムスリムに集団礼拝を禁じながら、支持基盤であるヒンドゥー保守派に配慮して、ヒンドゥーの宗教行事で密が発生するのを防がなかった。
  • さらに、インド政府はコロナ対策に関するデマの一つのソースにさえなっている。

 急速に感染者・死者を増やすインドのコロナ禍は、政治を優先させた首相や政府による人災としての面がぬぐいがたい。

「これほどの群衆はみたことがない」

 インドのコロナ拡大が止まらない。世界保健機関(WHO)の統計によると、5月2日現在、累計の感染者数は約1,955万人でこれはアメリカ(約3,200万人)に次ぐ規模だが、その直前の1週間の感染者数は259万人を上回り、この間の死者数(23,231人)とともにダントツの世界一だ。感染者数だけに絞れば、ヨーロッパ大陸(116万人)や南北アメリカ大陸(133万人)を上回るレベルにある

 これについて、インドでは「モディ首相が選挙や政治を優先させて感染をさらに広げた」という批判が噴出している。

 インドでは4月、5つの州議会選挙と4つの選挙区で連邦議会補選が行われた。これはすでにコロナ第4波がインドに押し寄せ、感染爆発が起こり始めていた時期だった。

 そのため、最大野党インド国民会議などは大規模な選挙集会を自粛するなど、感染対策を意識した対応をとった。

 ところが、これに対して与党、インド人民党(BJP)は「選挙活動を行なうことは憲法で認められた権利」と主張し、モディ首相もBJP候補を応援するため各地に出向き、その度に多くの群衆が選挙集会に集まった。

 しかも、モディ首相は密を回避するよう呼びかけるどころか、むしろ多くの支持者がマスクもせずに集まるのを歓迎した。4月17日、西ベンガル州の選挙集会でモディ首相は「これほど多くの人が集まったのは今までみたことがない」と称賛している。

 これはコロナ禍に直面する国の最高責任者としては、不用意だったといわざるを得ない。実際、モディ首相の言動に対して、インド医師会の副会長は「医療対策より政治を優先させるスーパー拡散者(Super Spreader)」と批判し、SNSでは#Superspreaderが頻繁に用いられるようになった。

 ちなみに、モディ首相の自画自賛にもかかわらず、西ベンガル州の州議会選挙で与党BJPの候補は敗北した。

ヒンドゥー至上主義の影

 スーパー拡散者としてのモディ首相の言動には選挙キャンペーンだけではなく、ヒンドゥーの宗教行事で密の発生を防ごうとしなかったことも含まれる。

 インドには「クンブ・メーラ(Kumbh Mela)」と呼ばれるの宗教行事があり、今年は4月にヒンドゥーの聖地の一つ、ハリドワールで開催された。クンブ・メーラでは人々が河で沐浴をするが、感染対策なしに数万人がハリドワールの河畔に集まったため、あちこちで密が発生した。その結果、ハリドワールでは4月12日、それまでで最多となる1日1,333人の感染者が発生し、その後も多くの感染者を出し続けたが、クンブ・メーラが規制されることはなかった。

 その一方で、モディ政権は「コロナ対策」を名目に、昨年からしばしば国内のムスリムが礼拝所に集まることを禁じてきた

 こうしたアンバランスな方針の背景には、モディ政権のヒンドゥー至上主義がある。モディ政権は「インド人=ヒンドゥー教徒」という図式を強調し、国内の他の宗教、とりわけイスラームに対するヘイトや迫害を事実上黙認してきた。

 ムスリムはインド人口の約15%に過ぎず、その集団礼拝を禁じながら、人口の多くを占めるヒンドゥー教徒の宗教イベントを規制しないことは、感染対策を度外視した、BJP支持者以外は誰も喜ばない政治的な決定と言わざるを得ない

「アーユルヴェーダがコロナに効く」

 モディ政権への批判や不満をさらに加熱させているのが、政府から漏れる非科学的なデマだ。

 コロナ感染が急拡大するインドでは、ウィルスやワクチンより早くデマが広がっており、そのなかには「酸素ボンベがなければ薬品を霧状に噴霧するネブライザーで代用できる」、「インド人はコロナウィルスに耐性が強い」といったものが含まれる。このうち、ネブライザーに関しては、念のいったことに「ニンニク、シナモン、甘草の根を入れると効く」といったウワサまでSNSで拡散しているという。

 もっとも、こうしたデマはインドに限った話ではない。コロナをきっかけに各国ではフェイクニュースが蔓延しており、日本でもトイレットペーパーが店頭から消えたのはそう昔の話ではない。

 しかし、インドの場合により深刻なのは、政権からもこういったレベルのデマが漏れてくることだ

 感染爆発が続いていた4月14日、インド政府のコロナ対策の最前線にいるV.K.ポール博士は記者会見で、インドの伝統医学アーユルヴェーダに基づくダイエットサプリChyawanprashや、ハーブやスパイスの煎じ薬Kadhaなどを感染予防として勧めた

 これに対して、インド医師会の前会長が「仰天するような内容で、人々を誤らせるものだ」と批判するなど、即座に多くの医師から嵐のようなブーイングが噴出したことは不思議でない。

コロナ対策の足枷としての政治

 科学軽視のレベルで言えば、アメリカのトランプ前大統領やブラジルのボルソナロ大統領と比べてまだマシなのかもしれないが、それでもモディ政権にも同様の傾向はうかがえる。

 各国を見渡すと、コロナ感染の拡大には政治的要因が多かれ少なかれあるが、インドの場合はそれがとりわけ鮮明だ。政治とは本来、国家や国民の利益を幅広く実現するはずのものだが、モディ政権の場合にはヒンドゥー至上主義や伝統に傾いた支持者を喜ばせるという狭い意味での政治がコロナ対策の足を引っ張っている

 その意味で、インドの状況は、コロナ禍にあっても国民より支持者最優先になりがちな狭い政治の標本ともいえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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