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スーパースターを取り込む習近平の計算高さ――アリババ巨額罰金の意味

六辻彰二国際政治学者
アリババが開催したショッピングイベント(2020.11.12)(写真:ロイター/アフロ)
  • 中国当局はアリババをはじめ情報通信系の民間企業への統制を強めている。
  • これは表面的には「独禁法違反」への制裁だが、習近平体制にとっては国家戦略に民間企業を協力させる手段にもなる。
  • さらに、アリババを押さえ込むことは習近平にとって自らの神格化を進める上で目ざわりな存在を小さくする効果もある。

 アリババをはじめとする情報通信系の民間企業を「独禁法違反」で締め付けることは、習近平体制を強化するものといえる。

「政府の健全な規制に感謝する」

 中国最大の通販サイトを運営し、アマゾンの最大のライバルとも呼ばれるアリババが4月10日、独占禁止法違反によって約182億元(約3050億円)相当の罰金支払いを命じられた。これはアリババの年間国内売上高の4%にあたる。

 この罰金はこれまでにない規模だが、アリババが事前に懸念していたほど厳しいものではなく、強制捜査や資産売却も免れた。そのため、今回の決定に対してアリババが「政府の健全な規制や尽力」への謝意を示していることも、不思議ではない。

 今回、独禁法違反の対象になったのは、メッセージアプリWeChatを運営するテンセントなど大手民間通信事業者12社を含む。そのほとんどがアリババと同じく、想定されていたものより軽微な罰則で済んだ。

 巨大な情報通信企業による独占的地位の濫用や税金逃れは先進国でも問題になっているが、中国でもこの点は変わらない。その意味で今回の措置が、影響力を増す情報通信企業に対するいわば「警告」であることは間違いない。

民間企業を取り込む習近平体制

 ただし、調査がわずか4カ月で終結したことから、今回の決定が結論ありきの政治的な取り締まりだったとみても無理はなく、そうだとすると習近平体制は民間企業への統制を本格化し始めたといえる。

 改革・開放以来、国営企業が中心となってきた中国経済だが、いまや民間セクターはGDPの6割を占める。こうした民間企業を習近平体制は国家方針に協力させてきた。例えば、海外向けの中国によるコロナ対策支援の50%は民間企業の出資による

 また、「一帯一路」構想のもとユーラシアからアフリカにかけて大規模に行われてきたインフラ建設が中国の景気後退を背景に縮小傾向を見せるなか、財政負担をかけずに進出を加速させる手段としても、民間企業による投資は重視されている。

 習近平体制はいわば民間企業をこれまで以上に動員する形で海外進出を加速させ、アメリカなど西側との対立を乗り越えようとしているとすると、資金力のある巨大通信企業の統制はそのためにも必要だったとみられる。

習近平とジャック・マー

 その意味で、今回の罰金の対象にアリババが含まれていたことは示唆的だ。アリババほど習近平体制の方針に協力的だった民間企業も珍しいからだ。

 コロナ感染の拡大にともなう「マスク外交」の一環として、中国は昨年3月、いち早くアフリカの全ての国に向けてマスクや人工呼吸器を提供し始めたが、この際に流通を担ったのはアリババだった。

 こうした協力に照らせば、アリババは中国政府の「手先」のようにも映る。しかし、中国政府に率先して協力してきたこと自体、アリババの苦しい立場を物語る

 アリババの創業者ジャック・マー(馬雲)氏は中国を代表するカリスマ企業家で、一代で巨大企業グループを作った立志伝中の人であるだけでなく、中国の内外で若者の起業を支援する取り組みなどにも定評がある。このように国際的にも高く評価されるマー氏は、「毛沢東以来の指導者」として自らを半ば神格化し、国内の全てを握ろうとする習近平にとって目の上のタンコブといえる。

 そのため、これまでにもアリババと中国政府の間には緊張がみられた。

 アリババは2015年、模造品の取扱が十分でないと当局から指摘された際、これに公然と反論し、最終的に規制当局が主張の取り下げを余儀なくされた。その後、マー氏は2019年9月に電撃的に経営の第一線から引退したが、その引退自体が中国政府との確執によるものという観測も飛び交った。

 さらにマー氏は昨年10月、「中国の金融規制がイノベーションを阻害する」と当局を批判し、物議を醸している。

 習近平体制をただ批判しているだけでは、アリババはもっと以前に潰されていた可能性すらある。言い換えると、マー氏は独自の立場を保つためにも、中国政府の方針に率先してきたといえる。

スーパースターの囲い込み

 その一方で、マー氏がいかに目の上のタンコブでも、共産党内部の派閥抗争でみられる、政敵を問答無用で収監するようなやり方を適用するのは習近平にとってリスクが高い。マー氏の影響力の大きさを考えれば、「強制排除」はむしろ自らの求心力を傷つけ、やぶ蛇になりかねないからだ。

 その意味で、今回の「実質的にはダメージを与えない範囲での懲罰」は、習近平体制がマー氏をはじめ巨大企業の経営者を排除するのではなく、むしろ影響下に置くものといえる。

 歴史を振り返ると、有能な者、人望のある者を「自分を脅かす脅威」と捉え、排除するタイプの「独裁者」は、一見とてつもなく大きな権力を握っているが、そういう支配者ほど権力の土台がもろくなりやすい。茶聖・千利休に切腹を命じた豊臣秀吉も、「アフリカ戦線の英雄」ロンメル将軍に自殺を強要したヒトラーも、その強迫観念がかえって周囲から人を遠ざけ、最終的に彼らの権力は空洞化した。

 現代でいうと、ロシアのプーチン大統領は1999年に権力を握って以来、体制に批判的な新興財閥の主な経営者を相次いで脱税容疑で収監しただけでなく、それらの多くを国有化したが、これはプーチンの剛腕ぶりを象徴するとしても、企業の活力を大きく損なうものでもあった。

 習近平もやはり、これまでに意に沿わない民間企業経営者を排除してきたが、少なくとも情報通信企業を標的にした今回の決定に関する限り、カリスマ経営者を排除するよりむしろ首に縄をつけ、自分の役に立たせようとする習近平は、より計算高いともいえる。

 今後、アリババはなんとか独立性を維持しようとするだろうが、とりわけ海外での活動に関してはこれまで以上に政府の方針に沿ったものにならざるを得ない。それはワクチン外交やその後の中国の外交を支える財布になるとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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