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中国軍が中東に基地を構える日――中国は「第二のアメリカ」になるか

六辻彰二国際政治学者
訪中したイランのザリーフ外相を迎える王毅外相(2019.8.26)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • 中国は中東イランのキーシュ島を25年間租借する権利を得て、ここに軍事基地を構えようとしていると報じられている
  • これが事実なら、中国はアジア、中東、アフリカを結ぶ海上ルートを確立しつつあるといえる
  • ただし、イランに軍事基地を構えた場合、中国自身も大きなリスクを背負うことになる

 海洋進出に合わせて中国はアジア、アフリカ各地に軍事基地を構えてきたが、今度は中東がそのターゲットになっている。

ペルシャ湾に中国軍基地ができる?

 中東の大国イランは今、コロナだけでなく、あるウワサによって揺れ動いている。イラン政府が中国との間で、4000億ドルの資金協力と引き換えにキーシュ島を25年間貸し出すことに合意したというのだ。

 ペルシャ湾のキーシュ島は91.5平方キロメートルで、約4万人が暮らす小島だが、大きな港がある他、平坦な地形のため飛行場もあり、交通の便は悪くない。

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 その立地条件から古代から人が行き交い、古い街並みが観光名所にもなっている。最近では自由特別区としてショッピングセンターや高級ホテルが立ち並ぶリゾート地としての顔ももつ。

 このキーシュ島を中国に長期リースするという情報は、債務をタテに中国がスリランカの港の使用権を手に入れた一件を思い起こさせるため、イランで政府への不信感と批判が高まっているのだ。

何が合意されたのか

 では、この情報は確かなのか。

 問題になっているのは、2016年に交わされた「中国・イラン包括的パートナーシップ協定」だ。昨年9月、米ペドロリアム・エコノミストは関係者の証言として、8月にイラン外相が北京を訪問した際、この協定に以下の内容がつけ加えられたと報じた。

・中国がエネルギー開発に2800億ドル、インフラ整備に1200億ドル、それぞれイランで投資すること

・その引き換えに、中国はイラン産原油を12 %割引き価格で購入できること

・中国の施設を警備するため中国兵5000名がイランに駐留できること(イランへの訓練も含まれるといわれる)

 これだけでも中国のプレゼンスがかなり増す内容だが、さらに追い討ちをかけるように今年2月、イランの民間メディア、タスニム通信が内部情報として「修正された協定にはキーシュ島のリース契約も含まれる」と告発した。それによると、キーシュ島に中国が恒久的に軍事拠点を構えることになる

 これをきっかけに、イラン国内の様々な立場から批判が噴出。反米的な保守強硬派のアフマディネジャド元大統領がナショナリストらしく「イラン国民はこの協定を拒否すべき」と主張する一方、もともとイラン現体制に批判的な亡命イラン人組織、イラン国民抵抗会議も「イラン史上最悪」と酷評している。

 イラン政府は合意内容を明らかにしておらず、中国政府もこの件には沈黙したままだ。しかし、いずれも明確に否定しないことは、キーシュ島租借に関するウワサに真実味を与えている。

誰がリースに向かわせたか

 仮に一連の報道が事実なら、中国はイランが困り果てた状況でキーシュ島の租借権を手に入れたことになる。イラン外相が北京を訪問し、協定が修正されたといわれる昨年8月は、ちょうどアメリカとの対立が激しくなった時期にあたるからだ。

 トランプ大統領は「イランが核開発に着手している」と主張し、2015年のイラン核合意を一方的に破棄。2018年暮れには経済封鎖を再開し、特に2019年春頃からは段階的に制裁を強化しただけでなく、戦略爆撃機などを派遣してイランを威嚇し始めた。

 トランプ大統領の主張はオバマ政権の業績を否定するとともに、北朝鮮との協議が行き詰まるなかで、大統領選挙に向けたアピールだったとみてよい。

 ともあれ、アメリカによるこれまでにない圧力は、イランをそれまで以上に中国に接近させ、国内から批判が噴出することが目に見えていたキーシュ島の租借にまで足を踏み入れさせたといえるだろう。

中国の軍事展開への警戒感

 いずれにしても、このままキーシュ島に軍事施設ができれば、中国はユーラシアからアフリカにかけてのインド洋一帯での展開能力を高めることにもなる。

 「一帯一路」構想を掲げる中国は、その沿線上にこれまでにもジブチやセーシェルに軍事基地を構え、南沙諸島にも施設を建設してきた。

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 これは「中国企業関係者の警備のため」というのが中国側の言い分だ。

 中国は2011年、「アラブの春」でカダフィ体制が崩壊したリビアに、油田で働く中国人労働者を救出するため軍艦を派遣した。この一件は、中国に中東・アフリカ一帯での展開能力を高める必要性を感じさせたとみられる。

 とはいえ、中国軍の海外展開が警戒感を招きやすいことも確かだ。それは西側諸国やインドなど周辺の大国だけでなく現地でも同じで、特にイランの場合、ジブチやセーシェルなどの小国と異なり、地域の大国としての自負もある。だとすると、イラン政府が協定の内容を明らかにしないことは不思議でない。

中国は「第二のアメリカ」になるか

 その一方で、キーシュ島に軍事拠点を構えれば、中国にとって新たなリスクが浮上することにもなる。

 外国軍隊の駐留はどこでも摩擦を生みやすいが、イスラーム圏ではとりわけ「異教徒の軍隊」への拒絶反応が強い。国際テロ組織アルカイダを率いたオサマ・ビン・ラディンがアメリカを断罪した一つの理由は、湾岸戦争(1991)でイラク軍を攻撃する拠点としてサウジアラビアに米軍が基地を構えたことにあった。

 このパターンに照らしてみると、イランに軍事拠点を構えた場合、中国はインド洋からペルシャ湾にかけての一帯でのプレゼンスを高められるだろうが、そのプレゼンスが大きいだけに、過激派から標的にされる公算も大きくなる。それは中国の中東進出におけるアキレス腱になり得る。

 中国政府はこれまで米軍の海外展開をしばしば「帝国主義」と批判し、「中国はアメリカと違う」と強調してきた。しかし、イスラーム圏で敵意の的になった場合、中国とアメリカの違いはこれまでになく小さくなるとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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