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「一世帯に30万円給付」は高いか安いか――海外のコロナ補償との比較

六辻彰二国際政治学者
衆議院本会議場での安倍首相(2020.4.2)(写真:つのだよしお/アフロ)
  • 政府・自民党はコロナで経済的に苦しくなった世帯に30万円を給付する方針を固めた
  • 海外との比較でみると、この金額は直接給付としては決して安くないが、給付対象はかなり絞られている
  • そのうえ、「一世帯30万円」以外の救済措置でみると、日本は諸外国より大きく出遅れている

 政府が打ち出した「一世帯に30万円給付」は、海外と比べて決して安くない。ただし、それは「家計への直接的な支援に限れば」であって、コロナで生活が悪化した人へのトータルの支援で日本は大きく出遅れている。

直接給付をしている国は多くない

 アベノマスクの余韻が冷めやらなかった4月3日、安倍総理は自民党の岸田政調会長と「コロナで悪影響を受けた一世帯あたり30万円を給付すること」に基本的に合意した。

 この金額は世界的にみて高いのか、安いのか? これに関して、主な国と比較してみよう。

 以下はコロナ蔓延が特に目立つアメリカ、イタリア、スペイン、ドイツ、フランス、そしてコロナ封じ込めに成果をあげたと評価されるシンガポール、それぞれの政府が打ち出してきた主な経済対策だ(教育や医療などを除く)。

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 ここから、直接給付はアメリカ以外であまり行われていないことが分かる。つまり、コロナで悪影響を受けた人々への直接給付は人目をひくが、それを柱にしている国はそもそも多くない(なぜなのかは後で触れる)。

 では、そのアメリカと比べて「一世帯に30万円」はどうなのか。

 アメリカでは「大人一人につき13万円、子ども一人で5万5000円」と想定されている。仮に大人二人と子ども一人の家族を想定すれば、アメリカでは31万5000円になる。この場合、日本の「一世帯に30万円」と大差ない。

 もっとも、両親に子どもが二人以上いる場合、アメリカの方が手厚いことになる。

「30万円」の対象は多くない

 一方、単身世帯で比べれば、日本の方が2倍以上高くみえる。とはいえ、単身者が喜ぶのは早い。

 日本では単身世帯が「生活費が少なくても済む」とみなされて審査が厳しくなる見込みだ。

 もっとも、単身世帯の方が生活コストの総額は安いだろうが、住居費や光熱費などが割高になるため、公平性を保つ計算は面倒になるとみてよい。どのように調整するかは結局、窓口となる市町村に投げられる。

 そのうえ、支給される対象は日本の方がかなり絞り込まれている

 アメリカ政府は「年収7万5000ドル(約820万円)未満」で検討しているが、日本政府と自民党は「夫婦2人の世帯の場合25万円未満(年収で換算して300万円)」とする案で調整中だ。

 この場合、対象になるのは、全国の約5分の1にあたる1000万世帯にとどまるとみられる。

生活支援は全体的に手薄

 さらに重要なことは、日本では「一世帯に30万円」だけが先行して、その他の生活支援が海外と比べて手薄なことだ

 ここで、日本政府がこれまでに打ち出した主な経済対策をあげておこう。

 先にあげた各国の表と見比べてもらえば分かるが、日本では企業向けのローンが中心で、生活に困った人への支援はかなり心もとない(ローン中心という日本政府のやり方は、筆者が専門にしている国際協力などでも基本的に同じ)。

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 逆に、諸外国では企業支援とともに、生活に悪影響を受けた人々への支援も行われてきている。

 その多くは、コロナ対策として一から作られた直接給付という形ではなく、もともとある社会保障の適用範囲を拡大することで行われている。すでにある制度を使うので、スピーディーな対応や一度限りでない生活支援ができると期待されており、特に社会保障が発達したヨーロッパで目立つ。

 例えばイタリアやフランスでは、子どもの学校が休校で自宅にいなければならない親に対して、育児休暇や病気休暇を拡大して適用できるようにしている。

 スペインでは、基本的に失業保険の対象にならない自営業者やフリーランスにも、特例でこれを適用すると決定している。

 フランスでは、コロナで悪影響を受けた企業に、給与の84%を支払うという条件で「従業員を“一時的に”解雇できる」と認められた(コロナ終息後に一時的解雇は回復することになっている)。

 ドイツでは、子育て世帯に直接給付があり、在宅せざるを得ない親に所得の67%が保障されている他、住居費や公共料金の支払い猶予が定められている。

社会保障の拡張がない

 こうしてみたとき、アメリカで直接給付が主流なのは、社会保障がヨーロッパほど発達していないことの裏返しといえるだろう。もっとも、そのアメリカでさえ、スペインと同じく自営業者やフリーランスも特例として失業保険の対象に加えている

 また、コロナ封じ込めに大きな成果をあげたといわれるシンガポールでも、追加対策としてすでに自営業者・フリーランスに対する給付を検討している。

 これに対して、日本では法的には非正規雇用でも社会保険に入れるはずだが、企業側が負担を嫌がって加入させないことも珍しくない。そのため、失職と同時に収入が枯渇する事態もすでに数多く発生しているが、「企業に雇用を確保するよう促す」以外の措置はみられない

 非正規雇用の従業員でさえそうなので、自営業者やフリーランスへの失業保険の適用など考えられてもいないのだろう。

 さらに、育児休暇や病気休暇も取りづらい職場環境が多いなか、すでにある制度を拡張したとしても、どこまで実効性があるかは疑問だ。

 そのうえ、コロナが原因で所得が減った人の公共料金や地方税の支払いを猶予するよう事業者や地方自治体に「要請」しているが、ドイツやフランスと異なりそれ以上の拘束力はない。

まとまった対策もない

 いい始めればキリがないが、最後にもう一点だけつけ加えれば、日本政府のコロナ対策は遅いうえにバラバラだ。

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 コロナ対策で評価されるシンガポールの場合、2月18日の段階ですでに対策のパッケージが発表された。これは国内での死亡例が出る前のことだった。

 その他の国も、遅くとも3月中にはまとまった対策を発表した。これは「この国で暮らす全ての人を政府は守ります」というメッセージにつながる。

 これに対して、日本の場合、2月13日に観光業などをはじめ企業に5000億円の緊急融資枠を設けるなど、初動は決して遅くなかった。しかし、そのあとは小出しに(政府は「切れ目なく」というかもしれないが)対策が出てきて、国民からみれば非常に分かりにくい。

 そのうえ、安倍総理がまとまった対策のため数十兆円規模の補正予算を策定する方針を打ち出したのは3月末のことで、アメリカやドイツはこのときすでに100兆円以上の対策を決定していた。

 もちろん、すでにロックダウンしているヨーロッパや緊急事態が宣言されているアメリカと日本をそのまま比べることもできない。とはいえ、日本でも緊急事態宣言やロックダウンが視野に入ってきているなか、一時的な直接給付だけで生きていけない人々が多くいることは、想像に難くない。

 少なくとも、打ち上げ花火のような「一世帯に30万円」だけで諸外国との間にあるビハインドがリカバリーできるとは、全く思えないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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