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イラン危機は次のラウンドへ――アメリカがセットした時限爆弾とは

六辻彰二国際政治学者
米軍施設へのイランのミサイル攻撃後に演説するトランプ大統領(2020.1.8)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカとイランの報復の連鎖は一旦終わったが、その入り口になったイラン革命防衛隊ソレイマニ司令官の殺害は、イランを以前にも増して不安定化させている
  • イランでは反米世論が高まる一方、厭戦世論も広がっており、社会の分裂でイスラーム体制そのものが揺らぐ可能性もある
  • イランの体制転換はトランプ大統領にとって望ましいことだが、その場合には中東一帯でアメリカへの攻撃が増加するリスクもある

 世界が注視したアメリカとイランの報復の応酬は、双方の抑制した対応によってラウンド終了となった。しかし、当初からそのシナリオを描いていたかは定かでないが、イラン革命防衛隊ソレイマニ司令官の殺害によってトランプ大統領は、次のラウンドに向けた時限爆弾をセットした。それが炸裂すればイランは大きなダメージを被るが、アメリカや関係国も無傷では済まない。

アメリカとイランの「落とし所」

 1月3日のソレイマニ司令官殺害で急速に高まったアメリカとイランの緊張は、無関係のウクライナ機の撃墜という悲劇を生みながらも、急転直下の幕切れになった。

 イランは8日、イラクにある米軍施設を攻撃。イランはこれで「報復の完了」を宣言した。

 一方のアメリカも「アメリカ人の死傷者が出なかった」ことを理由に、事前に警告していた「イラン52カ所への報復攻撃」には踏み切らなかった。

 これは双方が体面を保ちながら、直接衝突というお互いにとって最悪のシナリオを回避したものといえる。

アメリカの時限爆弾とは

 ただし、このラウンドが終わっても、イラン危機は終わらない。ソレイマニ司令官の殺害は、トランプ大統領が最初からそれを意図していたかはともかく、イランを不安定化させる時限爆弾として時を刻んでいるからだ

 ソレイマニ司令官の殺害によってイランの反米感情はこれまでより強まった。とりわけ死亡したソレイマニ氏が司令官を務めていたイラン革命防衛隊は、反米感情の一つの拠点でもある。

 その革命防衛隊は、イスラーム体制の番人として、イラン政府に大きな影響力を持つ。

 つまり、イラン政府がアメリカとの正面衝突を避け続ければ、革命防衛隊を中心に、これまで以上に戦闘的になった支持基盤や世論から批判や敵意の的にさえなりかねいのである。

イランの内なる危機

 とはいえ、イラン政府にとって、戦闘的な世論に合わせてアメリカと対立し続けることにも政治的なリスクがある。

 すでにイランでは、戦闘的な世論だけでなく厭戦世論も広がっている。アメリカによるイラン向け経済封鎖の影響が徐々に市民生活にまで広がっているからだ。

 昨年11月5日には、燃料価格が50%引き上げられ、これをきっかけにイラン全土で抗議デモが発生。これに対して、当局は実弾を用いて鎮圧に臨み、304人以上の死者が出た。

 イラン政府は12月、生活苦を緩和するための390億ドル相当の緊急予算を組んだ一方、インターネットを遮断するなど抗議デモの広がりに神経をとがらせている。

 アメリカ政府は1月11日、イランに対する追加の制裁措置を導入した。これはイラン経済をさらに疲弊させ得る。

 ソレイマニ司令官殺害で戦闘的な世論が高まるほど、生活苦に基づく厭戦世論とのギャップは大きくなり、イラン社会の分裂は深まるとみてよい。それはイラン政府の足元を怪しくする。

イラン強硬派が暴走して困るのは誰か

 では、こうしたイランの不安定化は、どの程度アメリカにとって「思うツボ」なのか。

 厭戦世論の高まりにイラン革命防衛隊などが危機感を募らせ、何らかの軍事行動を起こせば、アメリカがイラン制裁を強める格好の大義名分になるだろう。

 しかし、たとえ大義名分を得ても、イランとの直接衝突を避けたい点ではアメリカも同じだ。

 トランプ氏は「中東への関与を減らすこと」を2016年選挙の公約にしたが、結果的にはオバマ政権時代より中東に部隊を多く派遣しており、「コスト削減」とは程遠い状態にある。このうえイランと直接衝突に至り、人的損害を出せば、公約との齟齬はますます大きくなる。

 とはいえ、被害が出た場合でも「抑制」に終始すれば「弱腰」とみなされかねず、それはトランプ大統領にとってイメージダウンになる。

 つまり、イランの強硬派が暴走した場合、困るのはイラン政府だけでなく、程度の差はあれ、トランプ大統領も同じといえる。

イランの自滅はアメリカの福音か

 直接衝突がアメリカにとっても望ましくなく、一方でアメリカを信用しないイランが対話に応じる可能性が低いとすれば、トランプ大統領にとって最も都合がいいのは、イランが自滅することだろう

 つまり、反米世論と厭戦世論の衝突でイランの混乱が深まり、イスラーム体制が揺らげば、アメリカが手を下さなくてもレジーム・チェンジ(体制転換)への道は開かれる、という期待だ。実際、生活苦に基づく抗議デモのなかでは、これまでイランでタブーとされてきたイスラーム体制そのものへの批判すらあがり始めている。

 ただし、そうなった場合、中東一帯がこれまで以上に不安定化することは避けられない。

 イランに近いシーア派武装組織は、イラクの他、レバノン、シリア、イエメンなど各地にある。これらはイラン政府の支援を受けながらも、その指示・命令によって全面的に管理されているわけでもない。

 「スポンサー」が揺らいだ時、その支援を受けていた末端組織がより無軌道な活動に向かいやすくなることは、2011年にリビアのカダフィ体制が崩壊した後のアフリカ各地でみられたことだ。

 つまり、そもそもイラン政府がアメリカとの対決を避けようとしても末端組織が暴走するリスクがあるわけだが、仮にイラン政府が自滅すれば、中東各地のシーア派武装組織によるアメリカや関係国への攻撃はさらにエスカレートする危険性すらある。

 アメリカとイランの「抑制的報復」のラウンドが終わったことは、より深刻な次のラウンドの幕開けにすぎないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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