Yahoo!ニュース

他人と簡単に比べられる時代――SNSはデモやテロの引き金になるか

六辻彰二国際政治学者
英国会議事堂前で行われたEU離脱反対派のデモ(2019.10.22)(写真:ロイター/アフロ)
  • 政治不信の蔓延は、政治家の不手際や経済の停滞などだけが理由ではなく、人々が不満を抱きやすくなっているためでもある
  • 年収数億の一部のYouTuberに代表される成功者が出やすくなった社会環境は、「隣の芝が青く見える」人を増やしている
  • 周囲から取り残された感覚は、他人との違いを常に意識させるSNSの普及によってさらに増幅される

 政治不信の拡大は、政治家のリーダーシップ不足や格差の拡大といった外部条件だけでなく、「不信感を抱く側」の変化にも原因がある。人が他人と自分を比べて、おいてけぼり感を強めやすくなっていることは、社会や政治に不満のはけ口を求めやすくするとみられる。

「デモとテロの世紀」か

 英国BBCは10月21日、香港をはじめ世界で広がる抗議デモを特集した。EU離脱問題に揺れるイギリスのほか、スペイン、チリ、レバノン、ハイチなど、各地に広がるデモをみれば、20世紀は「戦争と革命の世紀」と呼ばれたが、21世紀は後々「デモとテロの世紀」と呼ばれるかもしれないとさえ思う。

 いずれにしろ、こうしたデモの背景に、失業や物価高、年金、移民、環境問題など、さまざまな社会問題に政治が十分答えられていないことがあるのは確かだ。

 世界的にみてデモの少ない日本も、政治不信の蔓延では同じだ。言論NPOが7月に発表した報告によると、日本人の約6割は政党を信用しておらず、とりわけ若い世代にこれが目立つ。

相対的剥奪とは何か

 ただし、そこに政治家の責任は否定できないとしても、一方で「不満を抱く側」の原因も見逃せない。つまり、人々が世の中に不満を抱きやすくなっていることも、デモや政治不信が広がる一因といえる

 実は、この手の議論は目新しいものではない。

 社会学などでは「期待している状態と現実のギャップ」を相対的剥奪と呼ぶ。いわば期待が裏切られた状況で、人は不満を感じやすい。

 これを踏まえて政治学者テッド・ガーは1970年、もはや古典になっている『なぜ人は反乱を起こすのか?』で、相対的剥奪に基づく不満をデモや暴動、革命といった政治変動の原因と指摘した。

どんな場合に「おいてけぼり感」を抱きやすいか

 とはいえ、どんな状況でも同じように不満を感じるとは限らない。

 第二次世界大戦中にアメリカ軍兵士の満足度を部隊ごとに調査した社会学者サミュエル・スタウファは、全員がある程度スムーズに昇進する部隊ほど昇進による幸福感や賞賛が小さく、昇進が難しい部隊ほどこれらが大きいことを発見した。

 つまり、固定的な社会ではステイタスがあがること自体が稀なため、そもそも昇進への期待が生まれにく、結果的に昇進の喜びが大きくなる。逆に、ステイタスをあげることが容易な集団では誰もが昇進を期待しやすいが、それは結果的に周囲と自分を比較して、相対的剥奪を意識しやすい

 その場合、たとえ客観的にみて本人のステイタスが悪くないものだとしても、「おいてけぼりを喰った」感覚が強くなりやすい。

 食えなかった頃、塾講師などのアルバイトで糊口をしのいだ筆者の経験でいうと、進学校の生徒ほど「自分なんて…」という言い方をする割合が高いが、これも同じだろう。

モビリティの高さがおいてけぼり感を強める

 ところで、現代はこれまでになく相対的剥奪に基づく不満が増幅しやすい時代といえる。

 業種や国境を超えてキャリアを重ねることはもはや珍しくなく、技術の進歩によって、うまくすれば一部のYouTuberのように一山当てる人も出やすくなった。

 つまり、社会全体が「昇進しやすい部隊」のように錯覚しやすくなったといえる。それは多くの人に明るい将来を期待させる。しかし、実際にはほとんどの人が期待とかけ離れた結果になりやすい。それは一部の成功者と自分を比較して、取り残された感覚を抱かせやすくもする。

 オランダ・デルフト工科大学のヤープ・ニューエンハイス教授らの調査によると、(低所得層の多い街の家庭ではなく)隣近所に比べて所得水準が低い家庭の子どもほど、社会恐怖症、うつ、攻撃性が目立ち、それは相対的剥奪によるものという。

 だとすれば、経済的に発展した先進国でもデモが頻発し、その日の生活に事欠くわけでもない中間層の間でも社会や政治への不満が募っていることは不思議ではない。

 身分や階級を超えた移動が少なかったブルボン王朝時代のフランスでは、国王の豪華な食事風景は庶民の見世物となり、人々は「自分たちとは違う」光景を喜んでみていた。現代ではモビリティが高いからこそ、菅官房長官の3000円のパンケーキにおいてけぼり感を抱く人が出やすいともいえる。

おいてけぼり感を意識させるソーシャルメディア

 おいてけぼり感の蔓延に拍車をかけているのが、ソーシャルメディアの普及だ。

 もともと他人との違いを比較する術がなければ、「隣の芝が青く見える」こともない。

 しかし、ソーシャルメディアの普及で、人々は日常的に、しかも四六時中、他人と自分を無意識のうちに比較するようになった。常に他人と比べる環境は、多くの人においてけぼり感を持たせやすくする。

 ソーシャルメディア上の「友人」は繋がっている人数が自分より多い、「友人」は自分よりはるかに給料が高そうな仕事に転職できた、「友人」がパートナーからもらった誕生日プレゼントは自分のより気が効いている…などなど。

 実際、イタリア・サピエンツァ大学のファビオ・サバティーニ教授らは、4万8000人を対象にした調査で、ソーシャルメディアを利用している人ほど所得に不満を抱く傾向が強いことを発見した。

 つまり、ソーシャルメディアの普及は相対的剥奪に基づく不満を増幅させやすいとみてよい。

おいてけぼり感が振り回す社会と政治

 こうしてみたとき、成功者がこれまでになく出やすくなっている社会環境とソーシャルメディアの普及が組み合わさることで、おいてけぼり感は増しやすくなっているとみられる。それは社会や政治に不満をもつ人を増やす一因になっているといえるだろう。

 もちろん、各国政府の失敗を擁護するわけではないし、社会問題の深刻化を軽視するものでもない。また、ソーシャルメディアを全否定する理由もない(筆者も必要の範囲内で用いている)。

 しかし、不満や相互不信が天井知らずにエスカレートすれば、社会の安定が損なわれることも確かだ。おいてけぼり感の増幅は、デモだけでなくテロのアクセルをも吹かす。

 成功者が出やすい時代のもとでソーシャルメディアといかにつきあうべきか、言い換えるとおいてけぼり感に振り回されないことは、個人の問題であると同時に社会全体の問題でもあるのだ。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事