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不親切大国ニッポンの素顔――台風19号ホームレス排除の論理の非人道性

六辻彰二国際政治学者
千曲川の反乱で水没した自動車(2019.10.14)(写真:ロイター/アフロ)
  • 日本は国際的なランキングで人助けをしない国と評価された
  • このランキングの基準には欧米的なバイアスもあり、一概に日本が冷たい国ともいえない
  • とはいえ、日本は「違う者」に対しては徹底的に差別化する傾向が強く、これが時に非人道的な対応を呼ぶ

 困っている人に手を差し伸べる、寄付をする、ボランティアをする…こうした「与える」観点からみたランキングで、日本は先進国中最下位らしい。各地に大きな被害をもたらした台風19号の際、台東区などの避難所がホームレスの受け入れを拒否し、少なくない人がこれに賛同したことは、このランキングの位置を象徴するようにみえる。ただし、これは単純に「冷たい」というより、「自分たちと違う者を徹底的に差別化しようとする」ことの表れで、それが少なくとも結果的には非人道的なふるまいにもつながるといえる。

与えることに消極的な国

 少し海外を経験すれば、日本人に冷たい印象を抱くことは簡単だ。荷物を抱えた高齢者や妊婦さんを手伝う人は稀だし、募金に応じる人も多くない。幼児虐待やいじめを止める人も多いようには思えない。

 こうした日本の傾向は、国内だけでなく、筆者の専門である国際関係でもみてとれる。

 例えば、日本の援助は欧米諸国と異なり、無償資金協力(「あげる」タイプ)より有償援助(「貸す」タイプ)の方が多い。そのうえ、援助額そのものは米独英仏についで5番目だが、GDP(国内総生産)に占める援助額の割合、つまり経済力に見合っているかという観点からみれば、下から数えた方が早い。

 さらに、日本は難民の受け入れ数も先進国中飛び抜けて低い。

「与えないイコール冷たい」か

 ただし、与えないから冷たい、与えるから優しい、と考えるのはややシンプルすぎるだろう。

 一例をあげよう。開発途上国でよく見かけるのが、ストリートチルドレンに欧米人観光客が気前よく金品をあげる光景だ。これ対して、日本人を含むアジア人は乞われても何も与えないことが珍しくない。

 もらうことに慣れてしまえば、もらいグセがつく。それは長期的に独立心を損ない、本人のためにならない。日本政府の方針を代弁する立場にはないし、擁護する気もないが、日本政府の援助で貸付が中心であることも、この考え方による。

 欧米諸国ではキリスト教の宗教的価値観もあり、与えることが相手のためになるとほぼ無条件に想定され、それが「寄付文化」に繋がっている。しかし、アフリカを含む多くの開発途上国の政府が援助を当然のように受けとる姿勢をみるにつけ、それが常に正しいかには疑問がある。

 そのうえ、日本には、冒頭のランキングで1位のアメリカをはじめ他の国では考えられないような、優しい一面もある。

 財布や携帯電話などの貴重品を落とした場合、しばしば届け出られて手元に帰ってくる。また、カフェなどで席に荷物を置きっぱなしにしていても、置き引きを心配しないといけないことは少ない。さらに、東日本大震災のときの避難所などで総じて秩序が保たれたことは、そうした大災害の際に略奪や強盗が当たり前のように起こる多くの国では考えられない光景として、各国メディアでも報じられてきた。

 だとすると、与える発想が薄いからといって、日本が一概に冷たい国とはいえない。

違うものに冷淡な国

 とはいえ、福島で原発被害にあった被災者たちが、避難先でいじめられたりする状況を考えれば、常に優しい国ともいえない。これを厳密にいうなら、日本は「自分たちと違う者を徹底的に区別して扱おうとする国」といえるだろう。

 日本の場合、ファションからライフスタイルに至るまで、多様性が叫ばれながらも、周囲と同じであるべきという同調圧力は相変わらず強い。授業中、学生に意見を求めても「あんなことを言ったと他の人に思われたくない」とばかりに「分かりません」と即答される頻度が高い(だから筆者はもはや講義中に学生を指さない)。若い世代とはポイントがやや違うが、ある年代の独身者に決まって「まだ結婚しないの」と聞く中高年も、周囲と同じであることをよしとする発想では同じだ。

 この同調圧力の強さは「みんなと同じであることによる安心感」を与え、その枠のなかでふさわしい行動を自然にとらせるエネルギーになる。これが先述した、落し物を届ける、置き引きの心配がない、災害時に秩序が保たれやすいといった日本人の美徳につながる。

 しかし、それは裏を返せば、「周囲と同じ」という枠からはみ出した者を一人前として扱わない思考になりやすい。駅などで大きい荷物を抱えて難渋している高齢者に「そんな大きな荷物を持っている方が悪い」と言わんばかりの反応や、学校や職場での陰湿ないじめの横行は、同化の裏返しの差別化によるものだ。

 こうした考え方は究極的には「一人前でない者に権利はない」(あるいは「働かざる者食うべからず」)の思考パターンに行き着きやすい。先述の日本の国際協力の考え方は、いわば「一人前として相手を扱う」思考だが、平時はともかく非常時にもこれを求めれば、単に弱者を切り捨てることにもなる。台風19号の際、「区民でない」ことを理由にホームレスを避難所から排除した台東区の論理は、まさにこれに当てはまる。また、難民への冷たい態度も同じとみてよい。

身内に優しくとも人間に優しくない国

 行政機関は「住民税を払っている者」のためにサービスを提供するべき、というのは正論だろう。

 しかし、それだけを強調するなら、外国人を含む観光客はもちろん、仕事の都合などでたまたまきていた者も、やはり住民税を納めていない以上、緊急支援を拒否されることになる。台風のように事前に分かる場合はまだしも、いきなりやってくる地震でも、自分の住民票のある土地以外ではのたれ死んでも文句をいえないことになる。

 そこまで自己責任というなら、もはや国家など不要だ。

 少なくとも、非常時でさえ、他人の安全に支障をきたさないのに、属性によって助けるかどうかを区別することは、「同じ人間だから」という人道的配慮や人権意識に乏しいと言わざるを得ない。その意味では、日本を不親切大国と呼んでも差し支えないだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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