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「ビン・ラディン息子の死亡」報道で浮かぶアメリカとアルカイダの共通点

六辻彰二国際政治学者
殺害後に米国防総省が公開したオサマ・ビン・ラディンの映像(2011.5.7)(写真:米国防総省/ロイター/アフロ)
  • アメリカの複数のメディアはオサマ・ビン・ラディンの息子でアルカイダ幹部のハムザ・ビン・ラディンが既に死亡していたと報じた
  • もしこの報道が正しければ、アメリカ政府は死人に高額の懸賞金をかけ、「アルカイダの脅威」を宣伝していた疑いが浮上する
  • その一方で、アルカイダがこの件で何もコメントしないことは、「ハムザが生きている」ことに彼らも利益を見出していたからとみられる

 国際テロ組織アルカイダの創設者オサマ・ビン・ラディンの息子、ハムザ・ビン・ラディンが既に死亡していたとすると、アルカイダだけでなくアメリカにとっても大きな痛手となる。

「テロの皇太子」は死んだか

 8月1日、アメリカの複数のメディアは関係筋の複数の証言として、オサマ・ビン・ラディンの息子ハムザ・ビン・ラディンが既に死亡していると報じた。それによると、ハムザはトランプ政権が発足した2017年以降に殺害されたと報じられているが、どこで、どのようにしてなどの詳細は明らかでない。

 これが大きなニュースになるのは、ハムザがアルカイダ内部で「次世代のリーダー」として地歩を固めつつあるとみられていたため、その死がアルカイダの今後の動向に影響を及ぼすとみられるからだ。

 ハムザの父オサマは2011年、潜伏先のパキスタンでアメリカ海兵隊特殊部隊(シールズ)の急襲を受け、殺害された。その後を継いだ第2代指導者アイマン・アル・ザワヒリ容疑者が、2017年に支持者に紹介する格好で登場したのがハムザだった。

 9.11をはじめ多くのテロを指揮し、最後はアメリカ軍に殺されたオサマ・ビン・ラディンの息子であることから、ハムザはいずれアルカイダを率いる者として注目され、アメリカメディアでしばしば「テロの皇太子」とも呼ばれてきた。

 ただし、今回のニュースが重大なのは、ハムザの「毛並みの良さ」だけが理由ではない。もしこの報道が正しければ、アメリカ政府の不可解な決定も浮き彫りになるからだ。

 報道によると、ハムザの死亡にはアメリカ軍も関わっていたという。ところで、アメリカ政府は今年2月、ハムザに100万ドルの懸賞金を出すなど、警戒感を露わにしていた。

 そのハムザが、実は死んでいたとすれば、トランプ政権はそれと知りながら死人に懸賞金をかけていた可能性が大きくなる

真偽の闇

 果たして「ハムザ死亡」は本当なのか。

 もちろん、誤報の可能性もある。ただし、もし誤報だとすると、不可解なのはアメリカ政府の態度だ。

 「ハムザ死亡をアメリカ政府は知っていたか」というNBCニュース記者の質問にトランプ大統領は「コメントしたくない」と応じた。国防省などもコメントを拒否している。

 安全保障の機微にかかわる問題について政府高官がコメントを拒否することは珍しくない。しかし、その場合でも「それはデリケートな問題なのでコメントできない」、あるいはただ「ノーコメント」といえば済む話で、「コメントしたくない」という言い方はあまりしない。

 むしろ、もしハムザ死亡説が誤報なら、大手メディアと犬猿の仲のトランプ氏にとってまたとない敵失のはずで、それこそ鬼の首を取ったように「フェイクニュース!」と断罪してもおかしくない。

死人の利用価値

 逆に、もしハムザ死亡説が正しかった場合、トランプ氏の態度は不思議ではない。

 その場合、アメリカ政府はわざわざ死人に破格の懸賞金をかけることで、「ビン・ラディンの息子がアメリカを狙っている」という言説を強調し、「アルカイダの脅威」を宣伝してきたと言われても仕方ないからだ。敵の脅威を過剰に言い立て、危機感を煽り、それによって自分の立場を固める手法は、古代ギリシャの時代から政治の常套手段である。

 もちろん、現在でもアルカイダは隙あらばアメリカでのテロを狙っているとみてよい。しかし、9.11以後の一連のテロ事件を受けて警備が厳重になったアメリカで破壊活動を行うことは容易でなくなっている。実際、アメリカだけでなくヨーロッパや中東でも追われるアルカイダは、南アジアやアフリカなどでの活動を活発化させている。

 だとすると、今さらなぜアメリカ政府がことさら「アルカイダの脅威」を強調する必要があったか。

 考えられるのは、イラン危機に利用するためだ。

 イランとの緊張が高まるなか、ポンペオ国務長官などは「イランがアルカイダと連携している」という言説を各地で振りまいている。かねてから指摘しているように、この主張そのものがイラン攻撃を正当化するための宣伝といえるが、いずれにせよアメリカ政府が「イランとアルカイダが連携していて危険」という説に説得力を持たせようとすれば「アルカイダの脅威」が大前提となる

 トランプ氏には事実を誇張してミスリードを促す言動が目立つが、イランだけでなくアルカイダの脅威をも自分の政治戦術に取り込んでいたとすれば、ハムザ死亡説に歯切れが悪くても当然だろう。

なぜアルカイダは静かか

 一方、ハムザ死亡説が正しい場合の疑問は、これだけではない。なぜアルカイダはこれに静かか、である。

 長年アルカイダを追い続けたFBI元捜査官アリー・サウファン氏はニューヨーク・タイムズのインタビューに対して、もしハムザがアメリカの関与によって死亡したなら、アルカイダがハムザを「殉教者」として祭り上げないのは通常のパターンからして不自然と指摘している。

 実際、オサマ・ビン・ラディンが殺害された際、アルカイダはその生前の功績を讃えるとともに全ムスリムに「アメリカへの報復」を呼びかけている。

 ハムザ死亡説が正しかった場合、なぜアルカイダがこれに触れないかについて、サラファン氏は「イスラーム国(IS)」との連携の可能性を指摘する。

 ISはもともとアルカイダから分裂した組織で、その経緯から両者の関係はよくない。ところが、ハムザはアルカイダ幹部の中でほぼ唯一、公式の発言のなかでIS批判を控えてきた。つまり、「ビン・ラディンの息子」を次世代のリーダーに据えることで、アルカイダはISとの連携もしくは合流を図っているというのだ。

 折しもシリア内戦が終結に近づくなか、ISは拠点を失いつつある。他方、アルカイダにもかつての勢いはない。生き残りのため両者が再統合を模索するうえで「ビン・ラディンの息子」というシンボルが必要だとすれば、たとえハムザ本人が既に死亡していたとしても、アルカイダ首脳部がこれをひた隠しにしても不思議ではない

 仮にサラファン氏の考察が正しいとすると、「ハムザが生きている」ことに利益を見出す点で、アルカイダとアメリカ政府の利害は一致していたことになる。ハムザ死亡説の真偽は対テロ戦争の虚実をあぶり出すインパクトを秘めているのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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